優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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真実

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 あの日、和彦に声を掛けられて至近距離で目が合ったその瞬間に何気なく心に生まれた感情に、俺は気が付かなかった。

 最初は当然、苛立ちしかなかったから。

 でもそれは……単なるフラストレーションだったんだ。

 こんなはずじゃなかった。
 もっと段階を踏んでいきたかった。
 最悪な出会い方をしてしまったがために、忘れていた。

 「この人となら」。

 和彦と目が合った瞬間、手を握られた瞬間、囃し立てられて唇が触れ合った瞬間、どれも俺は抗わなかった。

 ほんとに嫌だったら全力で拒否するよ。

 キスはもちろん、なんだコイツって思う奴から手を握られてジッとしとくなんて、普通なら考えられないだろ。

 気持ち悪いからやめろって、いつもの俺だったらそう言ってた。

 以降の行動や言動を思い返しても、和彦はおかしい、強引過ぎる、天然で横暴だ、俺はそうしっかり認識してた。

 それなのに……されるがままだった。

 抵抗する口振りだけ一丁前で、──ずっと。


「七海さん、……声我慢しないで」
「……む、むり……っ!」


 和彦と肌を寄せ合うのはあの日以来だ。

 気付いたからって、魂捧げるってまたあの重い台詞言われたからって、すぐにそんな事できないって俺はちょっと激しめに抵抗したんだよ。

 ベッドに押し倒される前に、和彦の腕を振りほどきながら「今日は無理!」って叫んだ。

 返ってきた言葉は、こうだ。


『七海さんが自分の気持ちに気付いたら、その瞬間に初めてをやり直す。僕はそう言いましたよ』


 気持ちに気付いてしまった俺は、ふわりと綺麗に微笑んだ和彦に見惚れて、狼に隙を与えた。

 初めてを奪われたと知ったあの時の気持ちはそう簡単に忘れられないし、消す事も出来ない。

 和彦に心までも奪われていたと知っても、すぐに二度目を受け入れられるわけない。

 抵抗というよりも躊躇だった。

 俺はせめて時間稼ぎしようと、バイト終わりだからシャワーを浴びたいと申し出て、和彦もそれは許してくれた。

 躊躇いから、かなり長めにお湯にあたり続けて出てくると、和彦も別のバスルームで体を清めて俺を待っていた。……全裸で。


「これがフリだと思っていたんですからね……」
「……んっ……?」
「七海さんはあの時、本気で「分かんない」と言っていたのに。僕はそれに耳を傾けなかった」
「あ、っ……ちょっ、……っ」


 俺は和彦の匂いを纏って、自覚しきれてない心ごとぎゅっと抱き締められた。

 耳に唇が触れて、温かい手のひらが濡れた髪を優しく撫でる。

 初めての記憶が消えていないのは、和彦も一緒なんだ。

 俺の心も体も傷付けてしまったと、自責と後悔の日々を送っていた和彦もまた、恐る恐る俺に触れているような気がした。


「……僕は人並みじゃありません。でも七海さんの事が好きだという想いは確かなんです。嫌いにならないでくださいね……」
「……、っ……ん……っ」


 唇を押し当てられて、すぐに舌が入り込んでくる。

 いつも優しい舌が、今は少し強気だった。

 角度を変えて深く口付けてくる和彦の背中に、腕を回す。

 強気な舌に対抗できるほど、俺は経験豊富じゃない。

 だから任せた。

 滑らかな熱い舌で口内を探るように動き回られても、目を閉じてジッとしていた。

 和彦が変人だって事はとっくに知ってる。

 何たって「嫌い」「大嫌い」から始まったんだよ、和彦の印象は。

 聞く耳を持たずに空気の読めない発言を繰り返して、具合の悪かった俺を散々イライラさせもした。

 まさかはじめからこうなる前兆があったなんてほんとに気付かなくて……ぜんぶ和彦のせいにした。

 そのすべてが覆って今こうして大人しく身を任せてんだから、そんな弱気な事を言うなよ。

 和彦は変人で居てくれていい。

 そんなに真剣にマジで語られると、どうしたらいいか分かんなくなる。


「初めてです。こんなに人に心を奪われたのは。七海さんを一目見た時から、僕は奪われていた」
「奪って、ない……っ、俺は何にも……!」
「僕が七海さんの初めてを奪ったように、僕も七海さんに初めての恋を奪われたんですよ」


 ──初めての恋……っ?


 じゃあ何……? 俺も、和彦も、奪い合ってたの……?

 「初めて」を……?


 和彦の唇が首筋に何度もキスを落としてくる。

 くすぐったい。……でも、愛されてる感じがすごく心地良くて、満たされた。

 漫画でも小説でも見た事がない台詞に、ドキドキが加速し過ぎてついに俺の心臓は壊れたのかもしれない。

 治まったはずの息苦しさがじわじわと俺の内部を燻り始める。

 それを治せるのは、和彦しか居ない。


「…………っ……」


 唇が少しずつ下へと移動していくと急に恥ずかしさが襲ってきて、唇が乳首に触れる寸前に和彦の頭を押さえた。


「ま、待っ……っ、やっぱ俺……!」
「七海さん、今……ドキドキしていますか?」
「…………っ、……うん……」
「僕もです。二人ともドキドキしてる。あの日とは違いますね、何もかも」
「……違う、……?」
「はい。僕も、七海さんも、自覚してるから。ドキドキしてるって、ちゃんと自覚しています」
「で、でも……、俺……恥ずかし……っ」
「大丈夫です。僕も照れくさいです」


 こんな気持ちになるのは初めてです、と微笑む和彦の表情から、微かな躊躇いを感じ取る。

 そっか、……和彦も俺と同じ気持ちなんだ。

 俺だけが羞恥心や照れを感じてるわけじゃないと分かると、心強かった。

 それなら、最初から最後まで「いつの間にか」で終わらないように目開けとかなきゃ。


 初めてをやり直すんだ。……和彦と。





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