優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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盲目の狼 ─和彦─

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 七海さんが、僕と同じくらいヤキモチ焼きなのは分かっていた。

 色恋を知らない僕達にはその経験がないから、こうしてすぐに不安に駆られて迷ってしまう。

 嫉妬心に取り憑かれて頭を冷やしたいと言った七海さんも、考える間もなく縛り上げて僕のものである事を分からせようとする僕も。

 だから、七海さんのこのヤキモチは僕への愛情そのものだと受け止める。

 過去など聞きたくないと耳を塞ぐ、真っ直ぐで純粋な恋心を愛おしく思わない恋人がいるだろうか。


「俺とじゃ……物足りなくない?」


 あげく、おとなしくなった七海さんが僕の胸の中でくぐもった声で不安を吐露する。

 まるで七海さんが、見境のない男たらしのような噂を立てられていた事が、今さらながらに腹が立つほどこんなにも無垢だ。

 漫画みたいな恋をしてみたい。

 性を自覚した七海さんのささやかな願いだった行動が、そんな誤解を招いてストーカーまで現れる羽目になったけれど、七海さんは何も悪くない。

 あの噂は少しも、当てはまらない。


「そんな事ありません、あるはずがないです」


 思いを伝える術が、言葉と抱擁のみだなんて……。もっと何か、他にあればいいのに。

 七海さんが苦しいと呻くまで力の限りぎゅっと抱き締めると、やっと念願が叶った。

 背中に回された腕が、僕を優しく包み込む。


「七海さん……」


 こんなに温かい気持ちになるんだよ。

 七海さんが抱き締めてくれるだけで、何もかもどうでもよくなるくらい心がときめくんだよ。

 恋は盲目、とはよく言ったものだ。

 僕を取り巻くすべて、七海さんの存在を上回る事がないんだから。

 何も要らない。

 七海さんさえ居ればいい。

 たとえ息絶えても、魂同士が繋がっていられるのなら死すら怖くない。


「……和彦、……苦しい」


 僕が独り占めしていたい。

 出来る事なら、誰にも魔性を振り撒かないように閉じ込めておきたい。

 どうしてもっと早く出会わせてくれなかったの。

 ……ほら、もう贅沢な考えが浮かんだ。

 貴重な出会いさえ、不満を覚える。

 もっと、もっと、同じ時を過ごしていたかった。

 これから先の方が共に生きていく時間が長いのに、それでも遅過ぎる、と。


「和彦……っ、窒息、する……!」


 耽っていた僕は、瞳を閉じて無我夢中で七海さんを抱き締めていた。

 すみません、と苦笑しながら解放すると、ムッとした顔を返される。

 なかなか自覚してくれない七海さんは、怒った顔にその効力が無い事にいつ気が付くんだろう。

 ベッドサイドに置いてあったスマホを取ろうと、僕に背を向けた七海さんの姿が目に入る。

 今の今まで堪能する余裕が無かったんだけど……七海さん、制服姿のままだ。


「……七海さん。場所、変えませんか」
「……え?」
「ここだと壁が薄いです」
「…………?」


 僕から離れてスマホの電源を入れた七海さんを後ろから抱き締めて、首筋にキスを落とす。

 カッターシャツに、体のラインがハッキリと分かるベスト、下はスリット入りのタイトスカートでストッキングまで履いてる。

 パンプスは片方がどこかに飛んでしまっているけれど、お尻の丸みからすらりと伸びる左足だけでもかなりそそった。

 体毛の薄い七海さんは、シマリス似の綺麗な顔立ちも相まって本当にはたから見ると女性にしか見えない。

 どうしよう……今すぐ全部脱がせちゃいたいんだけど……壁の薄そうなここではそれはさすがにいけないよね……。

 悶々とした僕の言っている意味が分からないのか、振り返って瞬きをする愛らしさは、必死で理性を保っていないと今にも抑えが効かなくなりそうだ。


「思う存分、七海さんを愛せないって事です」
「…………は、恥ずかしくないのっ? そんな事言って!」
「恥ずかしくないですよ。今すぐ七海さんを感じたい。たくさん抱き締めてほしい。いっぱい褒めてほしい。そしてヤキモチなんかふっ飛ばしてしまいましょう」
「……和彦、……キャラ変わってない?」
「ふふっ……そうですか?」


 電源の入ったスマホをポイっとベッドに投げた七海さんが、呆れ混じりの顔で僕に向き直り、抱きついてきた。

 その体をひっしと受け止めて、長かった今日一日を反芻すると忘れていた不愉快な気持ちが蘇ってくる。


「あぁ、忘れてた。お仕置きもしなきゃ」
「え、はっ? お仕置きって何の事だよ!」
「魔性を振り撒いた事と、もう一つ」
「振り撒いてねぇって言ってんのに! て、てかもう一つ……!?」
「僕から逃げた事も追加されました」
「だから逃げてないってば!」
「七海さんのご実家で無かった事が残念です。ご挨拶したかったな」
「だ、だめ、だめだぞ! こういうのはちゃんと段階踏まないとだな……!」
「ふふ……っ。そうみたいですね。七海さんを困らせたくはないので、僕は七海さんの言う通りにしますよ。この近くで三ッ星以上のホテルを探しますね」
「えぇっ!? いや、そんなのいいって!」


 僕は早速スマホを取り出して、位置情報からこの近辺のホテルを検索してみる。

 見た目からは想像も出来ないくらい、真面目で筋の通った七海さんの瞳に輝きが戻った。

 嫉妬にまみれて不安に揺らぐ可哀想な瞳も良かったけれど、七海さんはこうでなくちゃ。


「ですが、一晩中啼かせてしまうのであまり壁が薄いところは……」
「怖い予告やめろよ! ……あ、っ! それなら、お、俺、あの……行ってみたいとこ、ある」


 ──行ってみたいところ?

 スマホを操作する指を止めて、心なしか恥ずかしそうに表情を強張らせる七海さんをジッと伺う。

 七海さんのご希望とあらば、海外へでも宇宙へでも連れて行ってあげるよ。

 激しく交わっても、僕の七海さんの声が届かないところだったらそれこそ、どこへでも。



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