300 / 541
46❥
46❥5
ふつふつと込み上げる様々な感情を落ち着かせようと、襖を閉めた後も聖南はその場に立ち竦んでいた。
トイレに行きたいのは山々なのだが、思うように足が動かないのだ。
泣きたくても泣けない、ツラいのかどうかもよく分からない。
自分と似たような面立ちの父親を見ると、赤の他人だと思いたくても思えない、感情論では完全に拒否する事の出来ない濃い血のつながりを見た気がして、無性にイライラした。
いくつもある和個室は高級料亭なだけあって通路も雅で静寂に包まれている。
動かない右足を何とか前に踏み出すと、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてきた。
同じ並びのどこかから聞こえてくるその声の主に、聖南が気付かないはずもなかった。
『…………っ?』
このすすり泣き……これは、葉璃だ。
どこだろう、どこで泣いているんだ。 そもそもなぜここに居るんだ。
無闇に襖を開けて回るわけにもいかず、よくよく耳を澄ませてみる。 一歩を踏み出す気力も無かった聖南が、やすやすと歩んだほんの三歩、つまり隣の個室からその声は聞こえていた。
間違いないという確信を持って躊躇なく襖を開けると、そこには今一番会いたかった者が、アキラに抱き締められているところであった。
『なっ……なんでアキラと……!?』
ひっしと抱き合い、アキラにいたっては葉璃の柔らかな髪をよしよしと撫でている。
背中を向けた葉璃は号泣していて聖南の存在に気付いていないようだったが、対面したアキラとは目が合って一気に眉間に濃い皺が寄った。
これは言い逃れの出来ないとんでもない現場に出くわしてしまったと、先ほどまでの無感情が嘘のように立ち消え、聖南の心はどす黒い嫉妬で埋まった。
「おまっ……!」
「シッ」
怒鳴りつける勢いの聖南に向かって、冷静なアキラは人差し指を口元にやり「黙れ」と制した。 そして、戸惑い半分、嫉妬半分の複雑な表情をした聖南を左手でちょいちょいと呼んだ。
『……何なんだ?』
聖南がそろそろと抱き合う二人の傍まで寄って行くと、アキラは泣いている葉璃の体をくるっと反転させて聖南の体に押し付けた。
わんわん泣いている葉璃はされるがままで、アキラに抱き付いていたように聖南の背中をきゅっと抱いてくる。
「俺先にスタジオ入ってるから。 事情は後で説明する」
状況が飲み込めない聖南へ小声で耳打ちしたアキラは、ポン、と肩を叩くとすぐさま退散して行った。
『………どういう事なんだ…?』
「うぅぅっ……ひっ……ううっ……」
本当はもっと大声で泣き叫びたいのか、必死で下唇を噛んで声を殺している葉璃はもしかすると今の会話をすべて聞いていたのかもしれない。
夜は一際食いしん坊の葉璃が、テーブルの上に並んだ料理にほとんど手を付けていない事がそれを確証付けた。
アキラと二人きりでこの場に居た事は解せないが、彼らの思惑はすぐに悟れる。
会食の場所はつい昨日、口頭で社長から伝えられた。
それを葉璃が耳にし、聖南の過去を知るが故にその身を案じてくれたに違いない。
「……ううぅぅぅ……っっ……どうしよう、うっ、アキラさん……っ、聖南さんが泣いてる……泣いてるよぉ……っっ」
聖南の胸があっという間にびしょ濡れになるほど泣いている葉璃が、くぐもった声でそう苦しげに呻いた。
瞳を開くことも出来ないほど、目蓋を泣き腫らしている。
泣けない聖南の代わりに、葉璃が泣いてくれている。
聖南が哀れで、あまりにも可哀想で、痛みと苦しみを分かち合ってくれている。
思えば、過去を打ち明けた時もこんな風に葉璃は泣きじゃくっていた。
聖南の最大の弱みであり汚点を、我が事のように受け止めて号泣していた。
『……葉璃……こんなになるまで心痛めてくれんのか……』
聖南本人は、泣きたくても泣けない心境だった。
怒りもあれば悲しみもあり、捨てられたと知ったあの日の寂しさをもう一度深いところで味わってしまい、愕然としたと言う方が正しい。
涙など、幼い頃に枯れ果てた。
聖南はいつから、失意の涙を流していないだろうか。
泣いても父親は帰ってこない。 受けてみたかった親からの愛情を諦めたのは、一体いくつの頃だったろう。
寂しかった事も切なかった事もあったけれど、それがいつしか虚無感に変わってしまい人生を捨ててしまった悲しい過去から、まさかここまで愛情深く接せられる者ができるとは思いもしなかった。
聖南にとって愛すべきたった一人の人が、自分のためだけに、まるで自分の事のように悲しんでくれている。
……それだけで、救われた。
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
【R18】兄弟の時間【BL】
菊
BL
色々あってニートになった僕、斑鳩 鷹は当たり前だけど両親にめっちゃ将来を心配されまさかの離島暮らしを提案されてしまう。
待ってくれよ! アマゾンが当日配送されないとこなんて無理だし、アニメイトがない世界に住めるか!
斯くて僕は両親が改心すればと家出を決意したが行く宛はなく、行きついたさきはそいつの所だった。
「じゃぁ結婚しましょうか」
眼鏡の奥の琥珀の瞳が輝いて、思わず頷きそうになったけど僕はぐっと堪えた。
そんな僕を見て、そいつは優しく笑うと机に置かれた手を取って、また同じ言葉を言った。
「結婚しましょう、兄さん」
R18描写には※が付いてます。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
愛され少年と嫌われ少年
透
BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。
顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。
元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。
【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】
※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。