狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
233 / 632
22❥焦燥

22❥8

しおりを挟む



 三人の視線が釘付けとなった扉が開かれる様が、大袈裟にも聖南にはスローモーションに見えた。

 社長同伴ならば仕方がなく、かつ二人きりというわけではないのだからそこまでダメージを溜め込まなくていい。

 何やら初対面を楽しもうとしている強者二人が、早くもグロッキーな聖南の代わりに会話を繋いでくれそうでもあるので、心配には及ばないはずだ。


「お待たせしました」


 現れた金髪の美女が、扉を閉めて礼儀正しく一礼した。

 どうも、と返す前に、当然三人はもう一人の人物を目で探す。 しかし、時間差でやって来るとみられたその者はなかなか姿を現さない。

 〝もしかして〟が三人の胸中を渦巻き、不自然な沈黙が流れる。

 そんな中、口火を切ったのはケイタだった。


「あ、あれっ? 社長は?」
「いえ、おじ様は……ごめんなさい。 私、どうしてもCROWNの皆さんとお食事したくて、あの……」
「あー……」
「えー……」
「………………」


『ほらな、こういう女なんだよ』


 聖南の胸の内は恐らく、アキラとケイタにも届いたに違いない。

 レイチェルからの着信はサスペンスホラー並みに不吉で、聖南にとっては毎度不快感しかもたらさない。

 例に漏れず、とても理解し難い言い訳を並べたレイチェルに、普段はかなり寛容な彼らも口元を引き攣らせた。

 しかしCROWNの末っ子は聖南に次ぐ社交性の持ち主である。

 ケイタは聖南の目の前で瞬時に外面を作り、レイチェルに手招きした。


「ま、まぁ、もう来ちゃったもんはしょうがないから! サクッと食事してパパッと帰ろう! コッチ空いてるからどうぞ!」
「あら、ありがとうございます。 お邪魔しますね」


 コロッと態度を変えて微笑む異国の女性を前に、聖南とアキラは沈黙を守る。

 わざわざ立ち上がり、レイチェルが着ていたブラウンのオータムコートを預かって椅子まで引き、ナチュラルにエスコートしたケイタに聖南は心の中で拍手を送った。

 彼はその手の事をやり慣れている。

 理想の彼氏になるべく葉璃限定であれやこれやと世話を焼く聖南だが、一度たりともあのように女性へ手厚く尽くした事は無い。

 好意が無ければ尚さら気が向かないもので、少なからず彼女に対して不信感が生まれたはずのケイタの一連の行動に、末っ子らしからぬ余裕が見えた。


「アキラさん、ケイタさん、はじめまして。 レイチェル・フォードと申します。 この度セナさんのプロデュースでデビューさせていただく事になりました。 よろしくお願いします」
「ケイタです。 よろしくー」
「……アキラっす。 よろしく」
「セナさん、お久しぶりです」
「……あぁ」
「例の件、わがまま聞いてくださって感謝しています。 次は納得のいく出来になるよう、毎日しっかりボイストレーニングに励んでいます。 レコーディングの日が楽しみです」
「……ん。 それは何より」


 大人げないと分かっている。

 ただ本気で否定的な気持ちを持つと、人は視線を合わせるのすら嫌だと思う生き物だ。

 笑顔を向けられたくもない聖南は、話し掛けられても彼女をすり抜けて奥の真っ白な壁を見詰めて頷いた。

 隣から「もう少し感情を隠せ」という長男役の声が聞こえてきそうである。


「え、えーっと。 レイチェルさんは今後も日本で活動してくの?」
「はい、そのつもりでいます。 セナさんが作詞作曲してくださる曲を、歌っていきたいです。 私が日本のミュージックシーンに受け入れられれば、の話にはなるのですが」
「そうなんだ。 元々歌手志望だったの?」
「いえ、実は歌手を目指そうとした事はありません。 アメリカでピアノレッスンの講師になろうと考えていましたが、おじ様を訪ねて日本に来る度にCROWNのご活躍が目に留まって……心を奪われました」
「へ、へぇ……」


 それは〝CROWN〟ではなく〝セナ〟にだろ、と三人ともが思った。

 気まずい空気を察した末っ子が話し相手となってくれていて、聖南は斜め向かいから送られてくる視線をかわすだけで済んでいる。

 アレルギーを発症した聖南と、それに近いものを抱えつつあるアキラに対し、ケイタが何とも頼りになった。


「に、日本語上手だね」
「ふふ、猛勉強いたしましたから。 こちらの殿方に好まれるよう、振る舞いも学びました」
「殿方……」
「殿方……」
「………………」


 あっけらかんと笑顔を見せるレイチェルの発言には、色々と突っ込みどころが満載であった。

 学んだなどと叩くが、その振る舞いが聖南を追い込んでいる事実に彼女は気付いていない。

 好意を寄せられれば誰でも嬉しいものだというのは、引き際を心得た者のみに言える事。

 好きで好きでどうしようもなくて、けれどどうにもならない時は僅かずつでも気持ちを殺していくのが筋だと思うのだ。

 葉璃に言い寄っていた佐々木が良い例で、彼は葉璃への気持ちを未だに燻らせてはいるようだが、好意を押し付けるような真似は決してしない。

 むしろ完全に一歩引いた位置から、想い人の幸せをただ願っている。

 だが彼女は違う。

 聖南に恋人が居ようとも「好きでいていいか」と尋ねておきながら、積極的なアプローチと目に見える好意の視線を微塵も隠さない。

 少しも目を離すまいと、一心に聖南を見詰めてくるそれに恐怖すら覚えた。


『あーもうダメ。 無理』


「俺ちょっとトイレ」


 立ち上がるなりすぐさまお手洗いへと直行し、磨き上げられた鏡に映る自身の引き攣った顔を眺める。

 あのままあそこに居ては、全身が痒くなりそうだった。


「はぁ……」


 押し付けられる好意と、人生で初めて抱かされた劣等感が、聖南の中でどんどんと彼女を悪者に仕立て上げてしまっている。

 そのどちらも悪いことではないはずなのだ。

 けれど受け入れられない。

 恐らくこれが、根本的に人間性が合わないという事なのだろう。

 話して分かる人物ではないので、そこがまたネックなのである。


「──セナ、大丈夫か」
「……アキラか」




しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

灰の底で君に出会う

鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。 それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。 これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...