必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 ふつふつと込み上げる様々な感情を落ち着かせようと、襖を閉めた後も聖南はその場に立ち竦んでいた。

 トイレに行きたいのは山々なのだが、思うように足が動かないのだ。

 泣きたくても泣けない、ツラいのかどうかもよく分からない。

 自分と似たような面立ちの父親を見ると、赤の他人だと思いたくても思えない、感情論では完全に拒否する事の出来ない濃い血のつながりを見た気がして、無性にイライラした。

 いくつもある和個室は高級料亭なだけあって通路も雅で静寂に包まれている。

 動かない右足を何とか前に踏み出すと、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてきた。

 同じ並びのどこかから聞こえてくるその声の主に、聖南が気付かないはずもなかった。


『…………っ?』


 このすすり泣き……これは、葉璃だ。

 どこだろう、どこで泣いているんだ。 そもそもなぜここに居るんだ。

 無闇に襖を開けて回るわけにもいかず、よくよく耳を澄ませてみる。 一歩を踏み出す気力も無かった聖南が、やすやすと歩んだほんの三歩、つまり隣の個室からその声は聞こえていた。

 間違いないという確信を持って躊躇なく襖を開けると、そこには今一番会いたかった者が、アキラに抱き締められているところであった。


『なっ……なんでアキラと……!?』


 ひっしと抱き合い、アキラにいたっては葉璃の柔らかな髪をよしよしと撫でている。

 背中を向けた葉璃は号泣していて聖南の存在に気付いていないようだったが、対面したアキラとは目が合って一気に眉間に濃い皺が寄った。

 これは言い逃れの出来ないとんでもない現場に出くわしてしまったと、先ほどまでの無感情が嘘のように立ち消え、聖南の心はどす黒い嫉妬で埋まった。


「おまっ……!」
「シッ」


 怒鳴りつける勢いの聖南に向かって、冷静なアキラは人差し指を口元にやり「黙れ」と制した。 そして、戸惑い半分、嫉妬半分の複雑な表情をした聖南を左手でちょいちょいと呼んだ。


『……何なんだ?』


 聖南がそろそろと抱き合う二人の傍まで寄って行くと、アキラは泣いている葉璃の体をくるっと反転させて聖南の体に押し付けた。

 わんわん泣いている葉璃はされるがままで、アキラに抱き付いていたように聖南の背中をきゅっと抱いてくる。


「俺先にスタジオ入ってるから。 事情は後で説明する」


 状況が飲み込めない聖南へ小声で耳打ちしたアキラは、ポン、と肩を叩くとすぐさま退散して行った。


『………どういう事なんだ…?』


「うぅぅっ……ひっ……ううっ……」


 本当はもっと大声で泣き叫びたいのか、必死で下唇を噛んで声を殺している葉璃はもしかすると今の会話をすべて聞いていたのかもしれない。

 夜は一際食いしん坊の葉璃が、テーブルの上に並んだ料理にほとんど手を付けていない事がそれを確証付けた。

 アキラと二人きりでこの場に居た事は解せないが、彼らの思惑はすぐに悟れる。

 会食の場所はつい昨日、口頭で社長から伝えられた。

 それを葉璃が耳にし、聖南の過去を知るが故にその身を案じてくれたに違いない。


「……ううぅぅぅ……っっ……どうしよう、うっ、アキラさん……っ、聖南さんが泣いてる……泣いてるよぉ……っっ」


 聖南の胸があっという間にびしょ濡れになるほど泣いている葉璃が、くぐもった声でそう苦しげに呻いた。

 瞳を開くことも出来ないほど、目蓋を泣き腫らしている。

 泣けない聖南の代わりに、葉璃が泣いてくれている。

 聖南が哀れで、あまりにも可哀想で、痛みと苦しみを分かち合ってくれている。

 思えば、過去を打ち明けた時もこんな風に葉璃は泣きじゃくっていた。

 聖南の最大の弱みであり汚点を、我が事のように受け止めて号泣していた。


『……葉璃……こんなになるまで心痛めてくれんのか……』


 聖南本人は、泣きたくても泣けない心境だった。

 怒りもあれば悲しみもあり、捨てられたと知ったあの日の寂しさをもう一度深いところで味わってしまい、愕然としたと言う方が正しい。

 涙など、幼い頃に枯れ果てた。

 聖南はいつから、失意の涙を流していないだろうか。

 泣いても父親は帰ってこない。 受けてみたかった親からの愛情を諦めたのは、一体いくつの頃だったろう。

 寂しかった事も切なかった事もあったけれど、それがいつしか虚無感に変わってしまい人生を捨ててしまった悲しい過去から、まさかここまで愛情深く接せられる者ができるとは思いもしなかった。
 
 聖南にとって愛すべきたった一人の人が、自分のためだけに、まるで自分の事のように悲しんでくれている。

 ……それだけで、救われた。



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