必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 夕方、聖南は葉璃が席を外している隙に、昔馴染みのタクシー運転手を病院下へ呼んで葉璃を自宅へと帰した。

 後ろ髪引かれたように残りたそうだった葉璃と、聖南も同じ気持ちだったけれど、優先させるべき学校を我が身のせいで早退させてしまった事を鑑みた。

 支払いはいつものように聖南宛てに事務所へ請求書を送れと言ってあるので、ここから葉璃の自宅までノンストップで行けるはずだ。

 帰り着いたら葉璃から連絡が入るはずなのでそれを待つ間、担当医と話し、様々に電話を掛けまくり、通話による謝罪行脚をこなした。

 聖南が目覚めた事で一気に退院への目処が立ち、諸々の検査をして何事も無ければ明後日には退院できる事にはなったのだが……。


「あーあ。しばらく仕事出来ねぇなー」


 電話で成田に目覚めた事を伝えると、半泣きで「良かったー!」と喜んでくれて嬉しかったものの、傷が癒合するまで一ヶ月以上はかかると言われているらしく、メディアの仕事はすべてキャンセルせざるを得なくなってしまったと聞いた。

 トイレに立つだけでまだ小さな痛みが走る状態では、踊る事も歌う事も出来ないので当然だ。

 恐る恐るガーゼを少しだけ剥して傷口を見てみると、生々しい手術跡がそこにはあり、自らのものにも拘わらず薄ら寒くなる。


「うーわ。痛そ……」


 形成外科医の縫合のため、今は当然このような状態だが、抜糸して数カ月経てばある程度は綺麗になると言われたけれど、本当なのかと疑ってしまうほど仰々しい傷跡だ。

 事務所や、出演が決まっていた各テレビ局、メンバーであるアキラとケイタ、大好きな葉璃、それぞれに多大なる迷惑を掛けた事を今更ながらに痛感し始めて、聖南は悔しさの余り奥歯をギリッと噛み締めた。

 回復次第ではあるが雑誌関係とラジオの仕事は来週半ばから少しずつ再開できるかもとの事で、今はそれだけが救いだ。

 目覚めて数時間、ただ申し訳ないと思うばかりで仕事の事を何もせず、考えてもいない。

 こんな状況はCROWNとして走り始めた聖南にとっては初めての経験で、茫然自失の状態だった。


「お、葉璃だ」


 帰り着いたとのメッセージが届き、聖南の落ち込んだ気持ちを浮上させてくれる葉璃の声をまた聞きたくて、そのまま発信ボタンを押した。

 今や聖南にとって、葉璃だけが心の拠り所だった。





… … …



 迎えた退院の日。

 よく晴れた日曜日の午前中に、マネージャーの成田と事務所の社長が退院手続きを済ませてくれ、家まで送るという申し出を聖南は丁重に断った。


「いいか、帰ったらこの薬だ何だの説明プリントをよく読むんだぞ」
「分かってるって。ちゃんとやるから」
「誰か来るのか?」
「そうそう、だから引き上げていいよ」
「まさか女じゃないだろうな?」


 とっくに成田は帰って行ったというのに、幼い頃からよく知る大塚社長は今まで残っていて、聖南のために買ってきたキャリーバッグに手を掛けている。

 聖南がしきりに社長を追い返そうとする理由が、まさか入院する羽目になった要因である「女」ではないかと案ずる彼の目は訝しげだ。

 だが入院中一度も顔を出さなかった実父より、よほど父親らしかった。


「女じゃねぇよ。あ、裏口から出ていいんだっけ?」
「あぁ、表はマスコミが凄いからな。裏も当然張られてるとは思うが、うちのスタッフを何人か寄越してあるから心配するな」
「そっか。ありがと」


 大塚社長はタクシーを四台呼んでいて、並んでやって来る三台目に乗れとも言われ、ダミーまで呼ぶとはさすがだと聖南は感心した。

 まだ何か言い足りなさそうな社長に別れを告げ、しばらくしてから聖南はキャリーバッグを引きながらデイルームで一旦止まり、スマホを取り出した。


「あ、葉璃か? 今どこ?」
『言われた通り、病院の裏口に居ます。聖南さん手続き終わりました?』
「終わったよん。そこタクシー四台きてる?」
『あ、きてますね! こんなに誰か乗るんですかね?』
「それ前二台と後ろ一台はダミーなんだよ。三台目に葉璃乗っててくれ。こないだの運ちゃんだから葉璃の事覚えてると思う。 何か聞かれたら大塚のレッスン生だって言っていいからな」
『ダミーなんですか! すごい……。何か聞かれたらレッスン生、ですね。 分かりました。三台目に乗ってます』
「おぅ。俺もすぐ行くわ」


 名残惜しそうに「お大事に」と声を掛けてくれた看護師達に手を振り、濃いサングラスを掛けた聖南は帽子を深く被ってエレベーターへ乗り込んだ。



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