必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 新たに影武者任務が増えた事で、まだ夢でも見てるのかも、みたいな妙な感覚のまま帰宅すると春香が玄関で出迎えてくれた。

 生放送出演後だからなのか浮足立ったふわふわ感がずっとあったのに、その春香の表情を見た瞬間、いろんなものが一気に冷める。


「私あんなにシャキシャキ動かないんだけど! 次の収録はもっとしなやかにお願いね!」
「……っ!」


 同時に、ダメ出しなのか文句なのか分からない言葉を強く投げ付けられて、さすがにキレそうになった。

 誰のせいで俺がこんな、あり得ない大仕事をやる羽目になったっていうの。

 労いの一言でもくれるのかと思ったんだけど、そんなのは都合のいい妄想だったみたいだ。

 それにどんなにムカついたとしても、春香の左手のギプスと落ち着きのない視線に気付いてしまうと、不思議と怒りも治まった。

 楽しみにしていた番組に出演出来なくてフラストレーションが溜まってる事は明白で、それを俺にぶつけてるんだと分かってまで、同じテンションで言い返すほど俺も非情じゃない。

 言い返せば言い返すだけ喧嘩みたいになっちゃって、疲労感が増すのも分かってたし。

 大人な俺は、適当に返事してそそくさと自室にこもる事にした。

 だってもう、今日は疲れ果てたから。


「はぁ……」


 芸能人って大変なんだな。

 こんなに緊張する事を毎日のようにやってるなんて、俺じゃ絶対に心が壊れてしまう。

 部屋着に着替えて、シャワー浴びなきゃとは思いつつもベッドにダイブすると、自然とまぶたが重たくなる。

 俺はそのまま、何を考える間もなく真っ暗な世界へと沈んでしまっていた。



… … …



 嫌だ嫌だと思っていても、収録日は確実にやって来る。

 ただ前回と違うのは、今の俺にはありがたい練習期間が一週間もあった事だ。

 練習しているうちに、あの日は相当追い込まれてたんだなって実感して、あの時の俺がめちゃくちゃ可哀想に思えてならなかった。

 そしてあんな、たった数時間練習しただけの完成度の低い俺のダンスを全国に流されたのかと思うと、恥ずかしくてたまらなくなる。

 趣味とはいえ、ダンスは好きだ。

 好きだからこそ春香の代わりがやれるというのも多分にあったけど、やるからにはちゃんと踊らなきゃっていう思いも実はかなり強かった。


「葉璃、この後行くんでしょ? この調子でね」
「分かった。しなやかに、でしょ?」


 収録当日、春香は俺の振り付けを熱心に見てくれた。

 あの生放送後、帰宅した直後に俺に言い放った台詞は春香の中でも後悔があったのか、謝りはしないけど翌日から人が変わったようにしおらしかった。


「今日は私も付いて行っちゃおうかなぁ。佐々木さん、ダメですか?」


 まもなくテレビ局へ送迎するために来ていた佐々木さんへ、春香はダメ元でお願いしてみている。

 スポーツドリンクを飲みながら、俺は横目でその様子を見ていた。


「うーーん。変装して、そのギプスも見えなくするならいいよ。でも移動は別な」
「やった!! ありがとうございます! ……あ、ねぇ葉璃! 私も一緒に行けるって!」
「良かったね」
「うん! どうしよう、私が出演できるわけじゃないのに緊張してきたぁ」


 みんなでスタジオを感じられる事がよほど嬉しいらしく、はしゃいだ春香はすぐさま変装に取り掛かるためにロッカールームへと消えた。

 そんな可愛い一面もあるという事を、いつも強気過ぎる春香しか見なくなってたから新鮮で、喜びの感情も手に取るように伝わるせいか俺まで嬉しくなってくる。

 春香が消えたロッカールームを見ていたら、急に背後から佐々木さんに肩を叩かれて上半身がピクッと動いた。


「ごめんごめん、そんな驚くとは。葉璃、今日も頼むな」
「はい。今回は練習期間もバッチリあったし、前回よりもきちんとやりこなします」
「頼もしいな。そうだ、前回も一緒だったCROWNが同じ番組収録で、今日も顔を合わせるかもしれない。あの日、成田さんの様子が変だったから気を付けて」
「え……」


 CROWNって、あのモテモテなチャラ男が居るグループだっけ。

 また一緒なのかぁ、と何となく溜め息を吐くと同時に、帰り際のCROWNのマネージャーの挙動不信な態度が蘇る。

 車内から見ても何だか鬼気迫る会話をしていた(ように見えた)チャラ男と成田さんは、あれからどうしたんだろう。

 まぁでも、俺は収録以外は控え室から一歩も出ないと決めてるし、生放送とは違うから収録日が同じでも時間まで被ってるとは限らない。


「顔を合わせる事はない……ですよね?」
「恐らくな。ただ、ああいうの業界でたまに居るんだよ、マネージャーに意中の子を探らせるタレントが。この間のがそれだったかって言ったら分かんねぇけど、うちは女の子のグループだから、タイプの子を口説こうと近付かれてもおかしくはないかな」
「なるほど……」
「葉璃は自分のことだけを考えていたらいいさ」


 佐々木さんはいつもの落ち着いた口調で、頭をヨシヨシと撫でてくれた。

 俺がどれだけ平常心を装っていても、緊張からくる手汗と指先の震えは抑えきれなくて、佐々木さんと話してる最中もずっと手の平を擦り合わせていた。

 そんな誤魔化しは、佐々木さんにはバレバレだったらしいけど。

 今日は春香も一緒だから、精神的な面ではかなり心強い味方がいる。

 春香に恥をかかせないように、俺はとにかく今日を頑張るしかない。

 この前とは違うテレビ局に到着し、メンバーみんなと緊張しながら控え室に入ると、衣装さんとメイクさんは先にスタンバイしてくれていて、なぜか前回よりもさらに気合いが入っていた。


「葉璃くん、今日もよろしくね」
「腕が鳴るわぁ」
「……面倒かけます。よろしくお願いします」


 男を女に見せなきゃならない二人のプレッシャーは計り知れないのに、それを一切感じさせない、高いプロ意識を感じる。

 前回も完璧だったから、今回も安心して身を任せられる。

 まずは他のメンバーのメイクなどを先に済ませるようで、その間、俺はセルフスキンケアを命じられた。

 教わった通りに洗顔して、化粧水、乳液、美容液を慣れないながらも鏡を見ながら丁寧にやり終えると、少しずつ葉璃から春香へスイッチを切り替えていく。

 前回同様のメイクと衣装、そして一番厄介な胸を装着すると、それまで遠巻きに見ていた変装済の春香が「ふーん」と面白くなさそうに俺を見ているのに気付いた。


「なに? 何か言いたそう」
「ううん。私より綺麗になっちゃダメじゃんって思っただけー」
「はぁ? これは完全に春香に寄せて作ってるんだよ? それ、自分を褒めてるようなもんだよ」


 そうかなぁ? と首を傾げながら控え室を出て行った背中に、色んな感情が垣間見えてしまう。

 きっとジレンマは継続中で、それなのにここに付いてきちゃったもんだからそれが余計に膨らんでるのかもしれない。

 可哀想だけど、俺だって出来ればこんな事やりたくない。

 芸能界という未知なる世界に突然足を突っ込まされた俺の気持ちも、ほんの少しでいいから分かってほしい……なんて、わがままなのかなぁ。



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