優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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その後

─和彦─

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 日々募り続ける七海さんへの想い。

 彼を愛し、彼から愛されていると実感すると、孤独で陰気だったこれまでの僕がひどく稚拙に思えた。

 ヤキモチ焼きな七海さんは、僕が周囲と関われば関わるほど可愛さが増している。

 分かりやすくムッとした七海さんを抱き締めると、僕の胸に顔を埋めて「俺の和彦なのに」と呟く。

 これからのために必要な経験だからと発破をかけてくれた張本人が、嫉妬にまみれた心を隠そうともしないなんて……これのどこが魔性じゃないっていうの?

 可愛いをいくつ足しても追い付かないほど、僕の心は七海さんに囚われている。

 毎日毎日、愛おしい人を抱き締めて眠る事ができる幸福は他に例えようがない。

 七海さんの描いていた理想とは何もかもが違うかもしれないけれど、計画通りにいかないのもまた人生だ。

 僕は最初っから間違えた。

 言葉の刃に傷付いた過去を記憶から消し、僕の体面が現状を作り出していると思い込んでいた。

 すべては自分の捉え方、考え方次第でどうとでもなったのに。

 独りよがりで七海さんを傷付けた事を僕は今でも後悔していて、だからこそ「もう気にしてない」と断言してくれる尊い優しさに甘えたりはしないんだ。

 七海さんは、成長を促してくれる。人との繋がりもそう、視野を広く持つ事もそう、愛する人に優しくするという真っ当な感情もそう。

 出会った瞬間から惹かれてしまい、何かを隠しているかのような儚い愛想笑いを目の当たりにすると、誰にも取られたくないなんて幼稚な独占欲が湧いた。

 それも当たり前だ。

 僕は七海さんを愛するために産まれてきたんだと、毎日繰り返しそう思うのだから。


「──しかもな、聞いてよ九条君」
「ん?」
「俺に秘書検定受けろって言うんだよ、和彦」
「秘書検定? なんで?」


 ふいに僕から視線を外し九条さんにむくれて見せる七海さんの発言に、ここが彼のアパートである事を思い出す。

 地元に帰ろうと思ってた、と聞いてからの僕の行動は早かった。

 七海さんを僕の元に留めさせておくにはどうしたらいいか、考える間もなく数分で結論を導き出し、ほんの数日で算段をつけた僕はある意味有能だ。


「正確には秘書技能検定と、国際秘書検定ですね。将来七海さんには僕の秘書となって頂き、共に各地を飛び回れたらいいなと。七海さんにはその才能があると確信しています」
「あぁ、俺も七海は秘書に向いてると思う」
「ですよね? 少し天然なところはありますが真面目で勉強熱心ですし、いざという時の行動力と機転が利くところなんかは特に秘書向きです」
「…………」
「でもさ、もし七海が他の奴の秘書になったらどうすんの」
「え? そんな事はさせませんよ。七海さんが秘書課に配属になるのと僕が幹部に上がるのは同じタイミングです」
「おいおい、お坊ちゃま。公私混同はよくねぇよ」
「……そう言われましても、嫌なものは嫌なので。七海さんがそばに居なくては、僕は仕事のやる気も生きる気力も失せます」


 何なら僕は数十年も先の未来まで計画を練っている。

 きっと人生の成り行きでその通りにはいかない事もあるかもしれないけれど、僕の隣には七海さんが居る。それだけは違わない。


「そうか……うん。和彦らしいな。俺頑張らないと」
「ふふ……っ、七海さんなら大丈夫です。僕も精一杯お手伝いします」
「お前らにはついていけねぇ……」


 好きを垂れ流してくれるようになった七海さんの小さな奮起は、僕を喜ばせ、九条さんの失笑を生んだ。

 盲目な僕達は、それが変だって事は自覚しているものの想いが揺らぐ事はない。

 ちなみに父から言付かった九条さんの将来も、僕の未来展望に入っているんだけどな。


「ですが九条さんも数年後にはSAKURA産業と密接に関わる予定なんですから、僕らのおかしさには慣れておかないと」
「俺はまだ返事した覚えねぇんだけど」
「父はそのつもりのようですよ。僕も心強いです。七海さんと九条さんが脇を固めて下されば、何もかもうまくいくような気がします」
「あのな、お宅みたいなデカい会社の顧問弁護士なんてペーペーが請け負っていい仕事じゃ……」
「皆誰しも新人時代を経て大きくなります。経験を積めば積むほど良いのはその通りですが、九条さんに至っては例外かと」
「買い被り過ぎ」


 苦笑しつつ、どこか照れているように見えるのは気のせいかな。

 占部親子の逮捕に弁護士志望である九条さんも関わっていたと知った父は、我が社に必要な人間だと得意のリサーチの結果そう雄弁に語っていた。

 掻い摘んでの状況報告だけで様々言い当てた、九条さんの推理力と考察力は他に類を見ない。

 現在委託している弁護士事務所の顧問弁護士が軒並み高齢化している事もあり、九条さんのような若くて有能な方はぜひとも欲しいと僕でさえ思う。


「俺も、九条君が居てくれたら心強いかも……」


 僕の手をきゅっと握った七海さんが小さく呟くと、それを聞いた九条さんの目の色がすぐさま変わった。


「分かった。待ってろ、最短で準備する」
「即答じゃないですか。七海さんの魔性、恐るべし」
「当たり前だろ。惚れてた奴が俺を求めてんだから」
「僕の七海さんですよ」
「分かってるっつーの。俺はお前ら二人みたいにおかしくはなれねぇ。アプリで監視し合ったり人の目盗んで校内でセックスしたり、公私混同がさも当然みたいな思考回路は俺にはまったく理解出来ねぇよ」
「ふふふ……っ、七海さん、僕達おかしいって」
「俺らにとっては普通なんだけどな」


 まだ七海さんに未練があるのかと動揺が走りそうになった僕を察して、七海さんが顔を覗き込んでくる。

 そして、シマリスみたいに大きくて黒目がちな可愛い瞳を細め、口角を上げてニッコリとヤンチャに微笑んだ。

 ──可愛い人だ。おまけにとっても優しい。

 僕に染まった七海さんはいつでもどこでも「大好き」を溢れさせ、負けじと返す僕の想い丸ごと、その魔性で取り込む。 


「はぁ……。未来の社長と社長秘書がこんなんで大丈夫かよ、SAKURA産業……」


 今ここに九条さんが居なかったら、確実にこの小さなベッドで愛の営みが始まっていた。

 そっと七海さんを抱き寄せて、背中を擦る。

 第三者の重たい溜め息と、ピンクに染まった七海さんの色付いた頬で分かった。

 他人にはとても理解出来ないであろうほど、僕達は想い合っているという事が。





 理想的とは程遠く、噂と誤解に惑わされた僕は純粋な七海さんを愛する資格は無いのかもしれない。

 でも僕は、諦めたくない。

 ……優しくする。全力で七海さんだけを愛すると誓う。


「大好きです、七海さん」


 九条さんがお手洗いに立った隙に、七海さんの耳元で囁いてみる。

 すると七海さんは、ここが二人だけの空間ではないからなのか久しぶりに聞く常套句で僕を計った。

 思いっきり「大好き」の顔をして。


「……分かんない。……俺も好きだけど」


 ──この小悪魔ちゃんには、再度目隠しのお仕置きが必要かもしれない。









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