蓮と蜜

須藤慎弥

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忠実

・③・(終)

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 お姉ちゃんは、蓮くんを独り占めできる貴重な権利を自ら放棄したんだから、僕はまだ蓮くんを想っていたっていいはずだ。

 感情がグチャグチャで意味不明な事を言い放った僕を、お姉ちゃんは駄々をこねる子どもを見守る親みたいな目で見ていた。

 その愛情のこもった目を見つめ返すとさらにイラついて、悲しくて、悔しくて、とうとう涙で前が見えなくなってきた時だ。

 お姉ちゃんは力無くコンクリートの壁にもたれて、あの男の人の正体を苦々しく僕に打ち明けた。


「──な、何? あの人、お父さんの弟なの……?」
「そう。でも言えなかったの。みっくんはきっと許してくれないって思ったのよ」


 衝撃だった。

 お姉ちゃんの表情と言葉で、色んな事の辻褄が合った。

 僕を気遣うあまり、紹介したくても出来なかった葛藤まで悟ってしまって気まずかった。

 お姉ちゃんはというと、バレたならしょうがないとばかりにいつどうやって知り合ったのか、お姉ちゃんとあの人がどんな間柄なのかを、淡々と語り出した。

 真実が衝撃的すぎた僕はそのほとんどが右から左だったんだけれど。


「蓮くんも……知ってたんですか?」
「あぁ」


  ……そうだったんだ。

 確かに蓮くんは、一切動じていない。今日だけじゃなく、昨日もその前も、動揺しているようには見えなかった。

 空元気にしてなきゃやってられないんだろうと案じていた僕の心配は、無用だったという事だ。


「でも二人は付き合ってるんじゃ……」
「付き合ってないわよ」
「付き合ってねぇよ」


 確認のために問うと、二人の否定が綺麗に揃った。

 僕の感じていた矛盾はまったくの的外れで、この二人の様子からしてどうやらこの尾行自体が仕組まれたものなのかもしれない。

 打ち明けるタイミングを見計らっていて、蓮くんに協力を仰いだ──そう考えるのが自然だ。

 頭の中で整理するのに時間がかかるけれど、あの人と居る時のお姉ちゃんの表情がすべてを物語っていた。

 お姉ちゃんが幸せなら僕は応援する。お父さんは何にも関係無い。

 ちゃんと伝えてあげようと顔を上げたその時、お姉ちゃんがとんでもない事を言い出した。


「蓮、さっきの聞いたでしょ。どうするの? 私が返事していいの?」


 嘘でしょ、蒸し返さないで……!

 お姉ちゃんが僕の感情を爆発させたせいで、勢いに任せて言っちゃっただけなんだ。


「ちょちょ、ちょっと待って! あ、あの、さっきのだったら忘れてほし……うっ?」


 もしかしたら後方に居た蓮くんには聞こえていなかった可能性もあるし、わざわざ僕の言葉を拾ってくれなくていいのに……!

 焦りまくった僕は、すぐ後ろに件の人が迫っている事に気が付かなかった。

 涙はきれいさっぱり引っ込んで、その代わりにたらたらと嫌な冷や汗をかく。

 蓮くんが聞いていませんように。

 蓮くんが聞いていませんように。


「もらってくれんの?」
「へっ?」


 期待のこもった声と、背後から抱きしめられたのが同時だった。

 戸惑う間もなくすぐさまパニックに陥った僕の思考は、今日も無事に停止。

 けれど残念ながら「ちょうだい」発言は聞かれていたらしく、天井を仰ぎたい気持ちにはなった。


「さっき、ちょうだいって言ってたじゃん。俺のこと欲しいなら、すぐにでもあげたいんだけど」
「……はい、……えっ!?」
「よし、言質取ったぞ」


 幼馴染みの二人は、こんな時ばかり饒舌ですぐに僕を置いていく。

 蓮くんに抱きしめられたまま、パニックの海にプカプカ浮かんでる僕をよそに、お姉ちゃんの笑顔が弾けていた。


「蓮はね、ずーっとみっくん一筋なんだよ。一目惚れなんだって。でもみっくんが男の子だからなかなか言えなかったんだって」
「花、お前……っ! それ以上は言うな。あとでちゃんと俺から話す」


 思えば僕は、襖の向こうで語らう二人の会話に甘さが無い事さえ知らなかったんだ。

 ……避けていたから。


「みっくん連れてっていいよ」
「言われなくても」


 蓮くんの即答にふふっと笑ったお姉ちゃんは、僕の頭を撫でてから小走りで彼氏のもとへ戻って行った。

 今は二人きりにしないでほしかったんだけれど、離してくれる気配の無い蓮くんは、この上なく機嫌が良い声色で「こら」と唐突に僕を叱った。


「〝ちょうだい〟は反則だろ」
「……すみません……」










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