狂愛サイリューム

須藤慎弥

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20❥不穏

20❥

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─聖南─



 最終選考に残ったメンバーを発表した日以降、葉璃のうさ耳がしょんぼりと垂れている。

 ソファの定位置で遠くを見詰め、ふわふわクッションを胸に抱いて溜め息を漏らし、ふとした拍子に泣いてしまいそうな表情で何かを考え込んでいる姿を度々見かけるようになった。

 それはまるで、今の葉璃には縁がないはずの恋煩いのようにも見えて聖南は気が気ではないが、理由は何となく分かっている。


『──セナ、お前にだけは話しておく。 信用しているが他言無用だ』


 あれは、突然引き際を心得たレイチェルのレコーディング最終日の事。

 帰宅したレイチェルとすれ違いに現れた社長が、「話がある」と神妙な面持ちで聖南の車中までついて来た。

 助手席に腰掛けて腕を組んだ、物々しい大塚社長の台詞に聖南は身構えた。


『何、なんだよ』
『ルイについてだ。 間もなくETOILEの加入メンバーのオーディションが始まるだろ』
『あぁ、だな。 ルイは気が乗らねぇみたいだけど』
『……そうなのだ。 あやつは今、それどころではないと言った方が正しい』
『それどういう事?』


 エンジンを掛け、車内の温度設定をしていた手が止まる。

 候補者の中で異才を放つルイが、何故ETOILEの加入を渋っているのか。

 聖南が案じていた、ルイの明らかな葉璃への否定的な感情とそれはまったく関係が無かった。

 当然ながら初耳だったのだが、ルイの両親は早くに他界し、父方の祖母が彼を育てあげたのだという。

 その祖母が病床に付し、余命宣告まで受けて明日どうなるか分からない状況なのだとか。

 語る社長と同じく聖南も腕を組んで真剣に耳を傾け、いつの間にか眉間に皺が寄っていた。

 社長の言う通り、ルイの現状を聞けば確かに〝それどころではない〟。


『へぇ……そういう事だったのか』
『オーディションに参加しろと強引に受けさせたのは私だが、それはまだ婆さんのご病気が発覚する前だった』
『………………』
『ハルの付き人は、ルイを腐らせないように私が独断で決めた事。 ルイはETOILE……いや、ハル個人にのみ否定的だったからな。 意識を変えたいという意味合いも多分にあったが、それは表向きだ。 あいつは婆さんがすべてだった。 その婆さんが病に倒れ、……もしも亡くなるような事があればルイは必ず道を踏み外す。 かつてのお前のように』
『………………』


 ふと、聖南は瞳を閉じる。

 以前ケイタが盗み聞きしていた、社長とルイの会話の一部分が繋がった。

 未だ分からない点はあれど、今重要なのはルイの心境であり、社長が聖南にこの話を打ち明けてきた理由。

 聖南も昔は、父親に捨てられたと誤解し荒れていた。

 人は孤独を感じて絶望すると、ヤケを起こす。 どうにかして孤独と戦おうとする。 無気力になり、自虐的にもなる。

 ルイにとっての唯一の家族がこの世から居なくなってしまった時、誰にも、何も、彼を支えるものが無ければ朽ちていくかもしれない。

 ただしこれは、あくまでも最悪の事態を想定した上での想像に過ぎない。

 オーディションに身が入らない彼の身の上と状況は分かった。

 誰が聞いても他言無用であると分かるその話を聖南に打ち明ければ、出来レースがさらに加速しやしないかと社長は危ぶまなかったのだろうか。


『……なんで俺にその話したんだよ』
『お前とルイには共通点が多い。 かつ、二人とも私が見出した原石だ。 何かあったら力になってやってほしい。 オーディションの件とは別にだ』
『……俺に決定権があるわけじゃねぇけど、オーディションでは実力しか判断材料無えよ』
『それでいい。 この短期間でハルの純粋さを吸収し始めているあいつなら、セナや他の者達が望む実力を発揮するはずだ』


 社長はルイをいたく買っている。

 聖南を見捨てなかったあの時と同様に、廃れてしまう可能性のある芽を利害関係無く育てようとしている。

 彼誇りの先見の明で、それが後に大輪の花を咲かせるであろうと、すでにそのビジョンが見えているかのように。


『……事情は分かった』


 聖南はしっかりと頷き、社長との別れ際に改めて他言無用を誓った。

 葉璃にはもちろん、ルイ本人にも悟られぬように努めなくてはならない。 これは、赤の他人である聖南が耳にして良い話ではないからだ。

 万が一の事がある。

 最悪の事態となったその時でさえ聖南は知らぬ存ぜぬを突き通さなければ、社長の信用問題に関わる。

 オーディションは波乱を呼びそうだと思った。

 現に、歌唱試験の際に遅刻して現れた時、聖南と社長がどれほどそわそわしていたか彼は知らないだろう。

 そして、聖南は気付いてしまった。

 最終選考に残った候補者の発表を事務所で行ったその日、どこか上の空だったルイと葉璃は、そそくさと二人で事務所をあとにした。

 二十一時からラジオの生放送が控えていた聖南だが、その前に葉璃と食事でもして現場に向かおうと思っていた。

 けれど葉璃は、聖南にこう言ったのだ。


『聖南さん、あ、あの……すみません。 ルイさんと行かなきゃならないところがあるので、……また連絡します』
『行かなきゃいけないって何? どこ?』
『えっ、……びょ、……うっ……あ! ジョギングに!』
『…………ジョギング? 今から? どこで?』
『はい! ルイさんオススメの場所で、体力作りのために!』
『……へぇ? それ今日じゃないとダメ? 久々にメシ行こうと思ってたんだけど』
『ダメです! あ、あのっ、終わったら必ず連絡します! 行ってきますっ』


 とにかく葉璃は、嘘が下手なのだ。

 聖南を見上げておきながら視点が定まらず、うっかり「病院」と言いかけたあげくに、聖南との夕食を断るにしては苦し過ぎる「ジョギング」の嘘。

 終始ルイの視線が時刻を気にしていた事からも、何事かあったらしい彼の祖母に会いに行くのだという見当はあっさりついた。

 恐らく……否、確実に葉璃は、ルイの現状を知っている。




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