狂愛サイリューム

須藤慎弥

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4❥ライバル

4❥⑥

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 葉璃を抱く腕に力が入る。

 聖南が着てちょうどいいサイズのパーカーのみを着せているので、少し手を伸ばせば太ももに触れてつるつるの肌を堪能出来るが、さっきまでの滾るような欲情が今はすっかり落ち着いていた。


『やべ……頭冴えてきた』


 深く考えれば考えるほど、眠れなくなってくる。

 何から始めて、何をモチーフに、どんな詞を、メロディーを、書けば良いのか。

 一ヶ月で仕上げると大口を叩いた聖南は、明日から書斎に缶詰めだ。

 ヒナタを頑張っている葉璃の手助けをしてやりたいのに、聖南はしばらくの間、恐らく自分の事で精一杯になる。

 初めてなのだ、こんなにもプレッシャーを感じているのは──。


「聖南さんもそんな風に思う事あるんですね……」
「いや、ぶっちゃけ初だ。  葉璃と過ごす時間が減るのもすげぇ苦痛だし」
「……お仕事ですよ、聖南さん」
「分かってるよ。  葉璃も頑張ってんだから、俺も頑張る。  ここに帰ってくれば葉璃が居てくれるし、頑張れる。  ただな、創ろうとしてんのがな、……」


 予想していた通りの葉璃からの叱咤に、聖南は温かい胸元に顔を埋めたままフッと笑う。

 葉璃に恐怖の二文字を言われなかっただけ、まだ救いがあった。

 やる気だけは確かにある。

 しかし、やってやるぜと満面の笑みで葉璃に意気込む事が出来ない理由が、聖南にはあった。


「……聖南さん?」
「これから創んのが、バラードなんだよ」
「え、バラード?  聖南さんが?」
「そう。  ……王道のバラード」
「王道のバラードって……」


 ぐるぐるしていた葉璃にだけ打ち明けさせておいて、自分は何も胸中を語らないのはフェアじゃないと、意を決して体を起こした。

 ここからは込み入った話になるので、今日に限ってはトントンされても眠れる気がしない聖南は、葉璃と位置を変わった。

 葉璃の頭を二の腕に乗せて、首筋のにおいを嗅ぎながらギュッと体を抱き締める。


「詞的に見るとsilentもバラードっつー位置付けだけど、あれはかなり意図的にポップスに寄せた。  ETOILEのデビュー曲だったし、動きのある振付けでダンスにも注目させたかったから」
「あぁ……そうだったんですね」
「俺の考えてるバラードは、テンポ抑えてピアノイントロで歌そのものを聴かせるもんだと思ってる。  Bメロまでシンプル、サビとラスサビの盛り上げ方の変調、俺が今まで創った事ねぇ楽式だ。  しかもな、メロディーもそうだけど、感傷的で切な系の詞を書くのが今の俺には結構キツい」


 首筋から耳へと移動した聖南の唇が、葉璃の身を捩らせる。

 くすぐったいのか、聖南の背中をパシパシと叩いて「やめてください」と訴えてきた。

 こんな風に愛する者とイチャイチャできる毎日を過ごしていて、悲恋や片思いに嘆く詞を生み出せと言われても、過去を蘇らせて捻り出す事さえ難しい。


「切な系な詞、……ですか」
「葉璃追い掛けてた頃はめちゃくちゃ書けてたんだけど、俺いまめちゃくちゃ幸せじゃん?  だからさぁ、どうすっかなーって……」
「し、幸せ……っ」
「ん?  葉璃ちゃん何心臓バクバクさせてんの」
「あっいえ、別にそんな……!」
「かわい。  ドキドキしてんの?  俺のこと好き?」
「好き、……です」


 互いの体が磁石のようにピタリとくっついていては、葉璃の鼓動が速まった事などすぐに分かる。

 葉璃の心臓辺りから聖南の上体にドキドキが伝わってきて、二の腕に触れた頬からも熱を感じた。

 照れている葉璃の顔を上向かせて問えば、今や難無く聖南の欲しがる言葉をくれる。

 視線を泳がせながら、頬を真っ赤に染めてモジモジする葉璃の照れが、うっかり聖南にも伝染しそうだ。


「うーわ。  かわいーのきた。  これで延長ナシなんて生殺しもいいとこ」
「あ、ちょっ!  聖南さんっ、」
「しねぇって。  ドキドキしてる葉璃につけ込むような真似はしません。  聖南さんオトナだし」
「な、撫で撫でするのやめてくれたら、信じますっ」
「これくらい許してよ。  俺の葉璃なんだから」
「……っ、!」


 腰のくびれを撫で回していいのは、聖南だけだ。

 照れ隠しに目尻を上げている葉璃を、こんなにも間近で眺めていいのも、聖南だけ。

 セックスだけが愛を伝える手段ではない、と今しがた愛したばかりの聖南が言えた義理ではないが、それ以上を求めないのも聖南なりの愛情だった。

 葉璃が聖南を癒やしてくれるから。

 その存在だけで、聖南のぐるぐるが解消されてゆく。  年の差があろうと、補い合う事の出来る二人はそれぞれが唯一無二の存在なのだ。

 聖南は葉璃を抱き締め、葉璃は聖南の体にしがみつく。

 きめ細やかな肌を存分に撫で回していた、背中に忍ばせた手のひらがそろそろ葉璃の頬を膨らませてしまう頃かと笑い掛けた、その時。

 葉璃が微睡みの声のまま、聖南を見上げた。


「ねぇ、聖南さん……」
「んー?」
「さっきの話、あるじゃないですか」
「あぁ、うん。  どした?」
「……あれは姪っ子さんの希望、なんですよね?  王道のバラードっていうのが」
「そうだな」


 聖南は、思った以上にその事に対して関心がある様子の葉璃に、驚きを隠せなかった。

 デビューしたばかりの葉璃は、ダンスの経験はあれどそれほど音楽というものに馴染みがない。

 自身が狼狽した台詞までは言わずにいようとした聖南だったが、続く葉璃の台詞に次第に心が揺れ動いた。


「姪っ子さんは、聖南さんが創ってきた曲を知っててそういうリクエストをした、って事ですか?  知らなかったんなら……」
「いや、聴いたらしい。  ちなみにsilentをすげぇ気に入ってるみたいだったぞ」
「あ、あぁ……そうなんですね、……」
「なんだ?  嬉しくねぇの?」
「いえ、嬉しいです。  嬉しいんですけど……」
「……けど?」


 いたるところを撫で回していた聖南を叱らず、葉璃が険しい表情で見詰めてくる。

 聖南の「そういう日」に心配した葉璃は、その強い瞳で聖南の狼狽を見透かしているような気がした。




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