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63・ETOILE初舞台当日
〜不穏な気配〜
両手を握り、大歓声の中スタートしたライブの様子をモニターで凝視していた葉璃は、「緊張していてもいいけど弱音は吐くな」と "CROWNのセナ" に言われてしまったため、手のひら文字をやめて緊張と戦っていた。
やめていても案外、うまくいっている気がする。
何百万回やっても、手のひら文字は効果が期待できない。
それよりも、大先輩として掛けられた言葉の方が、時間が立つごとに葉璃の心に深く刺さっていった。
どれだけこの場を目指してもなかなか報われない、たくさんのレッスン生達が居る。
葉璃と恭也、ETOILEという新人アイドルユニットのために動いてくれている、たくさんのスタッフ達がいる。
事務所内で働く大勢の社員や、関係者各位諸々の協力があって、葉璃は今ここにいるのだ。
関わってくれているすべての人達の前で、ビクビクしている様子を見せたり、弱音を吐いたりなどは絶対にしてはいけない。
強くならなければいけない。
葉璃はずっとずっと、下を向いて他人との諍いに脅えて生きてきた。
弱くて卑屈で、何もかもを悪い方へしか考えきれなかったつまらない人生に、眩い光を伴って聖南が現れてくれたから、今の葉璃は在る。
先程、聖南はあえて「ETOILEのハル」、「CROWNのセナ」と言っていた。
それは恋人としてではなく、同じ業界に居る者からの叱咤激励として聞け、という事だったのだろう。
モニターを見詰める。
聖南も、アキラも、ケイタも、ダンサー達も、心からの笑顔でファンと向き合っていた。
「ふぅ……」
未だに葉璃は、なぜ自分が世に出る事になったのだろうと考える事がある。
それは聖南との必然によって、何かに引き寄せられるかのようにこの場に導かれているのは確かなのに、葉璃の気持ちは相も変わらず揺れていた。
林に聞いた話では、デビュー会見を行ってからのこの一週間、メディアはETOILEの話題で持ち切りらしい。
真っ黒だったスケジュール帳にはもはや書き込むスペースがどこにも見当たらず、このままでは明後日から、葉璃と恭也を過労で倒れさせてしまうかもしれないと林は嬉しい悲鳴を上げていた。
「ETOILE」を、仕事として受け入れられる日が一日も早くきてほしい。
100%納得し、ここが自分の居るべき場所だと胸を張って言えるその日が来なければ、葉璃の気持ちは揺れたままになってしまう。
この不確かな迷いはいけない事だと分かっているから、聖南には「がんばる」と言い張ってきた。
葉璃がこの世界へやって来て、一番喜んでくれているのは聖南であるような気がするからだ。
「う、やばい……トイレ行こ」
恭也は別室にてヘアメイクの最終チェックを受けていて不在で、葉璃ももうじき恭也と入れ替わる手筈だ。
緊張し過ぎて喉が渇き、先程からひっきりなしに水を飲んでいたせいか、もよおしてきた。
恭也が戻るまでの数分、少しだけならと思いトイレへと向かう。
道中、行き交う大勢のスタッフ達が口々に「頑張ってね!」と激励してくれて、歩む度にそれは確実に勇気となって葉璃の全身を奮い立たせてくれた。
用を足し、手を洗った洗面台の前で、衣装の上からソッと胸元に手を当てて独りごちる。
「聖南さん、俺がんばる。 ちゃんと、俺自身の目的も見付けないとね」
瞳を瞑り、素肌に感じるペンダントトップを衣装の上からキュッと握った。
聖南がくれたネックレスは、近頃どんな場所に行くにもいつも身に付けている。
恋人がネックレスを送る意味を調べて赤面し、約束通り、照れながら聖南に電話を掛けた先週の出来事がもはや懐かしい。
毎日が幸せだ。 とても。
絶対に無理だ、やれるはずがない、そう思っていた過去の葉璃が、今の葉璃を見ると大層驚くに違いない。
こうして思ってもみなかった表舞台に立つ事が出来るのも、聖南のおかげ。
毎日が輝き始めたのも、聖南のおかげ。
無だった日々を鮮やかなものに書き換えてくれたのも、全部、全部、聖南だ。
「がんばるよ……だってもう、昔の俺じゃないもん」
鏡に映る自分の姿は、キラキラだった。
聖南達にも決して見劣りしないほど、輝いている。
緊張して震えている場合ではない。
やらなければならないのだ。
「…………よしっ」
数十秒、静かに自分を見詰め続けた葉璃は、もう一度手汗を洗い流そうと洗面台に視線を落とした。
葉璃と恭也の出番は開演から約一時間後で、二曲続けて踊った後にフリートークとなり、その際に聖南によってETOILEが紹介されるという流れだ。
恭也と最終チェックの入れ替わりで自分が不在だとスタッフに迷惑が掛かるので、早く戻らないとと気持ちが急く。
───その時だった。
三つあるうちの個室の一つの扉が開き、足早にこちらへ歩いてくる足音がする。
誰かが入っていたなど気付きもせず、ペラペラと独り言を言ってしまって恥ずかしい……と苦笑した葉璃が顔を上げた瞬間───。
葉璃のとても近いところで、バチバチッという嫌な音が三回ほど響いた。
「…………っ!?」
音が鳴るごとに葉璃は体の力を奪われていき、膝から崩れ落ちる。
訳も分からぬうちに膝立ちになり、やや痛みの走る右の脇腹付近を見ると、個室から出てきた男から何かをあてがわれていた。
───バチバチッ。
四度目の衝撃が葉璃の体に走る。
右脇腹の同じところばかりをやられ、衣装を貫通して皮膚が燃えているかと思った。
焦げたようなにおいと、気絶するほどでもない痛みが不快だ。
「……な、なに、……? だれっ……?」
何が起きているのか、何をされているのか、その場に倒れ込んだ葉璃にはさっぱり分からない。
ただただ焦り、混乱していた。
相手を見上げようとすると、葉璃に意識があると知った男は細い首目掛けて手刀を繰り出す。
全身から力が抜けて倒れ込んでいる葉璃の首の側面を狙ったそれにより、
「…………うっ………」
葉璃は直後、一瞬で気絶してしまった。
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