狂愛サイリューム

須藤慎弥

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13❥生放送本番・七月二十二日

13❥5

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 葉璃は本当に、強くなった。

 少し前の葉璃ならば、衣装が無いと分かった時点でネガティブさを最大限に発揮し、


『衣装隠されました。 もう嫌です。 みんな俺の事嫌いなんです。 死んでほしいと思ってるんです』


と、まるで人生の終わりのように思い詰めた表情を浮かべて、聖南を悲しげに睨み付けていたに違いない。

 聞けば葉璃は、Lilyの一部のメンバーによって衣装を隠されてしまったと分かった瞬間、唯一の味方であるリーダー・ミナミと共に捜索しようとしたと言う。

 そこへ、ヒナタのストーカーと化しているルイが突然現れ、あのような悶着となった。

 memoryの出番で楽屋をあとにする直前、見聞きした経緯を手短に説明してくれた佐々木にはまったく頭が上がらない。

 敏腕マネージャーである彼の評判は業界でも高名で、聖南も「うちの事務所に来い」と何度も引き抜こうとしているが返事はいつも同じである。

 目前の二人も佐々木に負けず劣らずなので、彼らを信頼しきっている聖南は廊下へ出たと同時に口を開いた。


「CROWNの出番が終わったら、俺はその足でSHDに出向く。 成田さんは社長にそう連絡してくれ。 林はLilyのマネージャーに、メンバー全員を事務所で待機させとくように伝えてほしい」
「え!?」
「お、おい。 セナ、本気か?」


 事の一部始終を見守っていた成田と林が、聖南の言葉に揃ってギョッとなる。

 まさか葉璃へのいじめ問題をそのままLilyの事務所側に叩き付ける気かと、成田は「ちょっと待て」と言いかけた。

 CROWNの三人にはそれぞれマネージャーを付けてほしいと常々直談判したい気持ちはあっても、社員の数は限られているのでそう我儘も言えない。

 それを分かってくれている三人は何でも一人でこなしてくれてありがたいと思う反面、特に聖南は何事も成田への相談が無いのである。

 社長の驚く顔が脳裏によぎり、背筋がゾクッとなった成田は林と共に大真面目な聖南を見上げた。


「本気も本気。 腐りかけの花はどうやって復活させたらいいか考えてたんだけど。 ……余分な葉っぱをもいで、養分と水を与えて、日当たりのいい場所で声を掛け続けて、……それでどうなるか。 相手は同業者だ。 単純な問題じゃねぇけど、難しくはないと俺は思ってる」


 事を荒立てる気はさらさら無い。

 聖南が謝罪したのも、単にあの場を収めたかったからだけではないと力強い視線で二人にそう訴えた。

 成田は小さく溜め息を吐く。 聖南がこうなると、付き合いの長い成田でも何をどう言おうが無駄だ。 いくら引き止めたとしても、必ず聖南はSHDの事務所に乗り込む。


「……分かりました」
「……分かった。 でも社長が何て言うか……」
「俺も連絡すっから安心しろ。 Lilyサイドにも、俺が出向くって事と、時間は取らせないって事を伝えときゃ大丈夫だ。 てか今日はグズグズしてらんねぇのよ」
「今日?」
「ハルとメシでも行くのか? 打ち上げ来ない気か」
「悪いけどパス。 今日は絶対無理」


 なぜそんなに「今日」を強調するのかと、成田は様々考えを巡らせていた。

 向こうから恭也に体を支えられながら戻って来た葉璃を見付けた聖南は、「じゃ、よろしく」とだけ言うと成田が正解に辿り着く前に踵を返す。


「……あ、っ! そうか、そういう事か」
「えっ? 何ですか?」


 昨年の今日を思い出した成田が手を打つと、林に耳打ちして聖南の大切な "今日" を教えてやった。

 そう。 聖南にとって今日は、何よりも大事な日なのだ。


「葉璃、恭也、お疲れ」
「お、お疲れ様、です……」
「お疲れ様です」


 二人の元へ歩んだ聖南は、恭也から葉璃を託された。

 髪をひと括りに結んだ赤いスーツ姿の葉璃は、こめかみから汗を垂らし頬も上気している。

 すぐに水分補給をさせてやりたいのは山々だが、葉璃に触れていないと一人で膨れていた聖南はとりあえず廊下の端へ避けた。

 気を利かせて立ち去る恭也と目配せし、スタッフ等からは見えない位置で腰を抱く。


「頑張ったな、葉璃」
「…………はい。 もう、倒れそうです……。 早く帰って眠りたいです。 頭が熱くて……」
「頭が熱い? ……熱は無いみたいだけど」
「そうじゃなくて、頭から湯気出し過ぎてクラクラするんです。 明日お休みで良かった……」


 至近距離で見上げてきた葉璃の唇まで赤い。

 Lilyの一件が悔しくて下唇でも噛んでいたのか、いつもよりぽってりとしたそこに吸い付きたい衝動に駆られる。

 汗ばんで疲労感たっぷりの顔面も非常に目の毒だ。

 三つとも別の緊張感に見舞われた葉璃の様子は、誰の目にも疲れ果てていた。


「ん~……お疲れのとこ悪いんだけど、CROWNの出番終わったら一緒に来てほしいとこが二つほどあるんだな。 もうちょい頑張れる?」
「えっ!? も、もしかして……っ」
「思い出した?」
「SHDに乗り込む気ですかっ? だ、だめですよっ? 俺は平気ですから何も……っ」
「そういうわけにいかねぇよ。 事務所には行くけどキレたりしねぇから心配すんな」
「えぇ……っ、でも、……あっ」
「ん?」


 狼狽えてオロオロし始めた葉璃が、急に神妙な面持ちで聖南の瞳を見た。

 葉璃の衣装は恭也のそれよりも中性的なデザインで作られており、いかにも女性ウケしそうなアイドルの様相だ。

 出会った頃より顎や頬がシャープになり、さらに綺麗になった葉璃の瞳が聖南の心を撃ち抜く。

 何十回、何百回と、ハートの付いた矢で聖南を射抜く葉璃の瞳が、次第にうるうるし始めた。


「聖南さん、……ごめんなさい」
「何で謝るんだよ。 浮気したの?」
「してないですよっ」
「浮気以外は謝らなくていい。 で、何?」
「あ、あの……」
「うん」


 行き交う者らに会話を聞かれてしまわないように、二人は身を寄せ合ってヒソヒソと会話を続ける。

 楽屋にはルイが居るので、こんな事も、こんな会話も、出来ない。

 長身の聖南が葉璃の姿を隠すようにして細い顎を取った。



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