狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
185 / 632
17❥困惑

17❥10

しおりを挟む



 葉璃が担う “ヒナタ” が業界の者から欲しがられるというのは、至極当然の事だと聖南は思った。

 あの華やかな見目、誰の目も惹きつけてやまないパフォーマンス、胸以外は抜群のプロポーションを誇り、色眼鏡を外した聖南の業界人としての見解もそうだからだ。

 ステージから足早に、ちょこちょこと小走りで捌けていく様はあの姿でさえ可愛い。


「恭也ってハル君の事となるとセナ化するよね」
「そりゃそうだろ。 異常な愛情を注いでるって、本人が認めてんだから」


 何やら張り切って出て行った恭也は、これからETOILEの出番のためドームの楽屋へと移動する頃合いだ。

 あちらで変身を解いた葉璃と合流し、ヘアメイクと衣装のセットが完了したら成田から連絡がくる手筈となっている。

 何事も無ければ連絡をするなと伝えてあるので、無事本番を乗り切った今、邪な見方しか出来なかった聖南だがひとまずホッと胸を撫で下ろした。

 だがもう一つ、聖南には心配事が残っている。

 それを確認するため隣の部屋へ向かおうとした足が、ピタと止まった。

 サマースーツに身を包んだ佐々木が、未だ過激な衣装に興奮中だったのである。


「セナさんいいですね……。 私、一度でいいからあの子をお姫様抱っこしてみたいです」


 ん?と振り返ると、佐々木は大真面目で聖南を見ていた。

 気持ちは分かる。 とてもよく分かる。

 丸出しだったヘソと太もも、小さくてぷりんとした丸いお尻、透き通るような色白の肌……そんなものを目にした日には、葉璃のことが好きだと豪語していた彼には目に毒どころの騒ぎではなかったのだろう。


「……してみる?」
「……ッッ!? いいんですか!?」
「ウソ。 いいわけねぇだろ」
「は!? てめぇ……! よくもそんなしょうもねぇ嘘吐きやがったな!? やるか!? 表出ろ!」
「上等じゃねぇか! 右腕使いもんにならなくなっても知らねぇかんな! 二秒で勝負決めてやるわ!」
「口ばっか達者で喧嘩のやり方忘れてるてめぇに負けるはずねぇだろ!」
「やってやろうじゃん!」
「はいはい、二人ともストーップ!」


 胸ぐらを掴み合った二人の間に割って入ったのは、かつては泣きじゃくる事しかできなかったケイタだ。

 面白いので様子を窺っていたアキラも、聖南の腕を引いて「落ち着け」と声を掛ける。

 引き離されても尚、二人は睨み合ったままだ。 それはさながら、フーッと毛を逆立てた獰猛なネコ科動物の喧嘩のようである。

 そもそも、佐々木の気持ちは痛いほど分かると理解を示した聖南が軽率な発言をしたために、その火種があまりにも大きかった佐々木が憤慨しただけの事。

 けれど聖南は、揶揄ったつもりなど一切なかった。

 今日だけに留まらず、何かと世話になっている佐々木であれば「一回だけなら姫抱きくらいはさせてやってもいいかな」と本気で思ったのだ。

 ただ、一瞬後には「やっぱダメ」に気持ちが変わってしまいああなった。

 決してふざけてはいない。 だから謝りたくない。 喧嘩ならいくらでも買ってやる。

 昔を彷彿とさせる佐々木の勢いも相まって、聖南も一気に同じボルテージへとかけ上がってしまった。


「二人がこんなしょーもない争いしてたら、ハル君はどう思うかな?」
「くだらねぇ言い争いするセナの事も佐々木さんの事も、ハルは迷わず「嫌いです」って言うと思うけど?」
「…………ッ」
「───嫌だ!!」
「だろ? じゃあもうおしまい。 心ん中で葉璃を労ってやれ」
「そうだよ。 ひとりぼっちで頑張ったハル君に、二人が喧嘩してたよって報告しなきゃいけないなんて可哀想だよ。 しかもその原因が? お姫様抱っこをするかしないか? こんなのハル君には聞かせられない……」


 アキラとケイタによる追い討ちに、聖南と佐々木は揃って苦い顔をした。

 この事を葉璃に知られると「嫌いです」と言われるかもしれない、その言葉の衝撃はこの二人にはとても大きい。

 乱れた襟元を正し、スラックスをパンパンと叩いた佐々木はいつもの能面に戻り、「では私はこれで……」とそそくさと退散して行った。

 聖南もアキラからミネラルウォーターを受け取って一口飲み、ふぅと息を吐く。

 あんな風に聖南と対等に喧嘩越しで言い合える相手は、これまでは当然アキラとケイタだけだったのだが……。

 以前は恋敵として毛嫌いしていた佐々木には聖南の過去を知られているという事もあり、いいのか悪いのか、彼も聖南の素を見せられる数少ない人物となった。

 しかしながら、佐々木の本性を知る人物というのもごく僅かだと思われるので、その辺はお互い様なのかもしれない。


「あ、……てかこんな事してる暇無えじゃん」


 やはり只者ではない佐々木の握力でくしゃくしゃになった襟元を直していると、ハッとある事を思い出した。

 これはLilyの出番前から気になっていたので、すぐにでも確認しに行かなければならない。


「なになに、セナどこ行くの?」
「隣。 ダンサーんとこ」
「……ルイが居るか確かめに行くんだろ」
「あぁ、そういう事ね。 前回もヒナタを追っかけてたもんねー」
「心配ならルイに電話してみりゃいいじゃん。 そっちの方が早くないか?」
「その手があった!!」
「え……セナ、いつからアナログ人間になったの」
「いや、今俺スマホ触んの恐怖でな……思い付かなかった」
「あー……」
「あー……」


 社長を含めた三人での会食以降、意味深な言葉を残したレチェルがパタリと連絡を寄越さなくなったので、逆に怖い。

 近頃遠ざけがちになっている仕事用のスマホから、ルイの番号へと掛けてみる。

 するとすぐに呼び出し音は途切れた。


『はいはーい! こちらルイっす!』
「あ、ルイか。 今どこに居る? ホテルの楽屋居るよな?」
『え? 俺ならもうドームっすよ?』
「は!? お前またヒナタ追っかけてんじゃねぇだろうな!?」
『そんなぁ~、そりゃ少しも下心が無かったかって言うと嘘になるっすけど、今日はマジで違うんす。 ハルポンが心配で楽屋で待ってるんすけど、連絡がつかんで困ってんすよね。 恭也と一緒におるならええんやけど……』
「…………は……?」
『さっきETOILEの楽屋が出来たって言われたんで、俺もうここで待機しときますわ。 てかハルポン、トイレに篭ってたりしてな……探しに行ってみよか。 ほなセナさん! 後ほど!」
「あ、ッ……ちょっ……。 ……心配、だと?」


 聖南の予想は、半分アタリで半分ハズレだった。

 なんとルイはヒナタを追ってではなく、間もなく本番を迎える葉璃のために一足早くここを抜け出し、現在すでにETOILEに用意された楽屋に居ると言う。

 それはつまり、葉璃が本番を前にするとメンタルがガタガタになるという事を知っての、「心配」。

 ヒナタを追っていてくれた方がまだ良かった。

 胸騒ぎがする。 これまで以上に大きな胸騒ぎが。

 
「……悪い、俺先に向こう行くわ」


 言うが早いか、聖南はアキラとケイタを残しホテルの部屋を飛び出した。

 通話の内容を聞いていた察しのいい二人は、そんな聖南を止める事はしない。


「バレたらどうすんだよ……っ」


 ルイが入れ上げている “ヒナタ” が、葉璃だと知られてしまったら。

 一体……どうなるのだろうか。





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

灰の底で君に出会う

鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。 それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。 これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...