27 / 206
強制同居
2
しおりを挟む咳込んでしまった俺は、お姫様抱っこされて謎の黒い車に乗せられても、文句が言えなかった。
喉が痛い。寒気もまだしてる。
こんなの拉致じゃんって叫びたかった気持ちを抑えられたのは、車を運転している気の良さそうな五十代くらいのスーツを着た男性が、和彦を叱咤していたからだ。
「和彦様、病人を連れ出すのはどうかと思いますよ」
「しょうがないじゃない。緊急事態が発生したんだから。あの家に七海さんを住まわせてはおけない」
「……新しい住まいを探しますか」
「ううん、僕の家に住んでもらう。部屋はいくつも空いてるでしょ」
「……あのですね、和彦様。それは七海様の意見もきちんと伺ってからでないと……」
「いいですよね、七海さん」
ニコ、と微笑んでくる和彦の顔は、またすぐにでもキスされてしまいそうなくらい間近にある。
聞く耳を持たない和彦は、俺を膝の上に乗せたままだ。
下ろせと言っても聞かない、俺は体力がなくてロクに抵抗も出来ない、最悪な状況が重なっていてとにかくだんまりを決め込んでいる。
どこに連れてかれるのかと不安だったけど、この運転してる人はまともそうだからまだ救われた。
「和彦様、いつからそんなに強引で横暴なお考えの人間になられたのですか……」
「え? 僕は何も変わらないけど」
「おモテになられるのに、恋人を一人も作らないのはおかしいと思っておりました。ですが今日分かりました」
「なんか嫌な事言いそうだね、後藤さん」
「七海様の前では言いません。書面にて後藤の思いは綴らせて頂きます」
「そんな事、綴らないでよ」
……やっぱり俺だけじゃなかった。
和彦は誰の目から見てもおかしいんだ。
それを他人の口から聞けただけで、かなり俺の溜飲は下がる。
最悪な出会いから一日、目まぐるしく俺は和彦の人となりを知らされてるけど、彼の長所はほんとに「顔」しかない。
あとの和彦の印象は、俺の初めてを奪いやがった狼で、中身は究極に変な人……それだけ。
ギュッと腰を持たれて背後から抱き締められて、下ろせという意味で和彦の膝の上でモゾモゾしていると、ふいにルームミラーから視線が飛んできた。
「七海様、わたくし和彦様の幼少時代より教育係兼お目付け役を担っております、後藤と申します。このような運転中の紹介になり、申し訳ございません」
「あ、えっ……はい、後藤、さん……」
七海「様」、……和彦「様」……??
現代社会でそんな敬称付けて呼ぶなんて、時代錯誤過ぎやしない?
教育係、お目付け役、なんて言葉も、テレビの中でしか聞いた事がない。
それになんで俺の名前も家も知ってるんだろ……後藤さん。
不思議に思いながら、丁重に自己紹介をしてくれた後藤さんへ俺もルームミラー越しにペコ、と頭を下げておく。
このまともそうな後藤さんを前に、俺はテディベアみたいに和彦の膝の上なのがほんとに失礼極まりない。
頭が働かない上に現状に付いていけてない、俺の方こそ申し訳ないよ。
俺は、帰らせてほしいと和彦を振り返る勇気も無く、普段からあれこれ考え込む質でもないし、体調不良を言い訳にひとまず流れに身を任せる事にした。
和彦を叱咤していた後藤さんが居てくれるなら、悪いようにはならないだろ。
「お顔が赤いようですが、具合はいかがですか?」
「……え、あ……まだ……ちょっとしんどいです……」
「左様ですか。和彦様の自宅に居ますと担当医が数分で往診に来て頂けますから、その点は安心です」
「はぁ……」
後藤さん、あなたの言葉は何となくすんなり聞き入れられるよ。
背後からギュッと俺を抱き締めてくる、謎の狼よりはいくらも信頼出来そうだ。
でも、でも、昨日から色んな事が起こり過ぎてて訳が分からないから、バカみたいに頷くだけでごめんなさい。
「七海さん……体熱いな……。明日も大学はお休みしないとですね」
「やだ……明日は行く」
「無理ですよ。こんな状態じゃ」
そんな事言われても……。
熱が下がんないのって、和彦と意味不明な会話してたからなんじゃないの。
風邪と和彦を結び付けるなんて良くないけど、どうしても元凶はこいつにある気がしてならない。
「……これからどこに連れてかれるのかも知らないし、俺……帰りたい……」
「これから向かうのは僕の自宅です。七海さんの事が心配だから、一緒に居させてください」
「い、嫌っ! なんで俺が和彦の家に! 絶対イヤ!」
「七海さん。駄々こねても可愛いだけですからね。おとなしく言う事聞いて下さい」
動けない体で、必死に嫌だアピールしたくて足をジタバタさせると、背後でクスッと笑われた。
なんだよ可愛いって。
俺の方が歳上なのに、「大人しくして」だなんて小さい子に言うみたいに。
てか拉致しといてよく言うよ。
「七海様、風邪が完治するまでは和彦様の仰る通りに。少しばかり浮世離れしておられますが、和彦様は決して悪いお方ではありません。それだけはこの後藤が自信を持ってお伝えしておきます」
「……ぅぅ……後藤さん……」
いやいや、悪い人じゃないとかそんなのは関係ないんだよ。
俺の寝込みを襲った狼は、どう考えても俺にとっては危険人物なんだよ。
でも……風邪が治るまでは、と後藤さんが言うなら、従っておくしかないか……。
車に乗せられ、すでに走り始めてかなり経つ。
そのたった数十分で、和彦よりも後藤さんの方に信頼を寄せている俺は、唇を尖らせて不満を滲ませながらそれ以上は何も言えなかった。
心配だって言ってる和彦の言葉は嘘じゃないと思うし、たとえ家に連れ込まれても弱ってる俺をどうにかしたりはしないよね。
「心配」してるんなら。
2
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる