狂愛サイリューム

須藤慎弥

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22❥焦燥

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 三人の視線が釘付けとなった扉が開かれる様が、大袈裟にも聖南にはスローモーションに見えた。

 社長同伴ならば仕方がなく、かつ二人きりというわけではないのだからそこまでダメージを溜め込まなくていい。

 何やら初対面を楽しもうとしている強者二人が、早くもグロッキーな聖南の代わりに会話を繋いでくれそうでもあるので、心配には及ばないはずだ。


「お待たせしました」


 現れた金髪の美女が、扉を閉めて礼儀正しく一礼した。

 どうも、と返す前に、当然三人はもう一人の人物を目で探す。 しかし、時間差でやって来るとみられたその者はなかなか姿を現さない。

 〝もしかして〟が三人の胸中を渦巻き、不自然な沈黙が流れる。

 そんな中、口火を切ったのはケイタだった。


「あ、あれっ? 社長は?」
「いえ、おじ様は……ごめんなさい。 私、どうしてもCROWNの皆さんとお食事したくて、あの……」
「あー……」
「えー……」
「………………」


『ほらな、こういう女なんだよ』


 聖南の胸の内は恐らく、アキラとケイタにも届いたに違いない。

 レイチェルからの着信はサスペンスホラー並みに不吉で、聖南にとっては毎度不快感しかもたらさない。

 例に漏れず、とても理解し難い言い訳を並べたレイチェルに、普段はかなり寛容な彼らも口元を引き攣らせた。

 しかしCROWNの末っ子は聖南に次ぐ社交性の持ち主である。

 ケイタは聖南の目の前で瞬時に外面を作り、レイチェルに手招きした。


「ま、まぁ、もう来ちゃったもんはしょうがないから! サクッと食事してパパッと帰ろう! コッチ空いてるからどうぞ!」
「あら、ありがとうございます。 お邪魔しますね」


 コロッと態度を変えて微笑む異国の女性を前に、聖南とアキラは沈黙を守る。

 わざわざ立ち上がり、レイチェルが着ていたブラウンのオータムコートを預かって椅子まで引き、ナチュラルにエスコートしたケイタに聖南は心の中で拍手を送った。

 彼はその手の事をやり慣れている。

 理想の彼氏になるべく葉璃限定であれやこれやと世話を焼く聖南だが、一度たりともあのように女性へ手厚く尽くした事は無い。

 好意が無ければ尚さら気が向かないもので、少なからず彼女に対して不信感が生まれたはずのケイタの一連の行動に、末っ子らしからぬ余裕が見えた。


「アキラさん、ケイタさん、はじめまして。 レイチェル・フォードと申します。 この度セナさんのプロデュースでデビューさせていただく事になりました。 よろしくお願いします」
「ケイタです。 よろしくー」
「……アキラっす。 よろしく」
「セナさん、お久しぶりです」
「……あぁ」
「例の件、わがまま聞いてくださって感謝しています。 次は納得のいく出来になるよう、毎日しっかりボイストレーニングに励んでいます。 レコーディングの日が楽しみです」
「……ん。 それは何より」


 大人げないと分かっている。

 ただ本気で否定的な気持ちを持つと、人は視線を合わせるのすら嫌だと思う生き物だ。

 笑顔を向けられたくもない聖南は、話し掛けられても彼女をすり抜けて奥の真っ白な壁を見詰めて頷いた。

 隣から「もう少し感情を隠せ」という長男役の声が聞こえてきそうである。


「え、えーっと。 レイチェルさんは今後も日本で活動してくの?」
「はい、そのつもりでいます。 セナさんが作詞作曲してくださる曲を、歌っていきたいです。 私が日本のミュージックシーンに受け入れられれば、の話にはなるのですが」
「そうなんだ。 元々歌手志望だったの?」
「いえ、実は歌手を目指そうとした事はありません。 アメリカでピアノレッスンの講師になろうと考えていましたが、おじ様を訪ねて日本に来る度にCROWNのご活躍が目に留まって……心を奪われました」
「へ、へぇ……」


 それは〝CROWN〟ではなく〝セナ〟にだろ、と三人ともが思った。

 気まずい空気を察した末っ子が話し相手となってくれていて、聖南は斜め向かいから送られてくる視線をかわすだけで済んでいる。

 アレルギーを発症した聖南と、それに近いものを抱えつつあるアキラに対し、ケイタが何とも頼りになった。


「に、日本語上手だね」
「ふふ、猛勉強いたしましたから。 こちらの殿方に好まれるよう、振る舞いも学びました」
「殿方……」
「殿方……」
「………………」


 あっけらかんと笑顔を見せるレイチェルの発言には、色々と突っ込みどころが満載であった。

 学んだなどと叩くが、その振る舞いが聖南を追い込んでいる事実に彼女は気付いていない。

 好意を寄せられれば誰でも嬉しいものだというのは、引き際を心得た者のみに言える事。

 好きで好きでどうしようもなくて、けれどどうにもならない時は僅かずつでも気持ちを殺していくのが筋だと思うのだ。

 葉璃に言い寄っていた佐々木が良い例で、彼は葉璃への気持ちを未だに燻らせてはいるようだが、好意を押し付けるような真似は決してしない。

 むしろ完全に一歩引いた位置から、想い人の幸せをただ願っている。

 だが彼女は違う。

 聖南に恋人が居ようとも「好きでいていいか」と尋ねておきながら、積極的なアプローチと目に見える好意の視線を微塵も隠さない。

 少しも目を離すまいと、一心に聖南を見詰めてくるそれに恐怖すら覚えた。


『あーもうダメ。 無理』


「俺ちょっとトイレ」


 立ち上がるなりすぐさまお手洗いへと直行し、磨き上げられた鏡に映る自身の引き攣った顔を眺める。

 あのままあそこに居ては、全身が痒くなりそうだった。


「はぁ……」


 押し付けられる好意と、人生で初めて抱かされた劣等感が、聖南の中でどんどんと彼女を悪者に仕立て上げてしまっている。

 そのどちらも悪いことではないはずなのだ。

 けれど受け入れられない。

 恐らくこれが、根本的に人間性が合わないという事なのだろう。

 話して分かる人物ではないので、そこがまたネックなのである。


「──セナ、大丈夫か」
「……アキラか」




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