狂愛サイリューム

須藤慎弥

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20❥不穏

20❥4

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 まだ駆け出しの葉璃でさえ目を丸くした、レイチェルの申し出。

 彼女のレコーディングには三日も費やした。

 録り直すほどの欠点が無かったからこそ聖南はOKを出し、レイチェルも一度は納得したはずだった。


「レイチェルさん、何か気になるところがあったんですかね……?」
「大サビのラストが気に食わねぇんだと」
「……ラスト……〝あなたの夢に私を乗せて〟、ですか?」
「覚えてたのか」
「はい。 ……いい歌詞ですから」


『マジかよ。 嬉しいな』


 誰に賞賛されるより、葉璃からの言葉が最も聖南の胸に刺さる。

 コーヒーの入った聖南専用のマグカップを両手で持ち、見上げてくる葉璃の頬を撫でていてふと思った。

 何故こんなにも苛立つのか。

 非常識な時間に連絡を寄越してきた事も、それで葉璃が叩き起こされた事も、作業工程を巻き戻す事で多くの人間の時間を割く懸念もすべてその理由に繋がるのだが、葉璃の言葉で何となく腑に落ちた。

 新人だからとイエスマンで居なくてもいいけれど、聖南がまったく問題無く完璧に仕上がったと言えるものにけちを付けられている気分になったのだ。

 超特急で仕上げたとはいえ、聖南にとっては大切な創造物。

 見誤った人格はさておき、歌唱力も歌声も申し分ないレイチェルのレコーディングには全日顔を出し、ディレクターとして場を仕切った。

 売れるものを創る自信はある。

 だが彼女は異国の音楽大学を出た本格的な技術を身につけていて、独学と感性のみでここまで来た聖南には分からない欠点を探し当てた。

 自身には無縁だと思っていた微かな劣等感など、聖南は初めて知る。


「……レイチェルにかけ直す前に一回聴いてみようと思ってる」
「あ、……! 俺も聴きたいです! あっ、……うっ、……だ、ダメですよね、すみません、ごめんなさい、嘘です、寝ます」
「おいおいおいおい、ダメなんて言わねぇよ。 ネガティブ葉璃ちゃん、おいで」
「…………っっ」


 出さなくていい場面で根暗オーラを全開にする葉璃を羽交い締めにし、細い腕を取った。

 マグカップを奪い、頬に口付けて手を繋ぐ。

 書斎への移動もそのままに、「眠くない?」と問うと唇をキュッと結んだ葉璃が小さく首を振った。

 あんなに可愛くウトウトしていた我が恋人を叩き起こしたのは、もはや厄介事だと認定した異国の女性。

 聖南には必要不可欠な、深夜の貴重なイチャイチャタイムを削られた事にも最高に腹が立つ。


『創った曲の粗探しなんてカッコ悪りぃわ……』


 葉璃の前でその作業をしなければならない、何とも言えない胸糞悪さは増す一方だった。

 パソコンに保存してあるのは、現在進行中の最新のデータ。 一度目は聖南がヘッドホンで聴き、二度目は葉璃に聴かせ、三度目は書斎の四隅に備え付けられたスピーカーへ音を飛ばし二人で聴いた。

 結果、やはり聖南には欠点を見付けられなかった。

 自身の太ももを叩いてリズムを取りながら聴いていた葉璃も同様に、首を傾げている。


「……レイチェルさん、ほんとに声が綺麗ですよね。 丁寧に歌ってる。 なんにも問題無く聴こえるのに……これのどこが気に入らないんでしょう?」
「さぁな。 本人に聴いてみようじゃん」
「あ、聖南さん」
「ん?」


 すでに深夜一時を過ぎていたが、かけ直すと言った手前寝落ちするフリは自分で納得がいかない。

 ここは向こうに合わせて非常識を通させてもらおうとスマホを手にした時、葉璃から寝間着にしては洒落たシャツの裾を引っ張られた。


「作業を中断してもらって、また集まってもらうのすごく大変だとは思うんですけど……なるべくレイチェルさんの希望を聞いてあげてくださいね」


 まさか葉璃にそんな事を言われるとは思わなかった。

 愚痴を溢してしまったからか、聖南の劣等感や苛立ちを見透かしているかのような葉璃の眼差しが、聖南を射抜く。

 他者の意見に耳を傾けるのはやや躊躇するが、葉璃の言葉だけはむしろ聞かせてくれと切望した。


「……なんで?」
「あの、……俺は、この世界のことまだ何も知らないし、初めてレコーディングした時はまだ半端な覚悟しか無かったから右向け右だったんです。 でもレイチェルさんは違いますよね? 社長さんのコネでも何でも使って、日本でデビューしたいって強く思ったから、無理を通そうとしてるんですよね?」
「………………」
「状況は全然違いますけど、聖南さん、言ってたじゃないですか。 ルイさんのこと。 〝この世界で生き残れる図太さと実力があれば、コネは最大限に使ってナンボだ〟って。 レイチェルさんは、それを最大限に使ってるだけです」
「………………」


 言葉を失った。

 一理あるどころか、葉璃は聖南の考えの中枢をズバッと言い切り、まさに目から鱗だった。

 レイチェルとの初顔合わせの際、新人歌手は人格や人柄も重要だからと彼女の実力をさておいた。

 告白され、その後は恐怖を覚えるほどのアプローチを受けた事で、この仕事に対する熱意が薄れかけていたのは事実である。

 心のどこかで、〝早くお役御免とならないか〟と思っていたのだ。

 納得のいくものに仕上げたいという申し出は、果たして我儘なのだろうか。 実力さえ伴っていれば、コネクションは最大限に使っていいのではないか。

 否、聖南は元々そういう考えだったはずだ。


「聖南さん……? すみません、俺生意気にも程がありました……ごめん、なさい……」
「いや、……葉璃の言う通りだ」
「いえそんな……っ」
「これが職務怠慢っつーやつだ。 カッコ悪いとこ見せてごめんな? 葉璃にはいつも目覚まさせてもらってるわ」
「……いつも?」
「この曲の詞に悩んでた時、葉璃から貰った助言のおかげで一気に進んだ。 今も目が覚めた」
「…………?」
「葉璃って、自分が思ってるほど後ろ向きじゃねぇよ。 ちゃんと前が見えてる」
「え? 聖南さん、何を言って……」


 大事な局面で聖南を奮い立たせてくれる、とてもネガティブとは言えない葉璃の真っ直ぐさが眩しいと思った。

 聖南はフッと微笑んでスマホを手に取り、ジッと見上げてくる葉璃の頭を撫でる。

 あくまでも最高のものを創ろうとする彼女なりの意見だと捉えれば、聖南にもきっと納得が出来る。

 言いたいことは言わせてもらうが、はなから否定するような事は言うまいと決意して、葉璃が見守る前で画面をタップした。




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