優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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初めてを奪われました ─和彦─

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 僕が嫉妬する資格なんかまだ無いのに、美味しくて心が蕩けそうだったキスの余韻が吹っ飛んでしまうほど、胸が苦しくなった。


「あれから九条さんとは会っていないんですか?」
「会ってないよ。連絡はたまにくるけど」
「……LINEで?」


 連絡は……くるんだ。

 おかしいな。七海さんと出会った初日に九条さんのアカウントはブロックしたはずなのに。

 思えば僕は、あの人のメッセージに激しく嫉妬して我を失った。

 その罪深さは重々心に染み入っているけれど、七海さんが九条さんと連絡を取っているというだけで腸が煮えくり返りそうだ。

 九条さんの自宅に行っておらず、七海さんが難民と化していた事が僕にまだ正気を保たせている。

 初で純粋な七海さんが、本気の好意を受け続けてグラつかない保証はないから、僕は焦ってしまう。

 あの日のように、我を失う事が怖くなる。


「あ、そういえばLINEはきてないな。ショートメールか電話だった。何でだろ」


 僕の、固まった笑顔から無表情への変化がかなり怖かったらしくて、七海さんはじわじわと二、三歩後退った。

 その歩数分、僕も近付く。

 既読が付かないからってショートメールで連絡を寄越すなんて、九条さんはよほど七海さんと繋がっていたかったんだ。

 ……危険だ。彼は、とても危険。

 僕の知らないところで二人きりになんてなってしまったら、何が起きるのか……考え始めると怖くてしょうがない。

 何たって七海さんは、魔性の男だから……。


「あの……こんな事言いたくないんですが、二人きりで会うのはやめてくださいね。僕がモヤモヤしてしまうので」
「モヤモヤ? なんで?」
「七海さんの事が好きだからです」
「…………っ……」


 ──言ったじゃないですか、僕は七海さんの事が好きなんですよ。

 そこは、「分かんない」の顔で可愛く見上げてきちゃダメ。

 僕が変だと分かった上で想ってくれているのなら、気付いていないからといって誰にでも魔性を振りまかれたら困るよ。

 何だか分からないけれど、七海さんの佇まいや動作、表情は男心を無性にくすぐる。

 その上、この純粋な中身を知ったらさらに男達はメロメロになってしまう。

 期待と落胆が渦巻く胸中で参加していた今までの飲みの席は、恐らく愛想笑いと周囲への気遣いだけで過ごしていて、七海さんはその完全なる魔性を出せていなかった。

 だから気付かれなかったんだ。

 こんなに可愛い人なんだって事を。

 ……それでも毎回お持ち帰りしてたってどういう事なの。

 だんだんと顔の筋肉が言うことを聞かなくなってきた僕は、眼鏡を外して胸ポケットに直した。

 後退る七海さんを捕まえてベッドに腰掛けさせると、おずおずと見上げてくる。


「七海さん、九条さんの事はどう思ってるんですか?」
「ど、どうって……友達だと思ってる。九条君は違ったみたいだけど」
「そうなんですよね。……もしも九条さんから、もう一度真剣に告白されたらどうしますか?」
「え……」


 隣に腰掛けてぴたりと密着し、七海さんの腰をさり気なく抱いてもまったく嫌がられなかった。

 というか、僕が触れている事に違和感を抱いていないように見える。

 七海さんは顔を曇らせてしばらく沈黙した後、手の指をヒラヒラさせて遊び始めた。


「七海さん? 遊ばないで答えてください」
「えぇ? あ、うん……、九条君だろ。九条君の事は好きにならないから、断るよ。何回告白されても、同じ返事しかしない。……っていうか、出来ない」
「何故ですか?」
「……何故って……」


 無邪気に手遊びしていた手のひらを握ると、さすがにビクッと肩を揺らしていた。

 けれどそのままジッとしている七海さんは、九条さんから告白されても断ると断言してくれて、心底ホッとする。

 分かんないの顔で俯いてしまった顎を取り、上向いた拍子に僕の目を見てもらえるように視線を合わせた。

 可愛い瞳が僕を捉えると、自分でそれをしておいて思いっきり照れてしまう。

 だって、……可愛いんだもん……。


「何故って聞かれても困るよ。直感だったんだ。九条君に初めて告白された時、この人の事は好きにならないなって、そう思った。それを説明しろって難しい」
「……じゃあ僕の事はなんでムカつくんでしょうか? 思う存分怒りをぶつけていいって言ってるのに、ぶつけてくれないですよ」
「それは……っ! それは……、分かんない……」


 七海さんの戸惑いは大きい。

 だから僕が、意地悪に急かそうとしても純粋過ぎて全然伝わらない。

 僕の事をひたすら考え続けて、これ以上ないほど苛立っているはずなのに僕を嫌いじゃないって、……七海さんの純粋さはちょっとだけ鈍感な気がしなくもない。

 でもそこが、好き。恋を知らない七海さんの「分かんない」が、とっても好き。


「……可愛い……。そんなに可愛い事を言われて、僕はどうしたらいいんですか。魔性が過ぎますよ、七海さん」
「はっ? なんでだよ! 俺何も言ってないじゃん! 和彦が俺の言葉をポジティブに変換してるだけだろ! お前ほんといい性格して……っ」
「いいじゃないですか。本当にポジティブな意味ですもん。……ねぇ、七海さん」


 真っ赤な顔で、照れ隠しにも見える空元気さで言い返してくる七海さんの肩を、グッと抱き寄せる。

 驚いて固まった体をさらに密着させ、ピアスの光る耳元に口付けて僕は囁いた。


「七海さんとの初めては極上でした。気持ち良かったですよ、とても。この先も絶対に誰にも許さないでくださいね。この体は、初めてを奪った僕だけのものでしょう? 初めてから最期まで、僕だけのものですよね?」
「…………っっ!」


 ──もっと僕を意識してくれたらいい。

 たとえそれが怒りの感情であっても、僕の事だけを考えてくれるのなら本望だ。

 僕の心を揺さぶり、僕の「初めての恋」を奪った七海さん。

 あなたはもう、……僕のものですよ。




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