必然ラヴァーズ

須藤慎弥

文字の大きさ
302 / 541
46❥

46❥7




 ───今までを悔いている。

 父親のその言葉で聖南の中の記憶の蓋は閉じられ、さらには頑丈な鍵がいくつも掛けられた。

 それに形があったなら、力いっぱい蹴たぐってやりたい心境だった。

 こんなもの、もう要らない。 暗くて寂しい過去の記憶など、持っているだけ損だ。

 気付いてしまったから尚の事、苛立った。

 心のどこかで、小さな頃から変わらない父親への期待が未だに胸に燻っていた事を。

 複雑な事情があって聖南を手放すしか方法が無かった……、嘘でも弁解してほしかった。 理解できる年齢になった聖南は「だから何だ」と嘲笑い、大人しく下手な話を聞いていたかもしれない。

 だが父親は一言、悔いていると言った。

 何も弁明しないまま、忘れてはいなかったと言った。

 聖南を愛する事は出来たはずなのに、それをあえてしなかったと捉えた。

 薄っぺらい言葉を並べられても、そうとしか聞こえなかった。


「……聖南さん……」
「俺は未練たらしい男だな。 ……無駄だって分かってんのに、まだ欲しがろうとしてたんだよ」
「そんな事ない! 欲しがって当たり前です!」
「……めんどーだから嫌だ、覚悟出来たから行くわ、なんて、俺も相当踏ん切りつけきらねぇよな。 ……無駄だったんだけど。 何もかも」


 聖南の中で、恐れていた過去との対峙は本当の意味で終わった。

 会食に聖南を呼んでいると分かった時点で、心のどこかで薄っすら期待してしまったのは息子としての最後のあがきだったのだ。

 どうか、今までの寂しさを分かってほしい。

 聖南が悩み苦しんできた孤独の毎日を、少しでも鑑みてほしい。

 そして後悔の言葉ではなくダメな父親の方便で構わない、「仕方なかったんだ、ごめんな」その言葉が欲しかった。


「葉璃、もう俺にはお前しか居なくなった。 ……めいっぱい愛してみせるから、……葉璃は同じだけ返さなくてもいいから、……お願いだから……一緒に居てくれ……頼む……」


 葉璃を抱き締めた聖南は、恥ずかしげもなく懇願した。

 もう、ひとりぼっちには戻れない。

 聖南のすべてを受け止めてくれた、葉璃が居なければ───。


「……聖南さん……」


 葉璃さえ居れば、何も要らない。

 ぼんやりとした毎日を明るい色で照らしてくれた、大好きな葉璃さえ居れば、もう何も。

 今まで思い出しもしなかった父親との決別など、最初から無かった事にすればいい。

 物心ついたあの時から、両親共に居なかった、それで済む話だ。

 何も恐れなど無かったはずなのに、葉璃を想う気持ちが芽生えてから色んな感情を知ってしまい、ついつい良い方へと考えてしまった。

 己の欲深さを嘆き、二度と同じ思いを味わいたくない聖南の懇願は、葉璃の涙をまた誘発した。


「聖南さんからの気持ちを貰うばっかりの俺が言うのも変かもしれないけど、俺は同じだけ聖南さんの事思ってるよ。 ……だから泣かないで、俺には見えるから……その涙……」


 ポロポロと頬を伝い続ける涙はそのままに、葉璃が聖南の両頬を小さな手のひらで包み込んだ。

 綺麗で澄みきった瞳と数秒見詰め合う。

 泣けない聖南の代わりに、葉璃の涙のタンクが空っぽになってしまいそうだ。


『葉璃……好き。 ……お前しかいらない。 ……お前以外全部いらない……何も要らない……』


 心の中で、聖南はたくさん泣いていた。

 本当は、……本当は、親に捨てられるのがどうでもいいなんて、嘘だった。

 葉璃に見破られて、呆気なく認めざるを得ない。

 寂しかった。

 親の愛を感じてみたかった。

 優しく唇に口付けると、泣き笑う葉璃が上向いて応えてくれる。

 ───愛し方が分からないから、俺は一生、誰も愛せない。

 過去の自分がひどく可哀想に思えた。

 未来の自分はこんなにも幸せで、愛情を知れている。

 ───今葉璃を見詰めているのは、幼い頃の聖南の面影だったのかもしれない。



感想 3

あなたにおすすめの小説

魔性の男

久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。 最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。 そう、思っていた。

元アイドルは現役アイドルに愛される

BL
人気アイドルグループのエースだった奏多は事故により脚を怪我し、グループを脱退する。エースの抜けたグループの人気はみるみる下落し、そのまま解散。そのことに責任と罪悪感を感じた奏多は芸能界の表舞台から引退し、正体不明の作曲家Kとして裏で支えることに。 罪悪感からご飯を食べなくなった奏多の肌は痩せこけ、青白くかつての輝きはなくなっていた。 ある日の打ち合わせでかつてのグループメンバーである颯真と再会する。 メガネとマスクをしているがかつてのメンバーのことは騙せない。 『奏多、会いたかった』 『僕、奏多さんのパフォーマンスを見て、人生変わったんです!』 やけに自分に懐いているワンコ系の後輩リオと、かつてのグループのメンバー颯真に受け止めきれない愛を向けられる話。

【R18】兄弟の時間【BL】

BL
色々あってニートになった僕、斑鳩 鷹は当たり前だけど両親にめっちゃ将来を心配されまさかの離島暮らしを提案されてしまう。 待ってくれよ! アマゾンが当日配送されないとこなんて無理だし、アニメイトがない世界に住めるか!  斯くて僕は両親が改心すればと家出を決意したが行く宛はなく、行きついたさきはそいつの所だった。 「じゃぁ結婚しましょうか」 眼鏡の奥の琥珀の瞳が輝いて、思わず頷きそうになったけど僕はぐっと堪えた。 そんな僕を見て、そいつは優しく笑うと机に置かれた手を取って、また同じ言葉を言った。 「結婚しましょう、兄さん」 R18描写には※が付いてます。

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。