僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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2.出会った二人は

・・・10

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 俺はあっという間にお弁当を平らげた。

 寂しい独り暮らし生活のため、実家を離れてからは手軽なコンビニにはかなり世話になっている。けれどこんなに黙々と食べ進めたのは初めてだ。

 理由は分からないが、普段より何倍も美味しいと思えた。


「ふぅ、ごちそうさまでした。ちなみに冬季くんは何か食べましたか?」
「え……」


 満ち足りた気持ちで問うと、食事中の俺をジッと観察していた冬季くんがあからさまに狼狽した。

 まさか……。

 弾んだ心が、徐々に冷静さを取り戻してゆく。


「もしかして本当に駄菓子を……?」
「ううん……それだけじゃない……」
「あぁ、良かった。ちゃんとお弁当買ったんですね?」


 駄菓子は主食になり得ない。俺の感覚は世間的に言うと少し違うのかもしれないけれど、安達さんもそれはおやつだと言っていたから認識は正しかった。

 冬季くんの発言は遠慮からくる冗談だったのかと、胸を撫で下ろして席を立つ。

 だが冬季くんは、キッチンで弁当ガラを分別しようとした俺にまたもや信じ難いことを言った。


「いや違くて……」
「…………?」
「お腹空いてて……駄菓子と、梅のおにぎりも買っちゃった……」
「…………」


 〝梅のおにぎりも買っちゃった〟……?

 可燃ごみの袋に割り箸を放った格好のまま、俺は固まる。

 なんだ、どういう意味だ。

 食べきれないのに余計なものをたくさん買っちゃったよ~と言うのなら、まだ話は分かる。ただ俺はそんなことで怒ったり、不愉快になったりはしない。

 「駄菓子と梅おにぎりを買った」……それをなぜ苦々しく肩を落として言うのか、たとえ遠慮だとしても俺にはさっぱり理解出来なかった。


「どうしてそんなにしょんぼりするんですか。好きなものを買っていいと言いましたよね?」


 濡れた髪を放置している冬季くんに、ひとまずドライヤーの場所を教えなくてはと咄嗟に別の思考が働く。

 洗面所からドライヤーを手にして戻ると、彼はまだ項垂れていた。


「……贅沢したから」
「おにぎりが贅沢、ですか?」
「うん……。ごめん、二百四十円も使っちゃった……」
「…………」


 そう言って透明のビニール袋を手渡された俺は、この子の闇深さをさらに知った気がした。

 嘘を吐いていないことを証明するためのレシートと、お釣りが入った袋はきっちり固結びされている。

 駄菓子を買うだけのつもりが、空腹に耐えかねておにぎりに手を伸ばしてしまった。それが冬季くんにとって〝贅沢〟だから、俺に申し訳無さを感じている。

 たかが二百四十円の買い物でそこまで思い詰めなくても良いと思うのだが、叱られることを前提にしたこの項垂れようが俺にはとても悲しく映った。

 呆然としている俺に、「必ず返すから」と言った冬季くんの姿は見るに耐えなかった。


「……冬季くん」
「うん?」


 俺は努めて優しく名前を呼んだ。フローリングの床を見つめていた冬季くんはようやく顔を上げ、恐る恐る俺が差し出したドライヤーを受け取った。

 冬季くんは、今までどんな生き方をしてきたのだろう。

 帰る家が無いというのは、両親と不仲で帰りづらいという理由からなのか、もしくは二人とも存命でないのか。

 ひどい言葉でとどめを刺したという交際相手はいったいどんな人物で、今どこで何をしているのか。

 出会ったばかりの俺が立ち入るべき闇ではないと分かっていても、この短時間で情が湧いてしまった冬季くんのことを、もはや見ず知らずの他人とは思えなくなっていた。

 診療中も冬季くんの素性が気になって仕方がなかった俺は、欄干に足を乗せたあの時よりも確かな考えのもと、口を開く。


「その分だと冬季くんは、今日の夜にはここを出て行こうと思っていますよね?」
「……当たり前じゃん。そう何日も迷惑かけらんないもん。夜まで少し寝かせてもらうけど、その後は……」


 勝手に出て行くことはしなかったけれど、やはり何日も泊まるつもりは無かったらしい。

 その辺の話を詰めずにいた俺が悪かった。

 お昼休みはあと三十分。移動を考えてもあと十分ほどしか時間は無い。


「俺は、今日だけなんて一言も言っていません。好きなだけ居てもらって結構です。俺はその……もう一つ寝る場所があるので気兼ねはいりません」
「りっくん、二つも家があるの?」
「まぁ、そんな感じのものがあります」
「ふーん……」


 出来るだけ怯えさせないように、不審がられないように、不要な遠慮を生まぬよう寝床を提供したい旨を伝えた。

 嘘は言っていない。

 院長室には昼寝に最適なソファがある。俺が横になるとほんの少し足がはみ出すけれど、寝られないことはない。

 何より心配なのは、冬季くんの食生活だ。

 見たところ学生ではなさそうだし、働いている雰囲気も無い。宿無し、一文無しというのが本当なら、社会を生きていく術を教えていくのも年長者の役割であると考えた。


「君がどういう生き方をしてきたのか、少しずつでいいので教えてほしいです。それが俺への対価になります」
「……なんで、……」
「これも何かの縁です。冬季くんが自立できるようになるまで、俺にサポートさせてください。これが俺にできる冬季くんへの恩返しだと思います」
「…………」


 反論をさせないよう言いくるめている自覚はあった。良心を盾に、勝手な言い分を押し付けていることも。

 銀髪の隙間から覗く冬季くんの瞳が、困惑に揺れている。それでも俺は引かなかった。

 冬季くん自身が俺に言ってくれたからだ。

 「死にたい気持ちが〝もう少しやってみるか~〟に変わってくれたら」と。


「……遠慮してしまいますか?」
「遠慮ならずっとしてるよ。それに、……人が良くて騙されやすいりっくんをどう騙してやろうかって、考えてる」
「冬季くんは俺を騙したりしませんよ」
「……分かんないじゃん、そんなの」
「分かります。騙そうとする人間が、俺にお弁当を買って帰ってきたりしません」
「取り入ってるのかもよ」
「失礼ですが、俺には冬季くんがそこまで要領のいい人間には見えないんですよ」


 本心を言うと、アーモンド型の瞳が細くなった。形のいい唇の両端が上向き、素敵な笑顔が出来上がる。


「ほんとに失礼じゃん」
「だからきちんと前置きしたでしょう」


 たしかに、と声を上げて笑う冬季くんに、俺は不思議なものを感じていた。出会ったばかりなのに、俺を惹き付ける何かを冬季くんは持っている。

 年の離れた友人……そんな風に思ってはいけないだろうか。

 三十路手前で何とも照れくさいが、学生の時のような初々しい気持ちが湧き上がっていた。






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