狂愛サイリューム

須藤慎弥

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13❥生放送本番・七月二十二日

13❥3

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 楽屋に戻った聖南は、佐々木と語らっていたルイに右手を上げて挨拶をすると、椅子には腰掛けずテレビの前に陣取った。

 葉璃の事が心配でたまらない様子の恭也も、そっと隣に並んで画面を凝視する。

 現在は四人組の男性ロックバンドが会場を沸かせていて、バスドラムの響きや観客の熱気が、舞台からは一番遠いこの楽屋にまで伝わってくる。

 Lilyの出番はこのバンド終わりのCM明けすぐだ。

 例によってトークはカットの、アーティスト名と曲名のみ紹介されての披露となるが、特番の性質上このパターンのアーティストは他にも居るのでそれほど不自然ではない。

 アキラとケイタはルイと対面し、腰掛けて何やら話し込んでいる。

 しかし聖南の頭の中は、ある二つの事が交互によぎって心中穏やかではなかった。


「───こんなにすぐに戻ってくるとは思いませんでした。 あの場をどう収めたんですか? その様子じゃ、キレたわけではなさそうですね」


 チラとルイを振り返りながら、佐々木が小声で問うてきた。

 思わぬ話に首を突っ込んでしまい、しかも葉璃が絡む事なので気になるらしい。

 聖南は、客席に向かって「ありがとー!」と叫ぶロックバンドを見詰めたまま、顔色一つ変えずに腕を組んだ。


「……謝った」
「え? ……そうなんですか」


 何故?と訝しむ佐々木だったが、この聖南が業界の後輩に謝罪するなど、よほどの考えがあっての事だろうと口を噤む。

 芸歴が長いからと言って、聖南は特別プライドが高いわけではない。

 『CROWN』に胡座をかいて仕事をおざなりにしている様子もない。

 けれど大塚芸能事務所きっての稼ぎ頭が、デビューして数年の女性アイドルグループに頭を垂れるなど正気の沙汰とは思えなかった。

 理由があるにせよ、佐々木には聖南が謝罪をする必要性をまるで感じなかったのである。

 そんな中、聖南はLilyがステージにスタンバイする間のCM中もテレビ画面から目を離さなかった。


 ───『ここで廃れるな』


 悪しき感情や嫉妬に突き動かされても、何も解決しないという事をもっと強く伝え、訴えたかった。

 けれど何分、時間が無かった。

 女性アイドルグループは長くても十年が花だ。 その現実は彼女達が一番理解しているだろう。

 それでもどうにか日の目を見たいと渇望し、一番遊びたい盛りでの厳しいレッスンにも耐えていたはずだ。

 状況を鑑みれば尚の事、葉璃が言っていた『嫉妬の種類』が多い女性は特に扱いが難しい。

 男性のみのざっくばらんな中に居たのでは、到底ここまでの予測は出来なかった。

 噂に聞き、現にグループ内の派閥を目にした事もある聖南だが、これが他でもない大切な人が絡んでいるとなると話は変わってくる。


「セナさんがそこまでするとはね……」


 フッと苦笑した佐々木は、聖南の謝罪の意図にようやく気付いた。


「あいつらの意見を少しも聞いてやらなかった事務所とマネージャーに、不満が溜まるのも当然だ。 これは単純な蹴落とし合いじゃねぇ。 ……俺、いっぺんSHDに出向くわ」
「セナさんが行くとまた拗れるのでは?」
「拗れても修復すんのが俺なんだよ。 こんなめんどくせぇ事、誰のためにやると思ってんだ」
「誰のためって……言うまでもありませんよね」
「だろ」


 聖南がニヤリとほくそ笑み、佐々木を見た。


 誰がこのままにしておくものか。
 物申した程度で分からないのならば、大元から考えを改めさせねばなるまい。


 「がんばる」と決めた葉璃が、傷付いた。

 強くならざるを得なくなった。

 それが良い事なのかどうかはさておき、この件に至っては彼の恋人としてよりも "先輩" としての聖南が、黙っているはずはないのである。


 ───CMが明けた。

 ステージ上には、Lilyの面々が一曲目のスタンバイを終えている。

 黙って二人の会話を聞いていた恭也が、「あっ」と声を上げた。

 画面から向かって右の二列目に、ヒナタが居る。 相変わらず、緊張していないフリが上手い。

 あれで実際は、本番直前まで震える指先で手のひらに「聖南」と書くのだから、……たまらない。


「Lilyや! あいつらほんまに……っ」
「シッ、ルイは黙ってて」


 イントロが流れるや、ブツクサ言いながらルイがテレビ前に飛んできた。

 ケイタが嗜めた事で楽屋に静けさが戻り、成田と林を含む男連中がテレビ画面に釘付けとなる。

 全視線は、たまに引きで撮られるヒナタに集中していた。

 葉璃は見事に "ヒナタ" だ。

 そして一番ネックだった、曲中のLily全体の雰囲気。

 聖南の言葉が効いたのかは分からないが、表情にも動きにも、以前を彷彿とさせる決定的な違いがあった。


「───リハと完成度が違う」
「……ですね。 ヒナタちゃん、可愛い……メイク、濃いけど……」
「なんやなんや、恭也もヒナタちゃんファンなんか! でも譲られんなぁ、俺のヒナタちゃんやど~! てか恭也にはハルぽにょが居るんやから浮気はダメやと……」
「ルイ、うるせぇって」


 今度はアキラが見るに見かねてルイを嗜めた。 ルイはテヘッと肩を竦めて、またテレビにかじりつく。

 恭也の小さな呟きくらいならば許せるが、ヒナタに熱狂したルイは声量があるだけにうるさいのだ。

 「可愛い」「美しい」「ケバいのがたまらん」「あのくびれヤバ……」などという聞き捨てならない感想がいちいち声に出ていて気が逸れたけれど、聖南は心の中で葉璃を労っていた。

 よくぞこんなにも無茶な任務から逃げないでいる。

 聖南の背中を追い掛けたいから「がんばる」と語った葉璃のためなら、聖南は寝る間を惜しみ、禁欲にも耐え、いくらでも尽力してやる。

 今ステージ上で華々しく明るい照明に照らされている "ヒナタ" は、聖南の "葉璃" なのだから。



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