優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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接近者

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 俺達の姿を見付けて怪訝そうな九条君の元へ、和彦は俺を横抱きしたまま歩んだ。


「九条君!」
「……なんでそんな登場なんだよ」


 元々少し強面な九条君が目を細めると、それはもはや「怒ってるぞ」って表情になる。

 そっか……まだ怒ってるよなぁ……。

 せっかく来てくれたのに俺は気を失って、あれから連絡もしないで二日も経ってる。

 友達なのにどういう事だって、お叱りを受ける覚悟ならちゃんと出来てるよ。

 和彦にしがみついたまま、俺は周囲を気にしながら九条君に控え目に叫んだ。


「ごめんね、マジでごめん! 謝らないといけない事が多過ぎて……絞っては言えない……っ、とにかくごめん」
「いや、謝ってもらう必要なんかないんだけど。……七海、大学休んでたろ? こいつと一緒に居たのか?」
「そ、そうなんだ。話せば長くなるんだけど、ちょっと風邪引いてて……」
「あぁ……あれから熱上がったんだ? 電話も出ねぇしLINEも既読付かねぇし、心配してたんだぞ」
「ごめん……ほんとごめん……」


 和彦の家に居る間ずっと、九条君に謝れないまま日にちが経ってしまってる事が気掛かりで仕方なかった。

 面と向かって謝ろうにも授業には行かせてくれないし、初日にスマホを取りに帰りたいと和彦に言ったら「新しいの渡しますよ」って変な返事が返ってきたから、今日までその事は持ち出さなかったんだ。

 でも、とにかく謝れて良かった。

 連絡がつかない俺を心配してわざわざ家まで来てくれたなんて、やっぱり九条君は良い友達だ。

 俺の足元に目をやって、靴を履いてない事を確認すると、俺が和彦に抱かれてる状況を何となくだろうけど把握してくれたみたい。


「なんでそんな謝んの、別に怒ってねぇから。まだ鼻声みてぇだけど、顔色良さそうだから熱は引いたみたいだな? 良かった」
「ちょっと、僕の七海さんに触らないで下さい」
「いつからお前のになったんだよ」
「三日前からです」
「まだそんな事言ってんの? 七海に嫌われてんのによくやるわ」
「ちょっ……二人ともやめろよっ。こんな外で……!」


 気を失う前にやり合っていた静かな口喧嘩が始まり、俺は二人の顔を交互に見ながら我慢出来ずにどやした。

 すると二人は一瞬口を噤んでくれたのに、数秒後にはまた言い合いが始まってしまう。


「本当ですよ。落ち着いて下さい、九条さん」
「お前がな。佐倉和彦」
「僕の名を知ってくれているとは、ありがたいですね」
「この名前知らねぇ奴は居ないだろ。それに……年上食いで有名らしいじゃん」
「やめてください。過去の話です」
「で? 女は食い尽くして七海に走ったって? もう味見は済んだだろ、消えろよ」
「あなたこそ消えて下さい。僕は七海さんに魂を捧げたんです。七海さんの欲求は僕が満たします」
「おい和彦……っ! 九条君も、どうしたんだよ!」


 和彦も、九条君も、普段は絶対に小競り合いなんてしないタイプだと思うのに。

 睨み合い、次々と悪態を吐いている二人の言葉は聞いていられない。

 しかもこんな、誰が聞いてるか分かんない場所で言い争うなんて、他の住人にも迷惑だ。

 何もかもを忘れて、早く自分のベッドで横になりたいと溜め息を吐くと、九条君が俺に向かって両腕を広げた。


「七海、こっち来い。そんなしがみついてっからこいつが調子に乗るんだぞ」
「可愛いでしょう。これは恐らく無意識なんですよね。落ちないように、地に足が付かないように、僕を頼って……本当に可愛い」
「く、苦しいっ……」
「おいやめろよ、七海が嫌がってんだろ。……お前イカれてんじゃねぇの。追い掛けたら逃げられるぞって忠告してやったのに」
「あれは忠告ではありません。アドバイスでした。たとえ逃げられても諦めなければいい、そういう事です」


 和彦の台詞に「怖っ」と呟いた九条君は、苦笑を浮かべて俺を奪おうと寄ってくるも、その分和彦も後退る。


「七海、とりあえず部屋入ろ。こいつは運転手様がお待ちだから早く帰らせねぇとな」
「七海さん宅へ上がって何をする気ですか」
「そうだな、風邪がよくなったんなら泊まろうかな」
「え、九条君泊まる? 久しぶりだなー! でも俺ん家何もないんだよ、食べ物も酒も買いに行かないと」
「ちょっ、七海さん。僕がそんな事を許すはずないでしょう? 九条さんはお引き取りください。ここへは七海さんのスマホを取りに来ただけですので」
「痛い、痛いって……! なんだよ和彦、手離せっ」


 両腕を広げてる九条君の方へ体を傾けていた俺の腰を、和彦は尋常じゃない力でギュッと掴んで離さなかった。

 あんまり身を捩ったら落ちてしまいそうになるから、和彦を睨み上げてもう一度「痛い!」と不満をぶつける。

 とにかくここで言い合っててもしょうがない。

 何より、騒ぎを聞き付けた隣近所の人からお小言を食らうなんて真っ平だと、俺はポケットから鍵を取り出す。

 その時ふと視線を感じて、後藤さんの車付近に何気なく視線をやった。


「……あれ、? 誰かいる……」


 暗闇の中、黒塗りの車の向こうにある電柱の影から、こちらをジッと見ている人影を見付けた。

 その人影は明らかに俺達の方を向いていて、飛んでくる視線の生温さがちょっとだけ異質だった。

 よく見えなかったけど、何となく俺はあの顔に見覚えがある気がして指差そうとすると、慌てた様子でその人影は走り去って行く。

 同じく人影を発見した和彦が、急に「あっ!!」と大きな声を上げて、至近距離に居た俺は耳が痛くなる。


「待ちなさい! 九条さん、七海さんを!」
「え、うわっ、ちょっ、和彦!?」



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