狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
157 / 632
15❥接近

15❥2

しおりを挟む



 スマホ片手に逃げるように廊下へと出た聖南は、成田の「セナか!?」という大袈裟な声に面食らった。


「おぅ、どうした?」
『ったく……昨日全然連絡がつかなくて困ってたんだぞ!』
「あぁ……悪い。 土日は超大事な用事あって……って、成田さんは知ってるだろ」
『分かってたんだけどな! でもハルくんも電源落としてるなんてやり過ぎじゃないか? セナがそうしろって言ったのか?』
「俺がそんな事言うわけねぇじゃん。 ……へぇ、電源落としてたんだ」
『ニヤニヤするな! 羨ましい!』


 昨日は終日、葉璃とイチャイチャしていた。

 二日連続で誕生日がきた、と可愛い事を呟き、聖南からのプレゼントを開けて意味を悟った葉璃は遠慮がちではあったが喜んでくれた。

 今年はいかがわしい細工を施していない、丸いトップにダイヤを埋め込んだチェーンの細いネックレスを選んだ。

 いかがわしい方のネックレスは三カ月から半年おきにアップグレードしているので、絶対に外させてはならない。

 葉璃を物理的に、かつ精神的にも縛るその二つのネックレスを付けてもらい、悦に浸った昨日のセックスは大変良かった。

 穢れ無き葉璃の心が聖南に染まっている。

 鎖骨辺りで揺れるそれを見やり、悶え泣く可愛い人を愛しまくった聖南の充足感といったらなかった。

 誰からも何からも邪魔される事なく愛し合えたのは、葉璃も聖南と同じ気持ちだったからなのだ。

 そんな事を知ってしまうと、つい先程下のロビーで分かれた葉璃にもう会いたくなる。

 抱き締めて、照れて俯く細い顎を取って上向かせ、キスしたくなる。


「───いや、てか用件は?」


 葉璃との濃厚な逢瀬を思い出していた聖南は、電話の向こうで「おーい!」と呼ぶ成田を数分間無視していた。


『あっ! 忘れるとこだったじゃないか! 昨日の朝一でな、SHDサイドから社長に連絡があったんだ』
「うん。 なんて?」
『セナ達が帰ったあと、双方言いたいことを言い合ったらしい。 その流れで、ハルくんが任務を終えた後の年始からの動き含めて、話し合いもしたんだと』
「……そっか。 良かったじゃん」


 花火デートのために脇に追いやっていた問題を、すっかり忘れていた。

 葉璃は明日からまた "ヒナタ" として週に三回、SHDのレッスンスタジオに向かうスケジュールになっている。

 この件の解決が見えなければ聖南が再び出しゃばるしかないと考えていたが、どうやら葉璃のトドメが彼らを歩み寄らせたらしい。

 あのたどたどしい "ヒナタ" の言葉が無ければ恐らく、嫉妬心を生んでいるLilyの面々の心は動かなかった。


『まぁそれで、SHDの幹部連中がセナとハルくんに一言詫び入れたいって。 どうする?』
「俺には詫びなんてしなくていい。 俺はそんなの受け取らねぇって、社長も分かってると思うぞ」
『……社長が言ってた通りだな。 分かった、じゃあそう返事しておく。 ハルくんへは何が何でも謝罪してもらうけどな』
「あぁ。 幹部連中よりメンバーからの謝罪が欲しい」
『俺もそう思っていたとこだ』


 通話を切った聖南は、スマホをポケットにしまって小さく溜め息を吐いた。

 もちろん、すぐに事態が好転する事はないだろう。 事務所への不信感はそう簡単に拭われず、葉璃への対応もそうだ。

 女性の嫉妬は根が深い。

 たとえ葉璃がどれだけメンバーへ感謝の意を伝えても、それが嫌味と受け取られて裏目に出る場合も大いに考えられる。

 そうでない事を祈るしかないが、今は葉璃の強さと卑屈さで乗り切ってもらう他ない。

 次に何かあった時、聖南の出しゃばるタイミングを図らねば大事になる気がした。


「悪いな、レイチェル。 俺次の仕事あるからもう出るぞ」


 腕時計を確認し、不穏な空気を感じた重たい扉を開いた。

 顔だけ覗かせるつもりが、思いがけずすぐ目の前にレイチェルは佇んでいて腕を引かれてしまう。


「あっ、セナさん……もう少しだけ、……お話が」
「うわ、……ちょっ、何?」


 葉璃より上背がありそうなレイチェルの強引さに、聖南の表情は瞬時に曇った。

 これ以上ここに居ると、よくない事を聞かされる。

 綺麗どころの女性共演者達から今もなお夜の誘いがある聖南だが、「無理無理!」と笑い飛ばして交わせていた熱量とは、どう考えても違いそうなのである。

 聖南を見上げてくる濃い青色の瞳が、明らかな真剣さを物語っていた。


「私、セナさんの心を射止めたいのです」
「…………ん?」


 ほら見てみろ、と聖南の頭の中で警鐘が鳴り始めた。

 唖然とレイチェルを見下ろし、匂わせではなく完全なる告白を受けた聖南は瞬きを繰り返した。

 単なる遊びで、「セナさん抱いてよー」と群がってくる女達とは訳が違う。

 迂闊に拒絶出来ない熱心さなど、感じたくなかった。


「セナさんに恋人がいらっしゃると知ってから、私……なんだかずっと胸が苦しいのです」
「………………」
「あの曲のようにポジティブに、セナさんを想っていてもよろしいでしょうか」


 そういえば、ラジオでその類の発言をした生放送終わりに、レイチェルから着信があった事を聖南は思い出した。

 あの時も何やら気落ちした声で、恋人の存在の確認をされた記憶がある。

 あれはこういう事だったのか。

 理解に至った聖南は、じわじわと後退った。

 気軽な夜の誘いではなく、これほど熱を帯びた真剣な告白というものを、思い返せば聖南は受けた事がないかもしれない。

 大切な人が居る以上、いくら想われても無理なものは無理なのだが、咄嗟に断る言葉を思い付かない聖南は自他ともに認める、性経験ばかり多い恋愛初心者だった。

 かつても言い寄ってきた女が居て、無下に拒絶しその後大変な事件へと発展した。

 あの時の二の舞いにならないよう、うまく断わらねば万が一葉璃に実害が及んでもいけない。


 ───想ってるだけだったらいいか、……?


「いや、よくない。 全然よくない」


 面倒事を避けたいあまり、現実逃避しかけた聖南は自身とレイチェル両方に向けてツッコミを入れた。

 想われていても、はっきり言って迷惑なだけだ。

 しかしそれをストレートに告げてしまうと、日本語を巧みに語る異国の女性がどんな反応を見せるのか、まったく予想がつかない。

 次の仕事があるというのは本当なので、簡潔な言葉を選んでいた聖南にレイチェルがじわじわと距離を詰めてくる。


「……今は、想っているだけで幸せですの。 でも私は……何年かかっても、セナさんの心を射止めたいのです」
「………………」
「このお仕事とプライベートはきちんと分けます。 セナさんを困らせるような事はいたしません。 ひっそりと想っていられれば……」
「と、とりあえず、曲を仕上げる。 レコーディングは来月だと思っててくれ。 その間は今まで通りボイトレと、事務所の広報と打ち合わせな。 あ、そのデータはレイチェルが持ってていいから」
「お待ちください、セナさん……!」


 珍しく狼狽した聖南は、レイチェルから腕を取られそうになるも寸でのところで交わした。

 言葉は悪いが、またしても逃げたのである。

 過去の失敗から、この手の事に真摯に対応するスキルが著しく乏しいせいだった。



しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

灰の底で君に出会う

鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。 それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。 これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...