狂愛サイリューム

須藤慎弥

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5♡すれ違い

5♡8

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 階下がさらに賑やかになってきた。

 車通りも激しくなってきて、ここからじゃとても聞こえない行き交う人達の数多の会話がひしめき合っている。

 ……そろそろ本当に、ヒナタメイクを直して楽屋に戻らないとマズイ。

 もっと一緒に居たかったけど、俺にも聖南にも「仕事」がある。

 そこは、ひと握りの選ばれた者しか立てない眩しくて輝かしいステージの上。  いくつものカメラの前で歌って踊り、喝采を浴びる特殊な「仕事」。

 持てるエネルギーをフルに使って実力を出し切っても、並大抵じゃ認めてもらえない厳しい世界。

 迷ってちゃいけない。

 甘えがあったら極秘任務なんてとても務まらない。

 やるって言ったのは俺なんだから、今俺に出来る精一杯をがんばるしかないんだ。

 何度も何度も自分に言い聞かせてきた言葉を、改めて脳裏に叩き込む。

 聖南に弱音を吐いた事でこれまでにないくらい心が軽くなった俺は、大袈裟かもしれないけど新しい心に生まれ変わったような気分だった。


「───葉璃、いけるか?」


 瞳を覗き込んできたのは、俺を甘やかすだけの日向聖南ではなく「CROWNのセナ」だった。

 キスの余韻から覚めるのが早かった聖南に、俺もいつまでも呆けていられないとばかりにしっかりと頷く。


「───はい」


 もう大丈夫。

 さっきまでの、何もかもを投げ出そうとしていた鬱屈な気持ちは見事に晴れた。


「まずはメイクだな」
「あ、……はい、そうですね。  ……どうしようかな。  Lilyのメイクさん、メイク室にいらっしゃいますかね?」
「どうだろ。  ……あ、そうだ。  おいで」


 聖南に手を引かれて非常階段を下り、俯くように指示されて素早く無人の楽屋へ通される。

 ここは普段立ち寄らない、ドラマの収録スタジオがある階だ。


「暗いけどちょっとだけ我慢な。  内側から鍵掛けて、ここで待ってて。  すぐ戻る」
「……はい?」


 灯りは付けずに、俺をパイプ椅子に腰掛けさせた聖南は足早に楽屋を出て行った。

 小走りで駆けて行った足音が遠くなってくにつれて、寂しくなってくる。

 ……すぐ戻るって、どれくらいで戻ってくるの?

 言われた通り鍵をかけた俺は、ほっぺたを膨らませて元の場所に座り直す。

 無人の楽屋は冷房が効いてなくて蒸し暑い。  だからと言って暗がりだとリモコンを探す気にもなれなくて、その場にジッとしておいた。

 ひとりぼっちになると途端に孤独に苛まれる。

 これからの本番に向けての緊張感がグッと高まってきて、手汗がヤバくなってきた。

 絶対に心乱されないぞって決意は揺るがないけど、思わず楽屋を飛び出した手前メンバー達の元へ戻るのだけは勇気が必要で、それを考えると気が重い。

 あの重たい楽屋の扉を開けた瞬間、さっきよりも冷たい視線と揶揄いの言葉がかけられる事は覚悟しておかないと、せっかく聖南が励ましてくれた貴重な逢瀬が無駄になってしまう。

 揺るがないと信じた決意が、バラバラと壊れてしまう。


「……大丈夫、……大丈夫、…………大丈夫」


 何しろ聖南も本番前で、チャラ男の一件が気になってしょうがないはずなのに。

 俺に甘過ぎる聖南は、追及を後回しにしてヒナタの準備を手伝ってくれようとしている。

 それは恋人である聖南が、というより、この世界の先輩「セナ」が、番組をぶち壊しにしないために抜かりなく手筈を整えようとしている……そんな気がした。


「…………へへ……」


 アイドル様の顔付きで、綺麗な衣装を身に纏った輝ける背中が何より励みになる。

 あの頼もしい背中を持つアイドル様が俺の恋人で、しかも一番の味方で居てくれるんだと思うと、独りで悩んでたのが本当に馬鹿らしく思えてきた。


「えっ、あれっ?  ハルくんっ……メイクどうしちゃったの!?」


 ノック音と同時に聖南が呼ぶ声がして急いで鍵を開けると、Lilyのメイクさんがメイクボックスを抱えて走り込んできた。

 完璧なヒナタだったはずの俺が半分ハルに戻っちゃってるからか、驚いて固まっている。


「すみません、……あの、……」
「訳は後から話す。  時間無えからパパッとヒナタにしてやって」
「わ、分かりました!」


 にべもなく淡々と言い放った聖南に焦ったメイクさんは、一度腕時計で時間を確認してからものの十分でヒナタを蘇らせた。

 楽屋に居るメンバー達のメイク直しがあるからと、そそくさと出て行った女性は俺の影武者任務を知るメイクさんだ。

 ───本番まであと二十分。

 大急ぎで楽屋に戻らなきゃいけないはずの俺と聖南は、何となく離れがたくて手を繋ぎ、見詰め合った。


「……ほんとに別人だよな」
「聖南さん、相変わらず嫌そうですね」
「だってさぁ、葉璃どこ行ったんだよ。  最近のメイク技術ってマジで怖えな」
「ヒナタに戻れてますか?」
「あぁ。  戻れてる」


 あの時もこんな顔してたな。

 葉璃じゃねぇ!と叫んだ初見の聖南の反応がもはや懐かしい。

 声だけが俺で、あとは別人っていう妙な感覚が聖南にはなかなか馴染まないらしく、眉間に皺が寄っていた。


「葉璃、頑張れよ。  終わったらぎゅーしてやるから」
「……はい。  がんばります」
「ヒナタも、ハルも、とにかく楽しめ。  誰に何と言われようが「俺にはキレたらヤバイ聖南がついてる」って思っとけ」
「ふふふ……っ。  そうですね、そう思っておきます」


 誰よりも優しくて誰よりもカッコいい俺のアイドル様は、自惚れでも何でもなく誰よりも「キレたらヤバイ」。

 ヤンチャな笑顔で出番前の緊張をも解そうとしてくれた聖南が、ぎゅっと強く手のひらを握って、離した。


「じゃ、行くか」
「はいっ」


 明かりを落とした聖南の背中に触れた俺は、その漲るパワーを受け取れないかなと思いながら力強く頷いた。

 心の弱さに打ち勝って「ヒナタ」と「ハル」を楽しむために、今、頑張るしかない。

 怖がって震えてる場合なんかじゃ、ない。




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