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しおりを挟むまだあの女性達の話が尾を引いてる俺は、何となく聖南との連絡を避けたくてスマホの電源を落としてポケットにしまった。
もしかしたら今この瞬間にも、アキラさんが俺と佐々木さんに会った事を伝えてるかもしれないし、そうなると現状を説明するのは物凄くややこしいってのもある。
けど、俺は逃げたに過ぎない。
『あんなにすぐ抱いてくれるなんて思わなかったよぉ』
女性特有の、高くて上機嫌で甘い声が耳にこびり付いていて、まったく離れてくれなかった。
あんなに綺麗な人達と関係を持ってきたのに、聖南はどうしてとてつもない方向転換して男の俺を好きになったのか、到底理解出来ない。
聖南の気持ちに嘘なんてないはずだと思ってるけど、俺はやっぱり「聖南」という、高みにいる人間に愛されてはいけない気がする。
そうだよ……俺も、愛しちゃいけない。
おこがましくも、俺なんかが好きになっていい相手じゃなかったんだよ、最初から。
分かってたつもりなのに、どうしてこんなに気持ちが前のめりになってから気付くんだろう。
余計にツラくなるだけじゃん……。
「葉璃? 大丈夫? 口に合わなかった?」
「あっ、いえ! すごく……美味しいです」
そうだ。今は目の前の事に集中しよう。
嫌な事が頭の中を支配してて味はほとんど分からなかったけど、せっかく佐々木さんが俺なんかのために個室を予約して、ご馳走してくれてるんだから。
「本当に? 良かった」
眼鏡の奥が優しく微笑んでくれて、それを見ると少し緊張も和らいだ。
目の前に広がる和食のフルコースを黙々と平らげてると、佐々木さんが一旦箸を置いて俺をジッと見詰めてきた。
そして、俺にとっては朗報と言っていい台詞を紡ぐ。
「葉璃にしてたあの話、もう気にしなくていいよ」
「……えっ? あの話ってあの話? それは……嬉しいですけど。どうしたんですか、急に」
近頃は会うと毎回俺のデビューの話をされてたから、もう断るしんどさを味わわなくていいと思うと単純に嬉しい。
「まだ会社側は諦めてないと思うけど、俺がもうストップかけるから安心して。春香のフリしてくれた時、葉璃物凄いプレッシャーだったろ? 緊張し過ぎて心ここにあらずって感じでさ。可哀想な事したなってずっと俺なりに気にしてたんだ」
「……佐々木さん……」
「葉璃に表舞台は荷が重過ぎるよな。芸能界を目指してるのならともかく、嫌だって断り続ける葉璃の気持ちを考えたら、俺にはもう無理強いなんか出来ない」
そうそう、まさにそうなんです!
春香の影武者してみて改めて分かったんだ。
俺なんかのどこを買ってくれてデビューさせようとしてくれたのかは知らないけど、俺には絶対に向いてないと断言できる。
緊張を緩和してくれると聞いてた、手のひらに人の文字……こんなに効果がないもんかってあの時ちょっとイラッとしたくらいだ。
無茶な事を頼んでくるなぁって、春香はもちろん佐々木さんにも、俺のこと全然分かってない!って怒ってしまいそうだったけど、佐々木さんはちゃんと見ていてくれたみたいだ。
冷や汗が背中を伝うあの嫌な緊張感、大勢の人に見られながらのパフォーマンス。
きちんとそれを夢として描いてる人なら乗り越えられる壁かもしれない。
けど俺にはそんな大それた夢も無ければ意気地もないんだから、金輪際ごめんな環境と職場だった。
「そうです、俺にはあんな世界は眩し過ぎます。だから……ほんとに良かったです。佐々木さんが分かってくれて」
「眩し過ぎるよね。俺も同感。それに、葉璃の事をたくさんの人の目に晒したくないしね……出来ることなら俺の手で育てたかったんだけど」
「………………?」
茶碗蒸しの最後の一口を食べ切り、ふぅ、とお腹が満たされて椅子の背凭れに背を預けたところで、目の前の佐々木さんが的外れな事を言っている。
意味が分からなくて首を傾げて佐々木さんを見ると、彼は眼鏡をクイッと中指で押し上げて一息ついた。
「葉璃を誰にも渡したくないなぁ」
「……ん?」
伏し目がちにそう言う目の前の佐々木さんは、ご飯にあまり手を付けてなかった。
二人用にしては広過ぎるテーブルの上には、半分ほど残った料理達が寂しげに皿に残っている。
佐々木さんの瞳が俺を射抜いた瞬間、この手の事に疎い俺でさえも、雲行きが怪しくなってきたのを察知した。
「佐々木さん? それ、アルコール入ってました?」
俺は咄嗟に、佐々木さんが飲んでいたノンアルコールビールを指差して下手くそに笑った。
俺にも初めてのノンアルコールカクテルを頼んでくれて、それがまるでジュースみたいでやけに美味しくておかわりしたくらいだ。
運転のために佐々木さんはノンアルコールビールにしてたのは知ってたけど、実は普通のビールだったんじゃ……と指摘するも、あっさり否定された。
「いいや、ノンアルだよ。俺はずっと前から葉璃の事が好きだった。ちゃんと態度にも出してたつもりなんだけど。気付かなかった?」
「──へっ??」
「俺ね、男しか好きになれないんだよね。葉璃がもうドストライクなんだ。でも葉璃はまだすごくおこちゃまだろ? 時間を掛けてじっくり押そうと思ってたのに、突然掻っ攫われるんだもんなぁ」
「…………」
── 何だろう、……この状況。
佐々木さんって男しか好きにならない人だったんだ、っていう新事実と共にどうやら今俺は……告白されたらしい。
意味を理解しようと、呆然と佐々木さんの眼鏡の奥を見詰めた。
頭の中で、春香の『モテ期到来だね』って声がエコー付きで聞こえて、俺は開いた口が塞がらなかった。
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