必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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63・ETOILE初舞台当日

〜葉璃の大志〜




 勇んだそのままの勢いで外に出てみると、警官が何人も駆け上がってきた。

 その途端、また怒りに任せて分かったような事を色々と言ってしまった、と葉璃の頭が一気に冷えた。

 すれ違う警官達に「大丈夫か!  怪我は!?」と心配気に何度も聞かれたが、葉璃は歩みを止めず、視線も合わせられないので呼び掛けにはまともに応じない。


「……大丈夫ですから。 何もされてません」
「でも君、怪我を……」
「これは自分で転んで擦ったんです」


 衣装に明らかな焼け焦げの痕跡を残しているので、そう言い張られても納得出来ない警官に足止めを食らう。

 二階の踊り場で出くわした警官が一番しつこく、聖南と佐々木が降りて来てからも葉璃はその警官から「手当てするから」と腕を取られていた。


「本人が大丈夫って言ってっから離してやって。 とりあえず上の奴らどうにかしてよ」


 聖南はそう言って警官の手から葉璃を奪うと、背中を見せてしゃがんだ。


「………………?」
「ほら、おんぶ。 今抱っこしたら脇腹痛てぇだろ」
「え、いや、いいです! 歩けます!」
「いいから。 さっきは俺が譲歩したんだから、今度は葉璃の番」
「…………ムー……」


 そう言われると何も反論出来ず、唇を尖らせた葉璃は渋々と聖南の肩に手を置いた。

 スマホを手にした佐々木が聖南達を置いて先に階段を降りて行ったので、急がねばならないのもあり逞しい背中へと素直に体を預ける事にする。

 今すれ違っただけでも五人の警官が階段を駆け上がっていて、三階のあの部屋からと思しき騒々しい物音が聞こえてきた。


「……俺……何もされてないって言ったんだけどな……。 あの人達、逮捕されちゃうんですか?」
「…………葉璃は優し過ぎる」
「……いやいや、ほんとに、あの人達を許したからあぁ言ったわけじゃないですよっ? 聖南さんが連れて行かれたら困るから……!」
「それでも、結果的にそういう事になってるだろ。 ……俺のためだとしても……な」


 ビルの外までやって来ると、パトカーが回転灯を回した状態で四台も路上駐車してあり、物々しい雰囲気だ。

 ここにも複数の警官が、見張りのようにビル周辺を取り囲んでいる。

 葉璃は、ほぼ気絶した状態でここへ連れ去られてきた。 そして目が覚めてみると聖南も佐々木もいたおかげで、恐怖の実感がそれほどない。

 しかしこの状況から察するに、これは相当に大きな事件として扱われるのではと密かに危ぶむ。

 バチバチっと何度も妙な物を押し当てられた記憶があり、ソッと右脇腹付近を触ると痛かったが、言ってしまえば被害はこれだけである。

 あまり大袈裟にするほどの事でもないと思ったけれど、それは葉璃だけの主観だ。

 葉璃が脇腹に触れた気配に気付いた聖南が、戻ってきた佐々木の車を見詰めた。


「痛かったろ、葉璃。 怖かったよな、……ごめんな……」
「……俺なら大丈夫です。 スマホ見たらそんなに時間経ってなかったからそっちにビックリしました。 ……助けに来てくれてありがとう、聖南さん……。 さっきはあんな事言っちゃったけど、俺……聖南さんの声で目が覚めたんですよ。 ……聖南さん、キレてたけど……」


 聖南がプレゼントして一週間も経たずに役立ったGPSの存在を、葉璃は知らない。

 かなり早期に見付けてくれたおかげで、無傷とはいかないが恐怖心もほとんどない状態で聖南の背中に捕まっていられている。

 深刻そうに聖南が謝ってきたけれど、こんな事になってごめんなさいと、葉璃の方が謝罪したかった。


「どうぞ、乗ってください」
「サンキュ。 あれ、もう総長封印してんの」


 ビル前に車を横付けしてくれた佐々木の言葉に甘えて、聖南と葉璃は後部座席に乗り込んだ。

 身なりを整え、口調まで元に戻っている佐々木を見て聖南が笑う。


「葉璃の前では見せられませんから」
「え……佐々木さん、俺もう見たよ……。  眼球刺すぞって言ってた……」
「葉璃、頼むからそれは忘れて。  迂闊だったな。  あれはたまたま、ポケットにアイスピックが入ってただけだよ。  おかしいよな」
「嘘だ……」
「やっぱやべぇ奴じゃん。  眼鏡って下の名前なんつーの?」
「は?  …………樹、ですけど」
「樹な。  まず病院行ってくれ」
「なんで病院なんですか?  俺早く会場に戻りた……」
「その火傷の手当てが先だろ!  早くしねぇと痕残んぞ!」
「……葉璃、セナさんの言う通りだよ。  火傷の傷を甘く見ちゃいけない」


 走り始めた車は、てっきり会場へ向かっているのかと思った。

 現在の時刻は二十時三十分。

 葉璃の気持ちとしては、自分のせいでCROWNのライブが、ツアーが目茶苦茶になってしまっているとの自責の念から、一秒でも早く戻りたいと強く望んでいる。

 現在CROWNのライブ会場はどうなっているのか、聖南が居ない状況をどう繕っているのか、それが気になって仕方がない。

 とにかく会場に戻る事が何よりの優先事項だと、ピタリと寄り添ってくる聖南の顔を見上げた。


「聖南さん、お願い。  会場に戻らせて。  俺のために言ってくれてるって分かってるよ。  でも俺は戻りたい!  今日ステージに立たないと、何もかもが崩れてしまう気がするんです!」
「……でもな、葉璃……」
「お願いします、聖南さん!  俺、またたくさんの人達に迷惑掛けてるでしょ……?  このまま迷惑かけっぱなしだなんて、俺は出来ないです。  見た目ほど痛くないし、火傷の薬塗っておけば数時間は凌げると思います!  ね、お願い、聖南さん……」


 ある思いから、葉璃は右脇腹の火傷の傷をそんなに重く受け止めていなかった。

 病院など、ライブが終われば救急に駆け込めばいい話で、今行われているライブそのものの時間は二度と戻ってはこない。

 設営や運営スタッフも、会場に足を運んでくれたファンも、この日を楽しみに毎日を過ごしていたかもしれないのだ。

 新人であるETOILEの初舞台の告知は公には行われていなかったが、CROWNのファンの間では噂が広まり、少なからず期待を持って待っていてくれている。

 その話を林に聞いてからの葉璃の緊張はさらに上乗せされたのだから、その期待に応えないわけにはいかない。

 CROWNのライブもETOILEの初舞台も、どちらもやり遂げなければ、葉璃の存在意義が無くなってしまう。


「……はぁ……。  俺がその上目遣いには勝てないって分かっててやってねぇ?  ちょっと電話するわ」


 葉璃の思いは、必殺上目遣いと真摯な眼差しで伝わったようだ。

 スマホを取り出した聖南が、葉璃の頭を自身の体に寄りかからせて優しく髪を梳く。


「……あ、成田さん?  セナだけど。  佐々木マネから連絡あったろ?  ……あぁ、そうだ。  ETOILEの衣装ってもう一着予備あったよな?  ……あぁ、今から十五分後に戻っから、スタイリストとヘアメイク待機させといて。  CROWNの衣装も三着目の出して、アキラとケイタに着替えてもらって、……よろしく。  ……これで良し」



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