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しおりを挟む乃蒼は、真新しい匂いのシーツと掛け布団にくるまれて、幸せな眠りについていた。
先程から夢の中で着信音がしているけれど、「うるさいな、誰のだよ?」と寝惚けて呟きながら寝返りを打つ。
しかしすぐに、「俺のだ!」と叫んで飛び起きた。
『ごめんね、乃蒼。 寝てたよね』
「……あ! いえ、大丈夫です」
『着信あったから、何か急用だといけないと思って』
電話の相手は、乃蒼が寝る前にワン切りしていたあの美形男だった。
数秒、「なんの事だっけ…」と頭が働かなかったが、着信を残した理由を思い出して苦笑する。
「そうなんだよ。 お兄さん、申し訳ないんだけど明後日の約束、再来週に変更……出来ない?」
『……どうしたの? 用事があるの?』
「それがちょっと、事情が複雑で……」
嘘を吐きたくなかった乃蒼は、正直に現状を話すつもりだった。
しかしどう説明していいやら。
他人が聞けば「何それ?」案件だ。 少なくとも電話口の大人な雰囲気漂う男は、乃蒼と月光が恋人関係にはないという事を知っている。
乃蒼でさえ、月光にこの妙案を持ちかけられた第一声が「は?」だった。
上体を起こし、掛け布団をイジイジしながら言葉を選んでいると、自ずと沈黙の時間が流れる。
『…………? どういう事情? 俺が聞いちゃマズイ事?』
「うーん……。 たぶん。 ……ん~いや、どうだろ」
───マズイかマズくないかで言ったら、マズイ気がする。
これからの二週間の珍事を話せば、そんなの変だよ、と苦笑されるのは目に見えていた。
その案に乗った乃蒼も浅はかだと思われそうで、ついつい説明を渋ってしまう。
『話せないなら、無理やりにでも連れて行っちゃうよ?』
「えっ? いや、ダメ。 たぶん、ダメ。 俺が不利になる」
『不利になる? ……ふーん……月光と何かあった?』
「なっ!? なんでそれを……!」
お医者様は本当に賢いらしい。
乃蒼の漏らしたたった一言で何かを悟った様子の男は、二度も二人の修羅場を見ているせいで「言いなさい」と語気を強めた。
まるで兄に叱られているかのような気分に陥った乃蒼がうまく言い繕えるはずもなく、大ヒントを与えてしまった事もあって説明しなければならない空気になった。
賢い男は誘導尋問がとにかく巧みで、月光の作ったサングリアを飲んで酔っ払い、流されてセックスしてしまった事までも話してしまう。
一応その部分は端折るつもりだったのだが、まんまと誘導されたのだ。
『…………少なくともその二週間は、月光から抱かれないんだよね?』
「はい、そうでございます……仰る通り……」
『乃蒼喋り方変になってるよ。 ……そうかぁ、分かった。 じゃあ俺とのご飯はその二週間の契約ってやつが終わった日にしようか。 予約取り直すから、次は絶対、俺を優先してね。 いい?』
「うん、分かった。 ごめんなさい、変な事ベラベラ話して。 お兄さん仕事中なのにな」
さすがにセックスした事を話した時は息を呑んだ気配がしたけれど、お兄さんは普段と変わらぬ大人の対応をしてくれて心底ホッとした。
男同士の痴情のもつれなんかを、笑わずに聞いてくれただけでもありがたい。
むしろ乃蒼を全面的に理解してくれているような気がして、男の懐の深さに驚くばかりだ。
どちらにせよ夜勤中のお兄さんに聞かせる話ではなかったと思いながら、しかも先約を延期させてしまった事に相当申し訳無さを覚えた。
乃蒼のひどく済まなそうな声色に、男は電話口にも関わらずクールに「フッ」と笑う。
『それは気にしなくていいよ。 さっきね、出産補助ついたんだけど、産まれた赤ちゃん見て癒やされたんだ』
「へぇ! おめでとうございます!」
『……おめでたい事に変わりはないけど、俺の赤ちゃんじゃないよ』
「あ、そっか」
この電話の前に赤ん坊の出産に立ち会っていたとは、乃蒼とは住む世界が違い過ぎる。
乃蒼はこの性癖ゆえに一生我が腕に抱く事は出来ないけれど、子どもはとても好きなのだ。
『ふふっ……乃蒼と話したらもっと元気出ちゃった』
「そうですか、それは良かった。 明後日の事はほんとにごめんなさい。 超俺の都合で」
『大丈夫。 ……乃蒼、この二週間で月光とは決着付けないとだよ。 いつまでも苦しいままは嫌でしょう?』
「うん……そのつもり。 ……それじゃ、お兄さん仕事中だろうから切るね。 お疲れ様です。 おやすみなさい」
『はいはーい、おやすみ』
男に気を使い早々と通話を終了し、スマホを枕元に置いた乃蒼は布団を頭まですっぽりと被った。
月光との事をそこまで深く話したつもりはなかったが、何やら意味深な事を言われたのが気に掛かる。
ゆるぎで飲んだ際にポロポロと口を滑らせたのだろうか。
月光との過去、そして現在。
何が乃蒼を苦しめているのか、乃蒼自身すらもハッキリとは分からないのに、男はすでに答えを知っていそうだった。
この二週間で何がどう変わるのか、乃蒼にもまだ分からない。
薄暗い照明に慣れた頃、乃蒼の心と月光の心が晴れ晴れと通い合う事になるのだろうか。
───それが、乃蒼の望む未来なのだろうか。
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