個人授業は放課後に

須藤慎弥

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   何だか食い違っていそうな会話に首を傾げていると、橘がじわりと体を起こした。

   布団を捲って自身の体をぺたぺたと触っているので、何かを探しているのかと思い由宇も体を起こすのを手伝ってやる。


「……ん、俺の服じゃねーな。  なんだこのダセェ服は」
「あぁ、血がいっぱい付いてたから、先生の洋服は廃棄したって看護師さんが言ってたよ」
「マジか……」
「あ、ちょっ、先生!  起きたらダメだって!」
「これ持って歩きゃいいんだろ。  んな心配なら付いて来い」


   立ち上がり、点滴スタンドを握って歩き始めた橘にすかさず寄り添う。

   背が高い橘には何の支えにもならないかもしれないが、由宇は橘の右側に張り付いて同じペースで歩いた。

   今まで居たのは個室だったので、ナースステーションまでは少し距離があった。  看護師が数名居るそこへ、橘がズイと入って行く。


「おい」


(……っ、ちょっ、先生!  ガラ悪過ぎ!)


   恐らく部外者以外は立入禁止だと思うのだが、橘は何の気も遣わず声を掛け、看護師達を一斉に振り向かせている。


「あ、あらっ、橘さん!?  こんなにいい男だったのね!」
「キャッ!  ほんとっ♡  寝顔からしてイケてたけど、起きてると俳優さんみたいね!」
「橘さん、どうしたの!  今夜は入院でしょ?  何か食べれそう?」
「俺の服どこやった」
「ふ、服っ?」


   看護師達の話は一切無視だ。

   相変わらずのマイペースさに、由宇はホッとすると同時に可笑しくなってしまう。


「俺が着てた服だ。 廃棄したって聞いたけど」
「そうなのよ!」
「かなり血液が付いてたの」
「悪いけど今すぐ持ってきて。  下だけでいい。  大事なもんが入ってんだ」


(……大事なもの……?)


   橘の真剣な様子に、由宇と看護師達は顔を見合わせた。

   起きて早々ここまでやって来て問うほど大事なものとは何なのか。

   由宇は橘の横顔を見上げてみたが、いつも通りの三白眼である。


「もしかして……コレかしら?」


   年配の看護師が奥へ引っ込み、手に何かを持って現れた。


「…………え……っ」


   それはなんと、由宇が何ヶ月も前に失くしたと思っていたラミネートフィルムだった。

   探しても探しても見付からず、家にも学校にも無いという事は登下校中に落としたのだろうと思い込んでいた。

   これは由宇にとっては大切な物だが、一見ゴミにしか見えない。

   道端で落としたとなると探すのはほぼ不可能で、諦めてガッツリ凹んでいたというのに……なぜこんな所にあるのだろうか。

   橘はさも当然のようにそれを受け取っている。


「あぁ、これこれ」
「廃棄する前にすべてのポケットをチェックしてるのよ」
「助かった。  で、俺いつ退院出来んの。  今でも問題ねーけど」
「朝まで入院は確定よ。  朝一で血液検査して、左手の傷口見て、問題無ければ昼までには退院出来るわ」
「こんなピンピンしてんのに。  まぁ激しい運動出来ないんじゃ退院しても一緒か。  な、ポメ」
「……えっ!?」
「じゃ、朝まで大人しく寝るとすっかなー」


   橘が受け取ったラミネートフィルムに気を取られていると、急にあの意地悪な笑い方で由宇を見てきて、顔が一気に熱くなった。


(……激しい運動出来ないって……ア、アレの事だよな……?)


   そういえば拓也もそんな事を言っていたっけ。

   あれはそういう意味のやり取りだったのかと今さら気付いて、ドキドキが加速する。

   去ろうとした橘へ、看護師達が揃って前のめりになった。


「橘さん、食事はどうするの?」
「要らね。  この点滴がメシでいーや。  食欲ねーから」
「あらそう?  橘さんは食事は自由だからいつでも声掛けてね♡」
「はいはい」
「どんな些細な事でもすぐにナースコールしてね♡」
「しねーよ」


   真っ赤な顔の由宇すら苦笑した橘のつれない返答にも、「キャ~♡」と看護師達は密やかに興奮している。

   彼女達の目にも、橘はやはりいい男に映るらしかった。

   学校でも、廊下を歩いているだけで女子生徒達からキャーキャー騒がれ、我先にと声を掛けようとする者が多い。

   気軽に話し掛けられるアクティブさと、橘と会話が出来る状況にある彼女達を何度「羨ましい」と思ったか知れない。


(でももう……俺の先生だもんね……!)


   「行くぞ」と声を掛けてくれる橘の瞳に、これからは由宇しか映らないと思うと優越感でいっぱいだ。

   あのラミネートフィルムをなぜ橘が持っていたかは分からないけれど、すごく運命的なものを感じた。

   由宇が心の底から大切にしていた、橘がくれた(偶然かもしれないがそう思う事にしている)花びらが挟み込まれた宝物。

   恋心と共に諦めなければならないと傷心だったそれを、この橘が持っていた事が未だ信じられない。

   ダサイと文句を言う院内パジャマを着、結んでいた髪をぶった切られた歪な髪型、左の掌から肘まで痛々しく包帯がぐるぐる巻きで、右腕には点滴を繋がれた橘が、目の前をゆっくり歩いている。

   ──彼は、由宇だけの橘風助だ。




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