優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
112 / 206
さざ波

しおりを挟む




 大学に居る間の和彦の行動に、注目してみた。

 歳も学部も違うからずっと見てるわけにはいかなかったけど、時間の許す限り俺の傍に居る和彦を、少なくとも注視する事は出来る。

 過去に俺が諭してきた男数人とは難なく会話が出来たみたいだし、九条君と接するのも今はそんなに壁がないように見えるし、週末の金持ちパーティーも和彦は当たり障りなくこなしていると、後藤さんから聞いた。

 となると、和彦の「若干の人間不信」は限定されているっぽい。

 大学構内での和彦はほんとに顔見知りとしか会話をしていなくて、知らない人と接触するのは緊張する……って、そんなレベルじゃない。あえて避けている。

 俺の歩幅に合わせて歩くと、和彦にとってはスローペースになるから隙が生まれるんだろう。

 和彦と俺という珍しいツーショットなのも相まって、目に見えて周囲はじわじわと距離を詰めようとしてきている。

 早くも来週には、知らない人から「おはよう」と声を掛けられてもおかしくない雰囲気だ。

 その時、俺が助け舟を出さなかったら、和彦はどんな対応をするのか見てみたい。

 俺にはまだ教えられないと言う、そうなってしまった原因を知る事が出来るかもしれないと思った。

 不覚にも和彦にのめり込み始めた俺は、無意識に手首を擦る。

 たった四日で痣が薄れてしまった事に残念さを覚えてるなんて、隣でリリくんと無邪気に戯れてる和彦には、……絶対に言えない。


「──七海さん、聞いてください」
「んー?」


 リリくんが和彦の膝から飛び下り、小さな体とフサフサの尻尾を揺らして床を走り回る可愛らしい姿を目で追う。

 就寝前、和彦がリリくんの部屋んぽを見守る中、俺は三人掛けの広いソファで読書をするというのが一昨日からの日課になった。

 今週末は金持ちパーティーが無かった(断ったのか?)から、和彦と俺は講義以外のすべての時間を共にしている。

 隙間なく寄り添ってくる和彦の視線は、読書中だった俺の横顔に幾度も刺さっていた。

 ……気付かないフリするの、大変だったんだからな。

 何気なく和彦の顔を見上げると、いつからそんな表情してたんだってくらい眉間に皺が寄っている。


「僕、毎日が幸せで、どうしたらいいか分からないんです!」


 また妙な妄想でもしてんのかと思ったら、突然大声でこんな事を言いながら抱き寄せられた。

 ……恥ずかしい。大声で耳が痛い。恥ずかしい。……照れる。

 狼狽えた俺は持ってた分厚い本をドサッと床に落とし、和彦の声に驚いたリリくんはケージの上に飛び乗った。


「なっ? 何を突然……! リリくんが驚いてるからいきなりそんな大声出すなよ」
「あっ……ごめんね、リリくん! でもこの幸せな気持ちは僕の傍に七海さんが居てくれるからこそなので、感謝を伝えたいんです!」
「分かったから声のボリュームを落とせよっ。……あーあ、リリくんお家に戻っちゃったじゃん……今日も触れなかったなぁ」


 その感謝ってやつは、俺を構い倒す和彦の態度や言動でいつでも感じてるんだから、改めて今言わなくていいよっ。

 ほっぺたが熱くなってきた俺は、照れ隠しに顔を背けて話を変える。

 読書の合間に、今日こそリリくんと触れ合えるかもって期待してたのはほんとだ。

 ぴょんぴょんと軽やかにケージの中へと戻ってしまったリリくんは、入り口からコソッとこちらを伺ったあと、木箱のお家の中で体を丸めた。

 どうやら二日おきらしい部屋んぽは、俺がリリくんと仲良くなるための貴重な時間なのに……。


「リリくんはもうおネムなんですよ。七海さんもでしょ?」


 本を拾って立ち上がった俺の手を、当たり前のように掴んで握る和彦は、ニコニコでリリくんのケージの扉を閉めた。

 そしてさり気なく、分厚くて重たい本を俺から奪う。

 ……このご機嫌な笑顔……紛れもなくやらしい事を想像してるだろ。

 毎日なし崩しに受け入れてた俺もいけないけど、和彦はエッチを誘う泣き落としがうまいんだ。

 それに俺だって、気持ちいい事には逆らえない。

 ましてやドキドキする相手に欲情した目を向けられて、あげく意味深なキスを仕掛けられたら、初な俺はほんの一分でその気になってしまう。

 でも今日はダメだって、きっぱり断らなきゃならない理由があった。


「そんなワクワクした顔してもダメ。明日から初出勤なら、今日はしっかり睡眠取りたい」
「うぅ……本気ですか……?」


 ストーカー男のせいで、キレた和彦に馴染みのバイトを辞めさせられた俺は、新しい職に就く事が決まったらしい。

 らしいっていうのは、まだどんな会社でどんな仕事をするのか、何も聞かされてないから。

 いざ行ってみないと説明出来ないと言われて、和彦と同じ職場だという事しか分からない状態なのに、のんびりエッチしてる場合じゃない。

 シュン……とした和彦は、「リリくんおやすみ」とケージの中へ静かに語り掛けて、俺を寝室に連れ込んだ。


「本気。我慢できないなら俺は自分の部屋で寝……」
「そ、それは嫌です! ……分かりました。今日は我慢するので、明日はいいですよね?」
「明日もダメ」
「な、なっ……なぜですか! 僕二日も我慢出来ないです……七海さん……七海さんが欲しいです……七海さんの中に入りたいです……」
「わわ……っ、和彦っ、今日も我慢する気ないだろ!」


 恨めしい体格差によってベッドに押し倒された俺は、和彦から髪を撫でられてドキドキした胸中を悟られまいと、必死で「その気はない」アピールをした。

 この一週間毎日エッチしてたんだから、そろそろ落ち着いてもよくないっ?

 押し倒されると体が疼き始める俺は、もうすでにそのアピールも無駄骨に終わるかもしれないって、そんな予感を感じていた。

 触れそうで触れない唇の代わりに、互いの鼻先がくっついている。

 ──わざとだ。

 俺が見詰められるのに弱いって分かってて、今、瞬きも忘れてドキドキしてるって分かってて、和彦の奴……わざとしてる。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

処理中です...