狂愛サイリューム

須藤慎弥

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50❤︎束の間の逢瀬

50❤︎

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─ 聖南 ─

❤︎ ❤︎ ❤︎



 プランBに変えざるを得なかった大きな要因は、レイチェルが他者から情報を得ている事を白状しなかった点である。

 こちらがその事実に勘付いているとは露ほども思っていないようなので、はなから期待はしていなかったが── 聖南が無理にでも彼女と対峙した理由は二つ。

 会話の流れでうっかりボロを出してくれる事を期待した。且つ、二人きりというシチュエーションで真実を打ち明けてくれるのではないかという、願いにも似たお人好しな思いがあったのだ。

 まさしくあの場が、レイチェルにとって最後のチャンスだった。

 だがその大事な場で、彼女は切り札を手放さず、それどころか聖南の懐に自ら飛び込んできた。

 葉璃に語った通り、これから聖南が実行しようとする手はお灸を据える意味でも少々容赦の無いプランになる。

 後々、姪っ子バカである社長が聖南を見限る可能性だってあるほどに。

 それでも、聖南に迷いは無かった。

 葉璃にも、そして好意を寄せているはずの聖南に対しても、最も有効な手段を使って脅しをかけているのだ。

 想いを断ち切らせるだけでは済まない。

 今後二度とこのような真似をしないよう、素人が業界人に喧嘩を売るとどうなるかをきっちりと〝勉強〟してもらわねば、聖南の気が収まらない。


「……そりゃあな、爆睡してた俺も悪いけど……」


 聖南は、溜め息混じりに足元に丸まった布団の塊へ話しかけた。その塊はそうなってから微動だにしていないが、くぐもった声で「すみません」と何度も謝罪の言葉を口にしている。

 このプランは、兎にも角にも葉璃の理解が必要だった。

 初っ端で誤解を生まぬよう会話を録って一部始終を聴かせたのも、 共犯となる葉璃に一連の流れを把握してもらうためであった。

 確かに聖南は、説明が足りなかった。

 約二週間ぶりに会えて浮かれてしまい、緊張感漂う〝名無しちゃん〟を前にみっともなく心の充電を優先させたのも大人げなかった。

 別々に入浴を済ませたのは、欲望のまま葉璃を抱いてしまう自信しか無かったので、そこは一応の節操を貫いたのだ。

 ピタリと密着し、気の重い会話の録音を聴かせている最中、隣から漂う癒やしのオーラに負けた聖南は何度となく欠伸をしていた。

 右耳に装着したイヤホンに集中していた葉璃は、序盤から瞳を閉じていたので聖南に襲い来る強烈な睡魔には気が付かなかったのだろう。

 忌々しい声にうんざりしつつ、一通りの録音を聴かせたあとに何やら物騒なことを口走った葉璃には、きちんと説明してやらねばと思った。

 そう、頭では思ってはいたのだが……。

 睡眠不足だった聖南には、葉璃の温かなオーラと心地良い声は覿面であった。

 頭が回らないどころか、喋ることすら億劫に感じるほどの眠気には耐えられなかった。

 葉璃がそばにいるだけで、安心する。ひどく落ち着く。

 「聖南さん」と呼ばれるたびに心が弾み、知らず笑みがこぼれた。

 それは、機械を通した通話では得られなかった高揚感だった。


「なぁ葉璃。俺別に怒ってるわけじゃねぇんだから、いい加減出てこいよ」
「……すみません……」


 元々がショートスリーパーである聖南だが、葉璃の隣で眠るといつも幸せな夢を見ているか、ただただ深く熟睡するかのどちらかなので、たとえ数十分だろうが目覚めはとても良い。

 葉璃からは毎度心配されるが、長時間のセックスのあと一睡もせずに仕事に向かおうがわりと平気な体質なのだ。

 それもこれも、葉璃が聖南の心を存分に満たしてくれるから。

 今日突然会う事になった二人だが、互いに色々と限界だったのは言うまでもなかった。

 だから分かるのだ。

 久しぶりに会ったというのに重要な話はそっちのけ、あげくの果てには燻る欲も発散させてやらず、呑気に爆睡していた恋人に腹が立つ気持ちは痛いほど分かる。


「葉璃ちゃーん」


 つんつん、と塊を押しながら呼び掛けても、葉璃は無言で布団の中に籠城している。


「聖南さん寂しいなぁ。せっかくもう起きてんのに……葉璃の顔見たいなぁ」
「…………」









 つい十五分ほど前の事。

 夢も見ずにひたすら眠っていた聖南は、尿意なのか射精感なのかどちらともつかない感覚で目を覚ました。

 うっすらと瞳を開き、無意識に左腕を動かして葉璃を探す。しかしいくら動かしてもシーツをサラサラとなぞるだけ。

 そこではまだ、寝ぼけていたはず……なのだが、何やら室内にちゅぱ、ちゅっ、と艶めかしい音が響いている事に気付いた。

 だんだんと意識がハッキリしてくると、その音と下半身の感覚が連動している事にも気付き、ハッと頭を起こす。


『は、葉璃っ!?』
『…………っ!!』


 聖南は文字通り、目を見開いて驚愕した。

 なんと葉璃が、聖南の性器を夢中でしゃぶっていたのである。

 気持ちいいはずだ、と頭の冷静な部分が納得しかけた次の瞬間、二人は同時に動いた。


『やべっ、漏れる!』
『…………っ!?』


 目が合った葉璃のおでこをグイと押し、ベッドから飛び下りて聖南が向かったのはトイレである。

 やはり催してもいたらしく、勃起する前の状態であった事から難無く用を足し終えて戻ると、布団の塊がそこにあった。


『葉璃、……葉璃ちゃん』
『……すみません……』
『なんで謝んの』
『…………すみません……』


 何の「すみません」なのか、聖南には分からなかった。

 葉璃からの奉仕を良しとしない聖南だが、知らない間に舐められていた衝撃と興奮は並大抵の事では冷めやらない。

 彼らのセックスの九割方は聖南が一方的に襲って始まる。葉璃から求められた事など容易く数えるほどしかない。

 葉璃が自分から聖南の性器を舐めていたというのは相当な出来事で、どういう心境でそうするに至ったのかを詳しく語って聞かせてほしかったのだが、みのむしになった彼は頑なだった。


『葉璃ちゃん、不完全燃焼なんじゃねぇの?』
『…………』
『俺のギンギンじゃなかったからさ、始めてそんな経ってねぇんだろ?』
『…………』
『ごめんな、すぐ起きちまって』
『…………すみません……』


 ── だから何の「すみません」なんだよ。


 聖南は、布団の塊を見やり笑いをこらえるのに必死だった。

 嬉しかったのだ。

 眠っているうちにと、おそらく悶々としていても立っても居られなかった葉璃が大胆なことをしてくれた。

 それだけで勃ちそうになる。

 あのまま聖南が覚醒せずにいれば、射精まで促されていたに違いない。

 決して上手いとは言えない口淫も、たどたどしく一生懸命に、葉璃が聖南のためを思ってしてくれるというだけでたちまち絶頂へと向かえるのだ。

 寝ていようが起きていようが、それが葉璃からもたらされるものだというだけで興奮する。

 普段は聖南がストップをかけるので出来ない事だからと、寝込みを襲うような真似をした葉璃のことが愛おしくて仕方ない。

 だが同時に、己が情けなくなった。不甲斐ないという一言しか浮かばない。

 深夜に独りムラムラと戦い、聖南が睡魔に負けたように葉璃も性欲に勝てなかっただけなので、「すみません」は無いだろう。

 可愛い恋人を置き去りに眠りこけた聖南の方が、謝罪すべきだ。

 ……とはいえ、あまりにもいじらしいみのむしを前に笑顔を浮かべている聖南に、謝罪を口にする気はさらさら無いのだが。




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