恋というものは

須藤慎弥

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◆ 誕生日の出来事 ◆

第四十八話

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 そんなにその単語を連呼するなよ、と言いかけた天を置いて、潤はゲテモノコーナーから離れタツノオトシゴ水槽の方へ行ってしまった。

 心なしか髪の隙間から見えた耳が赤いような気がしたが、追い掛けた天も「なんであんなに何度も言ったんだ?どういう意味?」などとは聞けずに台詞を飲み込む。

 嫌な気がしなかったのが、また恥ずかしい。

 男が「可愛い」と言われても、背が低い天はクラスメイトから稀にそんな事を言われたとしてもムカついていただけだ。

 それは見た目を茶化されバカにされているような気がしたからで、そんなはずはないのに性別がバレて揶揄われているのだろうかと勘繰った事もあったが……今はまったくそんな風に捉えられなかった。

 涼しい横顔でタツノオトシゴを凝視する潤を、盗み見るようにしてチラチラと窺う。

 けれどすぐに、天もクリオネの水槽に視線を移した。

 一番の目的であった奇妙な海洋生物に背中をゾクゾクさせて楽しんでいたのも束の間、今度はのぼせ上がったかのように頭がクラクラする。

 きっと、館内は暖房が効き過ぎなのだ。

 マフラーと手袋で寒さ対策が万全の天は、急に暑さを感じてきた。


「あ、もうすぐ十九時だね」
「……う、うん」
「そろそろ出ようか」
「うん、出よう。 ちょっとのぼせた」
「えっ……のぼせた? 大丈夫?」
「わわわわ……っ、触るのダメ! 禁止っ」


 絶妙のタイミングで潤が振り返ってきたかと思うと、天の言葉に不安心を煽られた彼がおでこに触れようとしてきた。

 だが天は、すぐに二歩ほど後退る。

 その慌てようを見た潤は、「触るの禁止だっけ」と呟き、どこか寂しげに腕を下ろした。


「ディナーの予約は二十時だよ。 今日は門限気にしなくていいから嬉しいな」
「門限って」


 行き先を告げられないままなので、天は潤について歩くしかない。

 大勢の家族連れやカップル達に紛れて水族館をあとにし、電車に乗り込んで向かった先は天の自宅とはまるっきり反対方向だった。

 ほんの数駅違うだけで知らない景色だ。

 少々混み合った車両内で、互いが触れる寸前の距離でドア付近に立つ潤の顔を見上げて苦笑する。

 天の定めた "門限" に従い、いつも不満そうに二十時に別れる潤を少しでも喜ばせたいという思いと、イベント時期の激務と連勤を労う意味で、大袈裟に言うと規制を緩和した。


「……僕にとってはそうだもん」
「だって潤くん、まだ高校生……」
「それ禁句。 天くんすぐ僕のこと子ども扱いするんだから」
「あ、そうだ。 潤くん誕生日いつ?」
「…………? 五月だけど」
「そうなんだ。 じゃあそれまで五つも差が……」
「やーめーてー」
「ぷふっ……っ」


 私服姿だと年相応には見えない大人びた潤は、子ども扱いを激しく嫌う。

 嫌がるその表情と、への字に歪めた唇こそ子どもっぽくていいと思うのだが、潤はその事に気が付いていない。


「あー水族館面白かったなぁ」
「……水族館じゃなくて俺が、だろ」
「当たり前じゃん。 水族館の新たな楽しみ方を発見した。 こんなに笑ったの生まれて初めてだよ。 また行こうね」
「………………」


 潤に背を向けてクスクス笑っていると、悔しかったらしい潤から大人げない反撃を食らった。

 今度は天の唇がへの字に歪む番だった。

 うっかり照れてしまったあの言葉で、せっかくのゲテモノの思い出が薄らいでいる。

 いつ何時でも視線を集める潤にそっと背中を押され、降り立った駅のホームにはクリスマスの名残りが微塵も無かった。

 代わりに、夕方まで持ち堪えていた空模様が崩れている。

 車両内では気が付かなかったが、いつの間にか街には はらはらと粉雪が舞い始めていた。


「わぁ……雪が降ってる。 天くん、寒くない?」


 空を見上げた美しい横顔が、何とも絶妙に背景とマッチしている。

 外は雪がちらつくほどに冷えているのに、体は未だポカポカしていて暑い。

 気にすると余計に激しくなる心臓の音も、意識しないようにするのが大変だ。


「う、うん。 それは大丈夫なんだけど、ご飯こそ俺が払うからな」
「僕の前でお財布出したらどうするって言ったっけ?」


 交差点の信号待ち、歩みを止めた潤が真顔で振り返ってくる。

 うっ、と言葉に詰まった天はその時悟った。

 潤は今日も、天にお礼をするチャンスはくれない。


「…………静電気ビリビリの刑」
「覚えてたんだ」
「だって静電気めちゃめちゃ怖い」
「ねぇ、僕思ったんだけど、毎回毎回都合よくビリビリっとはこないかもよ? 試してみない?」
「何を?」
「静電気」
「えっ! 嫌だ! 絶対ヤダ!」


 信号が青に変わった。 二人の両端を、人波はどんどんと流れていく。

 しかし天は、今にもそれを試そうとしている潤から目を逸らさずに一歩下がって身構えた。

 あの意味不明な静電気は、もう浴びたくないのだ。


「さっきも一瞬で逃げてたし、そんなに僕に触られるのが嫌なの?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……っ! てか潤くんもビリビリってなるの嫌だろっ?」
「僕はビリビリっていうより「パチッ」だと思うな」
「それどう違うんだよっ。 って、音はどうでもいいの。 とにかくヤダ。 俺に触んないで」
「……さ、触んないで? そんな……ショックだよ……天くん……」
「えぇっ?」


 嫌なものは嫌だと言い放った天の台詞が、明らかにショックだと言わんばかりに長身の潤をよろめかせる。


「僕ちょっとあっちで泣いてくる」
「え、ちょっ、ごめんってば! 触っていいよ! ほらっ」
「あ……、」


 傷付いた表情で立ち去ろうとした潤があまりに気の毒で、天は咄嗟に手袋を外し、小さな衝撃を覚悟して彼の手のひらを取った。



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