狂愛サイリューム

須藤慎弥

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13❥生放送本番・七月二十二日

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 葉璃は出番終わりのLilyの楽屋でヒナタの変身を解いて聖南達の元へ戻ってきたが、あれこれ話す間もなく今度はETOILEとしての出番が迫っていた。

 当然のように居座り続けているルイのおかげで、楽屋で「ヒナタ」という単語が禁句になってしまったため誰一人葉璃を労う事が出来ていない。

 リハーサルとは雲泥の差であったLilyの出番から五組後に披露されたmemoryのステージを、ルイと葉璃は仲良さげに寄り添って(聖南にはそう見えた)テレビにかじりついて観ており、恭也と共に歯ぎしりした聖南はふと思った。


『今日俺……葉璃に触ってねぇ』


 「行ってきます」「行ってらっしゃい」の毎朝恒例のキスも、聖南の車内で簡素にだった。

 普段なら玄関先で思う存分イチャイチャしなければ気が済まないが、今日に限ってはそうも言っていられなかったのだ。

 聖南は忙し過ぎる葉璃に触れていないばかりか、今も尚ロクに話すらしていない。

 もはやパニック寸前のスタッフから袖待機を命じられた葉璃と恭也が、ピクッと体を揺らした。


「うっ! ……い、う、い、行ってきます……」
「葉璃、落ち着いて」
「……恭也……っ」


 冷静そうに見える恭也も、葉璃ほどではないが相当に緊張している。

 二人は聖南達を一度振り返り、そそくさと楽屋を出て行った。 一言だけ「頑張って来い」とは言ったものの、それが彼らに届いているかは愚問である。

 葉璃の緊張を解してやるためのハグも、ルイが居るので出来なかった。

 いつまで居るんだよと不満を口にしてしまいそうになるが、アキラが視線で「我慢しろ」と命令してくるので、覚えたての我慢を聖南は頑張っている。

 葉璃と恭也のスタンバイのため、CMに入ったテレビ画面を見詰めた。

 ETOILEは、二曲目の中盤でメインステージから中央ステージまでの花道を歌唱しながら練り歩かなくてはならない。

 昨日のリハーサルでそれを知った葉璃は、聖南達も見守る中こんな無茶を言っていた。


『あ、あの……ここ歩くのは全然構わないんですけど、……透明になれる布を貸してください。 じゃないとお客さんから丸見えです』


 葉璃の必死の無茶振りはとても冗談などには聞こえず、一瞬思考が止まったあの時のスタッフの呆気にとられた顔と言ったらなかった。

 盛大に笑い転げた聖南達を、葉璃はステージ上からぷっと頬を膨らませて睨み付けてきたのだが、あまり声に出して笑わない恭也までも爆笑させた彼のネガティブは健在だ。


「まーたハルぽにょは本番前にどっか行ってたしやなぁ。 マジでいつもどこに行ってんのやろ。 心配やわ」
「………………」


 ルイの呟きは、楽屋内の全員から華麗にスルーされた。

 この分では恐らくCROWNの出番までルイはここに居付く。

 うっかり口を滑らせてヒナタの正体を知られてしまわぬよう、とにかく口数の少ない聖南達の楽屋は妙な緊張感に包まれていた。


『ま、とりあえずは成功……だよな』


 葉璃の大仕事はひとまず終わった。

 霧山美宇の代役も見事に務め上げ、出番直前まで騒動が巻き起こっていたLily・ヒナタとしての任務も確実にこなし、聖南も一安心だ。

 ETOILEのハルは、もはや聖南の心配には及ばない。

 彼らにはまだ二曲しか授けていない点については頭が上がらないけれど、二人それぞれの個性が今日も爆発し、会場を大いに沸かせている。

 透明な布を欲していた花道も難なく歩み、先に中央ステージに上がっていた恭也から葉璃が抱きかかえられていた際には、客席全体が黄色い悲鳴に包まれた。

 近頃の恭也は、この悲鳴めいた歓声を心地良く思っている節がある。

 聖南との交際の目くらましになると直々に言ってやって以来、遠慮がまるで無くなった。

 カメラの前でも平気で葉璃と密着し、時には肩や腰を抱いて、ひどい時には顔を寄せてファンサービスをしている。

 テレビにはその危なげな模様が、バッチリと電波に乗って視聴者にも届いている事だろう。


「おぉ、恭也攻めるな」
「あはは……っ、ハル君、顔真っ赤だよ」
「ハルぽにょ本番中に照れてどうするん」
「………………」


『俺も公衆の面前で葉璃とイチャイチャしてぇよ! 畜生……っ』


 一体何を見せられているのか。

 葉璃の恋人は俺だ!と、鼻息荒くステージに駆け上がりたい気分だ。

 たまに思う事がある。


『なんで葉璃と恭也をCROWNに加入させなかったんだよ、社長の野郎……』


 出来上がってしまったCROWNの色に二人が合わないという事はもちろん理解しているのに
、こうも二人が暗黙の了解で堂々とイチャついている様を見ると、噛み締めた奥歯がすり減っていつか粉々になりそうだ。

 
「───良かったねー!」
「あぁ。 二人ともいいステージだった」
「ハルぽにょと恭也に冷たい飲み物用意しとこ」


 ETOILEの出番が終わり、続けざまにメインステージでは大所帯の女性アイドルグループがパフォーマンスを始めた。

 まだ戻らない二人へ、ケイタはパチパチと拍手をして労い、アキラはETOILEの出番が終わるなり無情にもテレビの音量を最小にしてフッと微笑んだ。

 黙ってETOILEのステージを眺めていたルイはというと、突如として付き人の血が騒いだのかキビキビと長机の上を整頓している。

 成田も林も、本日の葉璃のすべての出番が終了した事にホッと胸を撫で下ろしていた。


「……あ、林と成田さん。 ちょっといい?」
「はい、?」
「どうしたセナ?」


 葉璃と恭也が戻って来る前に、聖南はこの後の動きを二人に言い伝えておかねばならなかった。

 楽屋には葉璃の付き人魂が芽生えたルイが居るので、込み入った事は話せない。

 二人を廊下に連れ出すと、聖南は腕を組んで神妙に彼らを見据えた。



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