優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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高鳴り

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 振り返ると、そこには予想とは違う人物が俺を静かに見下ろしていた。


「お疲れ、七海」
「わっ、ビックリしたー! 九条君ここで何してんのっ? どうしたんだよ、こんな時間に!」
「どうも俺は七海に避けられてるらしいから、直接文句言おうと思って会いに来た」


 心配していた例の人物ではなかった事には安堵した。

 でも、しばらく音沙汰の無かった九条君から穏やかではない台詞を吐かれた俺は、身に覚えがあり過ぎて盛大に焦る。


「えぇっ!? 避けてないよ!?」
「こないだ電話切っただろ。あれはかなり凹んだ。そんな避けなくてもよくね?ってな」
「あっ!! あ、あれは、あの……」


 やっぱ九条君、気にしてたんじゃん……!

 和彦があんな切り方するから……!


「芝浦、十五分休憩行っていいぞー」
「え、……ありがとうございます」


 九条君と話してたら、レジに居た店長に気を使われてしまった。

 俺の休憩は本来ならあと一時間後のはずだけど、友達来てんならどうぞ、って事なんだろう。

 でもなぁ……うぅ……九条君怒ってるし、避けてないって事を弁解しようにもどう言ったらいいか……。

 本当は、九条君とはちゃんと腹を割って話さなきゃいけない。

 それは分かってるんだけど……。


「暑……っ。夜だってのに蒸し暑いな」


 コーヒーを二本買った九条君は、外行ける? と言って俺を連れ出し、駐車場に停めてあった大きな黒い車に促した。


「……うん。あ、ありがと」


 助手席に乗り込むと、九条君は俺にコーヒーを渡してエンジンをかけた。

 ──九条君、暑がりなのかな。

 車内をキンキンに冷やしたいのか、クーラーを最大にされてちょっと寒い。


「七海、まだあそこに住んでるんだろ? 心配だから俺ん家来いって言いに来た」
「え? 俺に文句言いに来たってさっき……」
「文句なんか言うわけねぇだろ。告ってあんな事した俺とは会えないっての、よく分かる。飲み誘っても来ねぇのは、俺と二人っきりになるのが気まずいからだろ?」


 あ、……うん、ちょっと違うけど、それもある。

 気まずいのはもちろん、九条君が俺を友達として見てなかったって事がショックだったんだよ。

 一年もその想いに気付いてあげられなかった事もそうだ。


「ま、まぁ……。だって九条君は友達だから。でも知らなかったからって、俺もいっぱい無神経な事言ったりしてたのかもしれないし、俺も悪いと思ってる……会いにくかったのはほんと」
「傷口に塩塗り込むなよ。七海は悪くないってあの時も言ったろ」
「いやでも……」


 あの時の事を反芻しようとしても、もう一ヶ月以上前の事だから正直言うとあんまり覚えてない。

 勢い余って俺の恥ずかしい乙女思考も暴露ったから、脳が都合良くあの日の事を忘れようとしているみたいだ。

 整理しようにもどれから手を付けたらいいか分かんなくなるほど、俺の中ではいくつも事件が勃発した驚愕の一日だった。

 九条君から告白されて、キスを迫られて、俺にストーカーが居た事が発覚して、「初めて」を打ち明けて、和彦を後悔の沼に落とし込んで──。

 とりあえず、まるっと全部を和彦のせいにして、俺は目前の問題だけに的を絞って対処した。

 九条君と距離を置いて、ストーカーから逃れるためにネットカフェ難民になって、……毎日和彦を追い掛けた。

 ──あれ?  最後のは余計じゃない?

 イライラを忘れないために和彦を追い掛けてたって、早速矛盾を発見してしまった。

 コーヒーのペットボトルをイジイジしていると、どうしてか和彦の事が浮かんで頭から離れない。

 学部も学年も違うから講義が全然被らなくて、探すのが一苦労だった。

 なかなか見付からない事にもイライラして、いざマスクと眼鏡姿の和彦を発見したら、しばらくあとを尾けて「こんなに探させやがって」とその背中に恨みの念を送った。

 変装していても、和彦のスパダリっぽい見た目はすでに女の子達から遠巻きにキャーキャー言われていて、それを見る度に心と体がどんよりしたのを覚えている。

 ……分かんないけど、ずっとムカついてた。

 俺を捨てたくせに、モテてんじゃないよって……。


「なんか七海ってさ、ほんとはそんな守られるようなタイプでもねぇのに、守ってやらなきゃって思わせんのがうまいんだよな」
「…………?」
「無意識なんだろ? それ」
「……何が?」
「表情とか仕草とか」
「……そんなのしてる? 俺が?」
「あぁ。ぶっちゃけ七海はどっちなんだ?  男も女もいけるのか、男だけなのか」


 ちょっとちょっと九条君、ダイレクトに聞き過ぎ。それについては俺、学生時代に結構悩んだんだからな、一応。

 もう少しオブラートに包んでよ。


「……男の人、だけ……」
「だろうな。七海に女は抱けねぇよ。女よりいい顔しそう」
「や、やめろよ! 九条君らしくない!」
「こういう話も出来るようになったっつー事。まだ未練はあるけど、七海は違う奴の事が好きだし、俺は諦めるしかねぇじゃん」
「はっ?? 俺好きな人とか居ないけど」
「はぁぁ!?」
「なに、何でそんな驚くんだよ」
「七海、まだ気付いてねぇのっ?」


 えぇ──っ!?

 まさかここでもその台詞が出てくるとは思わなかった。

 九条君、めちゃくちゃサラッと言ったけど、俺に好きな人なんて居ないよ……っ?


「九条君までそんな事言ってんの!? もう何なんだよ! 二人して俺を揶揄ってんのか!?」
「……二人? 二人って、俺とあの金持ち?」
「そうだよ! 毎日毎日毎日毎日ずーっとそればっか聞かされてんだ! 自分で気付かなきゃ意味ないでしょって! ハッキリ言えよってんだ! まどろっこしいっ」
「おいおいおい、待てよ。七海、毎日アイツと会ってんの?」
「あっ……」



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