個人授業は放課後に

須藤慎弥

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 由宇は怜の玄関先で瞳を瞑っていた。

 握り拳を作り、橘が言った「お互い詫び合うしかない」という言葉を思い返す。

 同時に、「傷付くの怖がってたら前には進めない。  ついでに解決もしない」と真面目な顔で告げてきた悪魔顔も思い出してしまい、ぷるぷると首を振った。

 ───そうだ。

 怜だけが悪いのではなく、あの時ワンテンポ遅れて事態を悟った由宇の鈍さがすべての元凶だった。

 初めて出会った、心の内を曝け出せる大切な友人を失う覚悟は昨日で出来上がったと思う。

 大浴場へと向かう橘に、怜とLINEするから時間ズラして入るとゴネて別々で入浴し、悩み過ぎて頭がパンクしそうだった由宇は何の警戒心も持たず橘の隣でスヤスヤと眠った。

 眠る直前まで、橘に「明日絶対話せよ」としつこくまじないのよう囁かれ続けたため、ずっと渋っていた気持ちが固まったのだ。

 長引かせればそれだけ互いの傷が深くなる。

 けれどもしかしたら、怜の家族の件がうまくいってからの方が傷が浅いかもしれない、そんな行ったり来たりな堂々巡りを繰り返していた胸中は、すでにもう無い。


(俺もごめんって言おう。  ……俺が一番ツライのは怜と友達でいられなくなる事なんだから、怜が嫌がっても話をしなきゃ)


 怜がどんな反応を見せるかなど、話してもいないうちから考えても無駄だ。

 橘の言う通り、短期決戦の方が後味もきっといいはず。

 とにかく自分がいけなかった、その謝罪の言葉を繰り返して、怜の言葉を待ちたい。


「由宇、どうしたの、入りなよ」
「……っ!  う、うん……」


 玄関の前で立ち尽くしていると、突然扉が開いて怜の笑顔が迎え入れてくれた。

 来る時間を伝えていただけで、この扱いだ。


「あ、あの、怜……」
「良かったー。  昨日寂しかったよ。  おばあちゃんどうだった?  今日は泊まれるんだろ?」


 狼狽える由宇に、怜がとびっきりの笑顔で抱き締めてくる。

 どうしよう。

 すでに固まったはずの覚悟がクラクラと揺れ始めて、お馴染みの言葉が脳内をかけ巡った。

 母親の見舞いに行く前に話をしろ、と橘にキツく言われたが、これはどう考えても順番が逆なのではと脅えてしまう。

 もしも怜がショックで塞ぎ込んでしまったら、何もかもが自分のせいで台無しになるかもしれない恐怖に足が竦んだ。


「由宇ー?  上がりな?」


 体を離されても、靴も脱がずにその場に佇み視線を泳がせていた由宇は、怜のその声にピクッと体を揺らした。


「……あのっ……怜!  話、あるんだ」
「うん、何?」
「怜の部屋、行こ……」


 怜にバレないように、小さく深呼吸する。

 靴を脱いで揃えて怜の後ろを付いて行った。

 何ヶ月もこの部屋で度々生活していたため、もはや自室並みに落ち着くようになっていたはずが、今日はとてもそう思えない。

 ラグの上でペタンと座ると、かなり密着してきつつ怜も隣に腰掛けてくる。


「で、何?  何か思い詰めた顔してない?  大丈夫?」
「……怜……っ、……怜、ごめんなさい……!!」


 顔を覗き込まれないように、深く深く俯いた由宇は、叫びにも似た声を上げた。


「え、……何?  何がごめんなさい?」


 小さく肩を震わせて、こらえきれずに涙をひと粒溢す。

 怜の戸惑う声と、手の甲に落ちてきた涙の雫が重なって瞳をギュッと瞑る。

 そして数秒の沈黙のあと、恐る恐る怜を見た。


「……俺、俺、……怜とは、付き合えない……」


「………………」


 感情の抜け落ちた怜の表情を見るのは身を切られるように切なかったけれど、目を見て話さなければと瞳に涙をいっぱい溜めたまま続けた。


「ほんとにごめん……っっ!  あの時……怜から好きだって言われた時、俺……勘違いしちゃって……俺も友達として大好きだよって、そういう意味で言ったんだ……」
「…………嘘でしょ?」
「嘘じゃない、……嘘じゃないんだ……嘘じゃ……」
「………………」
「怜の気持ち、すごく嬉しかった……だから、言い出せなくて……怜と友達に戻れなかったらどうしようって考えたら、言えなくて……!  怜の事、一番の友達だと思ってるから、こんな事になってほんとにごめんなさい……!  俺が早く訂正しなきゃいけなかったのに……!」
「……由宇、由宇。  泣かないで……」


 ポロポロと涙を流す由宇を、怜がふわりと抱き締めて背中を優しく撫でる。

 嘘でしょ、と愕然としていた怜の声色と表情に、涙がとめどなく溢れた。

 こんな事になるなんて……。


(あの時ちゃんと訂正しておけば……!  怜にこんな顔させなくて済んだかもしれないのに!!  俺のバカバカバカバカ!!!)


「ごめんなさい、……っ……ほんとにごめんなさい……っ」


 怜の胸の中で、由宇は謝る事しか出来なかった。

 大切な友達としての怜が、この先もずっと由宇の隣で優しく微笑んでいてくれると思っていたから、勝手に心の拠り所にさせてもらっていた。

 自らもツラい状況なのに、由宇を受け止めてこの寂しさを少しでも和らげようと同じ時を過ごしてくれた事は、感謝しているという言葉ではとても足りない。

 どれだけ「友達」が大事か、怜と知り合って初めて気付けたのだ。

 友情を壊したくない。

 怜を傷付けたくない。


(怜、……お願い、友達になって……)


 できる事ならまた、一から友達になってほしい。

 恋愛感情抜きの、一番の友達に……。



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