狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
210 / 632
20❥不穏

20❥5

しおりを挟む



 僅か一回のコール音で途切れ、食い気味に聖南は名を呼ばれたがそれを完全に無視し、どこが気になるのかと率直に尋ねてみる。

 すると彼女は、待ってましたとばかりにこう言った。


『……二小節通してOKを頂きましたが、ラスト……歌い出しのリズムとブレス(息継ぎ)が合っていませんでした』


 聖南はチラと葉璃を見た。 葉璃には通話中の会話が聞こえていないので、当然キョトンとして聖南を見返してくる。

 レイチェルの言いたい事は分かった。

 非常に細かい事ではあるが、歌手によって息継ぎ音が不快な場合も多々ある。 パソコンで制作する打ち込み音楽はデジタル音とブレスがマッチしないため削る事が多いのだが、今回は聖南が奏でるピアノ含めたバンド演奏と打ち込みが半々だ。

 加えてレイチェルは腹式呼吸を完璧にマスターしているので、そう目立ったブレスとテンポのズレも無かった。

 もちろん申し出の箇所も、である。


「今聴いたけどそんな事無えよ? そもそもレイチェルの歌い方だと、ブレスカット必要無かったからあえて残してたんだけど」
『………………』


 彼女のそれは、決して不快な方のブレス音では無い。 幾多の名曲の通り、歌唱力があればあるほどブレス音は良い味となって効果的に転ぶ事の方が多いくらいだ。

 バラードには付きものだと言っても過言ではない、というのが聖南の考えではあるが、沈黙したレイチェルは違うらしい。

 ブレス音を残すか残さないかではなく、テンポがズレていたというのがよく分からなかった。

 聖南が聴く限り、まったくそうは思わない。 とは言うものの、葉璃の助言で目が覚めた聖南は念のため問うてみた。


「……録り直したい?」
『はい。 おじ様にもお話しました』
「え、話したのか。 社長はなんて?」
『セナさんに相談してほしい、と……』
「んー……」
『やはり難しいですか?』
「……気に入らねぇままだとレイチェルが嫌だよな。 これがデビューの一発目なのに」
『セナさん、……!』
「ただし日程はこっちで決める。 ディレクターと俺とエンジニアのスケジュールを見ない事には、録り直しどころかスタジオも押さえらんねぇから」
『セナさん……! ありがとうございます! あなたは本当に素晴らしい殿方です! 愛しています!』
「あ、っ!?」
『ご連絡お待ちしていますね!』


 おい!と声を荒げそうになった。

 隣に恋人が居る最中、電話越しとはいえ不意打ちのアレは心臓に悪い。 無論、背筋が冷えるよくないドキッだ。

 急いで通話を終了させ、スマホを気持ち遠くに置いた聖南は溜め息を吐いてデスクに肘を付く。


「録り直し、するんですか?」
「……あ、あぁ、仕方ねぇな。 社長に確認取ろうと思ったけど……俺に相談しろっつー事は、俺がゴーサイン出せば姪っ子には惜しみなく金使うって事だろ。 CROWNとETOILEの新曲にぶつけるわけにいかねぇし、時期はかなり遅れる事になるがな。 納得いくもん創らねぇと、俺もレイチェルも事務所もレコード会社もスッキリしねぇ」
「そう、ですよね……」


 本音を言えば、工程を止めたくなどない。

 戦々恐々としていた彼らの肩の荷が下りるまであとほんの少しだったのだから、もうしばらく責任やプレッシャーに縛られてもらうという報告をしなければならない聖南も、妙な罪悪感がある。

 恐らく良い顔はされない。 親の七光りがそれほど受け入れられないのと同じだ。 しかし彼らは、裏で鬱憤を吐き出しながらも作業に従事してくれるだろう。

 聖南が関わる事でそれを中和出来ると思っていそうな、姪っ子馬鹿な社長の思いはひとまず、最高のデビューという形で成し遂げるつもりだ。

 けれど申し訳無いが、聖南はそれ以降の面倒は見きれない。

 真に、今回だけ。


「まぁ、……俺が葉璃を溺愛してんのと同じって考えたら気持ちは分からなくもないしな」
「溺愛……っ。 それ、社長さんとレイチェルさんの事言ってるんなら、俺たちとはちょっと関係が違い過ぎません?」
「どう違うんだよ。 家族愛も恋愛間も大切な人って括りの中に入んじゃん。 俺と葉璃はその括りのド真ん中に居る」
「…………っ」


 尤もらしくドヤ顔してみせた聖南は、葉璃を抱き上げて膝に乗せた。

 今年は本当に激動の一年だと失笑しながら、恋人にぎゅっと抱きついて甘える。

 そばにいてほしいと思った時、すぐに抱き締められる距離に葉璃が居るというのは聖南にとって何よりも重要なこと。

 仕事にストイックだとか、何でも引き受ける従順な完璧主義者だとか、そんな風に都合良く使われている事があるのも聖南は自覚している。

 何をどう言われようと腐った事は無く、それどころか結果を残す上にこの仕事が単に好きなのだ。

 今までやってこれたのも、完璧なものを自身で見極めて納得してきた充実感、達成感を味わえるからであり、今回のように私生活と仕事をこれほど混在させられると、熱意が削がれても致し方ない。

 劣等感を感じた事のない聖南は、男のプライドを傷付けられたので余計にである。


「あっ……聖南さん、……手が……っ」


 ぐるぐると思いに耽っていると、右手が勝手に葉璃の背中を直に撫で回していた。

 慰めて。 たくさん抱き締めて安心させて。 〝CROWN・セナ〟の自信を取り戻させて。 葉璃の体温を感じていないと、味わった事のない劣等感で芯が腐りそうになる。


「葉璃、したい。 今日はしていい日?」
「えっ……だめです」
「なんで。 三日は空いてるよ?」
「だ、だめ、……んっ……俺今日、まだ中を……!」
「洗ってないって? て事は、俺の楽しみが倍増だ。 やるしかねぇ」
「聖南さんっ」


 そうと決まれば、葉璃を抱き上げてバスルームへ直行だ。

 姫抱きすると身軽な葉璃は飛び降りる事があるので、肩に担いで運ぶ。

 自身の安定と、三日の禁欲を穏やかにするためには葉璃の心と体が必要不可欠で、明日の彼のスケジュールは午前休である。

 今日は逃せない。




しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

灰の底で君に出会う

鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。 それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。 これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...