必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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62・ETOILE初舞台前日

〜同室争奪戦Ⅲ〜




 四つ目の弁当を食べていると、聖南を含めて言い争う三人の声に驚いた葉璃が、恭也に耳打ちした。


「恭也、アキラさんとケイタさん何してるの? たこ焼き食べるって?」
「葉璃を巡っての、熾烈な戦い……かな。 どっちかが、葉璃と、今夜同室みたい」
「え!? 聖南さんじゃなくて?」
「葉璃……分かりやすいね。 ……可愛い。 ほんとは、俺と同室が良かったな」
「う、うん……でも俺と同室になるのとたこ焼き食べるの、どう関係あるの?」


 弁当に夢中でまるで会話を聞いていなかった葉璃は、二つしかないたこ焼きを先輩二人がそれぞれ口に運んでいる様をジッと見詰めた。

 聖南も恭也も、二人が咀嚼する様子を固唾を呑んで見守る。

 そして───。



「うっっ!!」
「うっっ!!」



 三度ほど咀嚼して味を感じた途端、アキラとケイタは同時に口元を押さえた。

 ……妙である。

 聖南は長机に肘を付き、首を傾げて二人を見上げた。


「は? なんで二人とも同じ反応してんだよ」
「………っっ!!」
「…………!!?」


 同時にギッと睨まれた聖南も訳が分からず見詰め返したが、二人の顔がみるみる真っ赤に染まってゆく。

 そうかと思えば二人は、口元を押さえたままダッシュで控え室を飛び出していった。

 すると入れ代わりに成田がやって来て、「お疲れー」と言いながら呑気にコーヒーの入った紙コップに口を付けている。

 あのたこ焼きを仕込んだのは成田なので、聖南はもしやと思い苦笑した。


「成田さん、もしかしてやっちゃった?」
「何が?」
「たこ焼きだよ、たこ焼き。 何か入れたろ」
「あぁ! あれな、アキラに言われて一つだけにワサビ入れたよ。 たっぷり!」
「……それ多分……両方に入ってたぞ」
「なんだって!? …………あ、でも心当たりが……」


 成田のしまった顔に、聖南と恭也は笑いをこらえきれなかった。


「あはははは……!! マジかよ! ロシアンたこ焼きになんねぇじゃん!」
「ふふふふっ……!」


 両サイドが凄まじく爆笑していて、一人だけ置いてけぼりの葉璃は膨れた。

 なぜアキラとケイタが真っ赤な顔をして飛び出して行ったのかも分かっていない。


「ね、ねぇ、なんでそんなに笑ってるの??」


 葉璃は、爆笑し過ぎて目尻まで拭う聖南と恭也を交互に見て問うが、二人から手のひらで「ちょっと待って」と制されてさらに頬を膨らませた。


「しまったなぁ……。 あのたこ焼き、誰が食ったんだ?」
「アキラとケイタ」
「あー……だから走ってトイレ行ってたのか」


 成田の苦笑を見るとさらに笑いが込み上げてきた聖南と恭也は、珍しいほどに腹を抱えて笑っている。

 頬の膨れた葉璃を置き去りにして爆笑していた数分後、件の二人が微妙な表情で戻って来た。

 そしてアキラが成田の姿を見付けた途端、「おい!」と声を荒げる。


「成田さん勘弁しろよ! 一つだけに入れてって言っといたじゃん!」
「ごめんごめん! ちょうどそれ仕込んでる時に電話鳴ってな、対応してたら……そうなってしまったようだ」
「ようだ、じゃないよ! これじゃロシアンたこ焼きにならない! あー辛かった!」
「まだ鼻の奥おかしいよな」
「うん。 口の中も変な感じ」
「悪かったって! で、あのたこ焼きは何の意味があったんだ?」
「成田さんのせいで意味が無くなった! 結局ハル君とどっちが同室なのか決まんないままじゃん……」


 ケイタがため息混じりに腰掛けた。

 鼻や口に違和感が残るのか、アキラは何度もお茶を飲んでそれを誤魔化そうと躍起になっている。

 二人が意気込んでたこ焼きを口に運んでいた様を思い出し、聖南はまたも盛大に吹き出した。

 葉璃との同室を賭けてのギャンブルが、成田によって潰されてしまった事実も相当可笑しい。


「ぷっ……! しょうがねぇな。 ツインにシングルベッド三つ入れてもらってトリプルルームにすりゃいい」


 二人に爆笑を提供させてもらった事に免じて、聖南はそう提案した。

 そして、隣で弾けんばかりに頬を膨らませた葉璃の肩を抱いて「機嫌直せよ」と耳打ちしてやる。

 聖南の声に弱い葉璃は、その一言だけでヘラッと表情を崩した。


「そんな事できんの!?」
「出来るだろ。 無理って言われたら俺が運んでやる」
「セナ様カッコイイ!」
「ただし葉璃は窓際な」
「全然いいよ! ダブルとかツインに一人はマジでしんどい! 二人一組で楽しくやってる中で一人あぶれんのはしんど過ぎる!」


 ここに居る誰もが、何となくケイタがあぶれそうな予感を感じていたからか、必死で「しんどい」を繰り返すケイタに恭也までも吹き出してしまう。

 恭也がこんなにも笑う姿は珍しくて、訳が分からないながら葉璃も嬉しくなった。

 聖南も恭也も、イケメンはやはり笑顔もイケメンだ。


「あ~~マジで今年一番笑ったわ。 成田さんナイス」
「そう思ってるのはセナだけみたいだぞ……。 見てみろ、アキラとケイタのあの目を……」
「そりゃ睨まれるだろ。 ワサビ入れてる時に気付きそうなもんだけどな」
「気付いてたらこんな事にはなってねぇ! ケイタが悶絶するとこ見て爆笑してやるつもりだったのに」
「なんで俺が食うって決め付けてんだよ! 俺だってアキラの悶絶見て笑いたかった!」
「俺の悶絶よりケイタの悶絶の方がウケんじゃん」
「なんだとーっ? 聞き捨てならないなぁ!」


 同じ痛みを分かち合ったはずの二人が、たかだか両者ともワサビ入りのたこ焼きを食べただけで言い合いを始めた。

 聖南に肩を抱かれた葉璃は心穏やかでいられない。

 本当に喧嘩が始まってしまったらどうしようと不安で聖南を見ると、彼は未だ素敵な笑顔を浮かべていた。


「不毛な言い争いしてんじゃねぇ。 俺と恭也は超笑わせてもらったからそれでOK」
「セナも食ってみれば分かるよ! 死ぬかと思ったんだからな!」
「いやケイタ、セナは辛いの強えから意味ないかも。 刺し身食うときのワサビの量見た事あんだろ」
「そうだった……!!」
「俺はワサビくらいじゃ悶絶はしねぇな。 葉璃には悶絶するけど♡」
「……聖南さん、みんなの前……」
「何今さら恥ずかしがってんの。 かわいーな。 そんなかわいーと食っちまうぞっ」


 視線を寄越してきた聖南の瞳がギラついているように見えて、咄嗟に腕から逃れようとしたのだが遅かった。

 葉璃の頬をパクっと唇で食む聖南に全員の視線が集中する。


「まーた二人の世界か……」


 聖南と葉璃にあてられたケイタが、やれやれと言わんばかりにそう呟いた。



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