恋というものは

須藤慎弥

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◆ 誕生日の出来事 ◆

第四十四話

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 十二月三十日から年末年始の休みに入る天は、ひとつ気掛かりな事があった。

 それは、五日も豊の愚痴を聞いてやれない事だ。

 街はとても華やかで明るくて、行き交う人々もどこか浮かれているように見えるが、豊の家の中には外気と同じような冷風が吹き荒んでいるという。

 そんな中で疑惑の発端となったスマホでのやり取りは当然出来ないだろう。

 子どもではないのだから心配には及ばないのかもしれないが、毎日彼のオンとオフを目の当たりにしている天は現状悪化に肩を落とす豊の発言に目を見開いた。


「え、話もしなくなっちゃったんですか? どれくらい口利いてないんですか」
「……もう一週間以上」
「そ、それヤバいですよ。 そんな……」


 定時で解散となったオフィス内で、天と豊は二人きりになった。

 その際、豊に「少し時間いいか」と問われた天は眼鏡をきちんと鞄にしまい彼のデスクに寄って行った矢先、電源をオフにした豊から悪化の一途を辿る家庭内事情を打ち明けられた。

 仲違いが始まって一ヶ月近く経つ。

 これほど長引くとは、と毎週……何なら毎日ヒヤヒヤしていた天だが、いよいよ最悪の結末を迎えそうな展開に言葉が出ない。


「とりあえず、クリスマスに贈ろうと思ってた指輪は買ってあるんだが……」
「あ! いいじゃないですか! それをキッカケにぜひ仲直りしてください! 時任さんご夫婦が仲直りしてくれないと俺、安心して休みを過ごせないです!」


 最高のタイミングで、クリスマスというロマンチックなイベントがあった。

 しかもこのような最中でも当たり前のように豊がプレゼントを購入している事から、それは時任夫妻の中では恒例のイベントだったに違いない。

 最悪の結末が回避されるかもしれないと、天は息巻いた。


「時任さんは奥様の事が大好きなんだって、色々誤解してるんだって、奥様が納得するまで説明してあげてください!」


 オフィスが二人だけの空間であるのをいい事に、両手に拳を作って力説した天を豊が眩しそうに見た。


「はは……っ、だな。 吉武には毎日暗い話聞かせて……いつも悪いな」
「そんなのはいいんです。 俺が関係しちゃってるから、ほんと申し訳ないっていうか……時任さんはピンチを救ってくれた恩人ですし、俺に何か出来る事があればいいのにって常に思ってるんですけど……」
「吉武のせいじゃないって言ってんだろ」
「そうは言いましても……っ」


 豊は毎度「気にするな」と言ってくれるけれど、今回の時任夫妻のゴタゴタは天が大きく絡んでいる。

 心配性な父親のように天を気に掛けていた豊がスマホを肌見放さず持っていた事、それを引き金に毎週末の飲み会まで疑われている事。

 妻としては、疑惑の疑の字も無かった夫が三、四ヶ月前から熱心に後輩の面倒を見ているというだけで不安に駆られていたはずだ。

 それが男性社員だと言われても確かめようのない不安は募りに募っていて、とうとう豊の件の行動で大きな疑惑となった。

 どう考えても、この一件には天が絡んでいる。 かなりの重要参考人として。


「あ、そうそう。 なぁ吉武」
「はい?」
「いつも俺の愚痴聞いてくれてるお詫びっつーか、お礼っつーか、……これ、受け取って欲しいんだけど」


 少しばかり感傷に浸って窓の外を眺めていた豊が、パンと手を打って鞄を漁る。

 首を傾げた天に差し出してきたのは、クリスマスカラーの包装紙で綺麗にラッピングされた長方形の何かだった。


「……え、っ? 何ですか、これ」
「マフラー。 お前寒がりのくせにこういう防寒具一切してねぇじゃん。 手袋も買おうと思ったんだけどな、それすると吉武は「二つも貰えないです」って言うだろ」
「えぇ……っっ!?」

 
 豊は天の性格をよく分かっている。

 必要最低限の暮らしをしてきた天だ。 暑くても寒くても我慢出来るとの思いで "勿体無い" が先立っていた。

 だからといって、お礼をしてもらえるような事は何一つしていない。 二つも受け取れないどころか、マフラー一つも多い。

 納得しかけた天がいやいやと頭を振り、差し出されたそれと豊を交互に見て戸惑いを顕にした。


「そ、そ、こ、こんなの受け取れないですよ!」
「そう言われてもなぁ。 一応色が男もんだから、嫁にやるわけにいかねぇんだ」
「えぇ……っ。 じゃ、じゃあ弟さんに!」
「弟が付けるには可愛過ぎる。 俺より身長あるし」
「ぇええっ!? 弟さん、そんなに大きいんですか!」
「なんたってαだからな」
「あ、あぁ……なるほど」
「てか吉武に似合いそうなものを選んだんだ。 とりあえず開けてみろよ」


 豊の手からなかなか受け取れないでいると、右手を取られて無理やり握らされた。

 遠慮し続ける事が出来なくなった天は、初めて他人から貰うプレゼントに大いに困惑したが、同時に嬉しさもあった。

 恐る恐る緑色のリボンを解き、包装紙が破れないよう丁寧にセロハンテープを剥がしていく。


「こういうので性格出るよな」
「え?」
「吉武は真面目で優しい」
「…………っ」


 ただでさえ初めてのプレゼントに戸惑っているのに、柔らかな笑みを浮かべた理想の上司がそんな事をさらりと言うので、嫌でも手のひらが緊張してしまう。

 ブランドが記された薄い長方形のギフトボックスの蓋を取ると、中身は本当にチェック柄のマフラーが収められていた。

 色白の天によく映えるライトグレーを選んだ豊が、一向に手に取る様子の無かったマフラーを天の首元にそっと巻いてやる。


「……ん、やっぱ似合うな。 あったかい?」
「…………はい。 ありがとうございます……」
「こちらこそ」


 はにかんでお礼を伝えると、豊は目元を細めて嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見た天も、何だか無性に嬉しかった。

 マフラーに触れながら豊と見詰め合うも、ついつい照れてしまいさり気なく視線を外す。

 初めて、豊の妻に罪悪感が湧いた瞬間だった。



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