必然ラヴァーズ

須藤慎弥

文字の大きさ
26 / 541
7♡

7♡4

しおりを挟む



 それからどのくらいの時間が経ったのか分からない。

 流れてくるクラシックの音楽にやられて、俺は車内で寝てしまって、家に到着した頃には夜になっていた。

 春香に会うのはさすがに気まずいから、と少しだけ離れた場所でセナは俺を降ろすと、じゃーなってまた頭を撫でてから走り去って行った。

 寝ぼけた俺を叱るどころか、ものすごく優しい顔だった。


「── 葉璃、おかえり」


 玄関を開けると、いつになくローテンションの春香が出迎えてくれて、ようやくそこで目が覚める。


「た、ただいま……」
「大丈夫だった? セナさんに怒られたの?」
「え?」
「一時間前に葉璃を送るからって連絡もらって。佐々木さんから、セナさんに拉致られたのも聞いてたし、心配したよ……」


 ごめんね、私のせいで……と、春香は体を小さくして肩を落としてしまった。

 俺がこてんぱんにセナから説教をされたと思ってるみたいだから、そこは否定しておかなきゃいけない。

 自室への階段を上がりながら、後ろから付いて来る春香へ大丈夫だよと切り出す。


「怒られたりしてないから。ほんとに。なんで俺達が入れ替わる事になったのか興味あったみたいで、そんな事話してただけ」


 持っていた荷物を机の上に置いて振り返ると、春香はまだしゅんとしていて、俺はらしくもない笑顔を見せた。


「本当に? それなら良かった……。私も、セナさんから連絡きて、事情聞いたよ。セナさん自身も混乱してるから、告白した事と付き合う話は忘れてほしいって謝られちゃった」
「そ、そうなんだ……」


 春香にきっぱりと忘れてほしいって言ったんだったら、もう俺のことも忘れていいんじゃないの?

 あ……それとも、まだ混乱中だから、俺で気持ちを確かめようとしたのかも。

 それだったら納得がいく。

 女装していた俺が男の姿でもセナはキスが出来たんだから、春香が復帰して同じ格好をしていても普通通り受け入れられるかは、もう心配いらないじゃん。

 今頃気付いた。

 試されてたんだろうな、俺。


「あ、でも春香。セナさんまだ迷ってる感じだったから、完全に忘れなくてもいいかも」
「えっ……? そうなの?」
「……期待しないで待ってたらいいと思う。俺も、その……無責任なことは言えないけど……」


 俺が無闇に希望を持たせる事を言っちゃうと、もしもの時にまた春香を悲しませてしまう。

 疑うなってセナは言ってたけど、俺がセナとなんて考えられないから……ていうか、信じられない。

 疑うも何も無いよ。


「そうね。でももう待つのは嫌だから、考えないようにしとくね。じゃあ葉璃、お疲れさま。ゆっくり休んで」
「うん……ありがと」


 春香も色々とこたえたのか、なんでバレたのよ!というお叱りが降ってくるかと思ったら真逆だった。

 扉の閉め方まで大人しくて、疲労困憊な俺にはちょうどいいテンションで助かったけど。


「はぁ……」


 誰も居なくなった部屋で立ち竦んだ俺は、無意識に唇へと指を走らせる。

 衝撃的な出来事は、そっと俺の胸に秘めておこう。

 初めてのキスがまさか男で、しかも芸能人で、アイドル様だなんて、誰にも言えるはずがなかった。

 見た目は誰が見てもチャラいのに、すごく会話上手なセナ。

 俺の不出来なダンスをうまいと褒めてくれて、暗い自分に光が差すようにつまんない話を面白くしてくれたセナ。

 友達は居ない事もないけど、居なくても支障がないとどこか冷めた気持ちで生きてきた俺を、それがお前の個性だと認めてくれたセナ……。

 大人として、一人の人間として、あんな風に物事をプラスに捉えてくれたセナを、俺は今日一日で心から尊敬している。

 だからって、セナとどうこうなるなんて考えられない。

 最後のキスは試された感あって嫌だったけど。

 生温かくて柔らかい唇の感触は、心地良ささえ感じたけど。

 笑うとえくぼが表れて、唇からは八重歯まで覗かせる優しくて可愛い印象なのに、顔のパーツが整い過ぎてるせいで真顔になると怒られている気分になるんだよね。

 おまけに背も高いし、あの笑顔で見下ろされると女性なら誰でもコロッといっちゃうんじゃないかな。

 実際、ファーストキスな俺でさえうっとりしてしまうほどの絶妙な力の抜き加減で、手慣れてると瞬時に分かってしまったほどだ。


「ま、もう会わない人だし……オオカミに噛まれたと思って忘れよ」


 唇を触りまくって悶々としてしまったけど、春香の事が浮かんですぐに気持ちを切り替えた。

 明日は日曜だから一日中寝てやるんだ。

 そして明後日からはまたいつもの日常に戻る。

 宿題は明日する事に決めて、俺はお腹の虫を治めるためにご飯を求めて階段を降りた。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ユキ・シオン

那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。 成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。 出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。 次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。 青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。 そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり…… ※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)

【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!

ばつ森⚡️8/22新刊
BL
天涯孤独のソーマ・オルディスは自分にしか見えない【オカシナモノ】に怯える毎日を送っていた。 ある日、シェラント女帝国警察・特殊警務課(通称サーカス)で働く、華やかな青年、ネル・ハミルトンに声をかけられ、【オカシナモノ】が、吸血鬼に噛まれた人間の慣れ果て【悪霊(ベスィ)】であると教えられる。 意地悪なことばかり言ってくるネルのことを嫌いながらも、ネルの体液が、その能力で、自分の原因不明の頭痛を癒せることを知り、行動を共にするうちに、ネルの優しさに気づいたソーマの気持ちは変化してきて…? 吸血鬼とは?ネルの能力の謎、それらが次第に明らかになっていく中、国を巻き込んだ、永きに渡るネルとソーマの因縁の関係が浮かび上がる。二人の運命の恋の結末はいかに?! 【チャラ(見た目)警務官攻×ツンデレ受】 ケンカップル★バディ ※かっこいいネルとかわいいソーマのイラストは、マグさん(https://twitter.com/honnokansoaka)に頂きました! ※いつもと毛色が違うので、どうかな…と思うのですが、試させて下さい。よろしくお願いします!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

お弁当屋さんの僕と強面のあなた

寺蔵
BL
社会人×18歳。 「汚い子」そう言われ続け、育ってきた水無瀬葉月。 高校を卒業してようやく両親から離れ、 お弁当屋さんで仕事をしながら生活を始める。 そのお店に毎朝お弁当を買いに来る強面の男、陸王遼平と徐々に仲良くなって――。 プリンも食べたこと無い、ドリンクバーにも行った事のない葉月が遼平にひたすら甘やかされる話です(*´∀`*) 地味な子が綺麗にしてもらったり幸せになったりします。

アルファな彼とオメガな僕。

スメラギ
BL
  ヒエラルキー最上位である特別なアルファの運命であるオメガとそのアルファのお話。  

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

処理中です...