狂愛サイリューム

須藤慎弥

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22❥焦燥

22❥9

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 聖南に声を掛けたアキラは、三つの個室が無人である事を確認する最中も苦笑いを漏らしていた。


「聞いてた以上にセナに盲目だな」
「……やっぱそう見えるよな?」
「あぁ。 社長のツテ使ってセナに言い寄ろうとしてるの見え見え。 あの分じゃ、リテイクの件もブレスどうこうの話じゃねぇと思う」
「だよなぁ……。 いや、そうって決め付けたいわけじゃねぇんだけど。 納得がいかねぇって言われた事が納得いかなくて。 それに……」
「ん?」


 レイチェルの言動に寒気を覚えている聖南だが、何故こんなにも受け入れられないのだろうと鏡の中の自身に問うてみたのだ。

 いくら相手が本気の様相であっても、これまでのように軽く受け流す事など聖南には容易いはずだった。

 それが何故、出来ないのか。

 聖南を案じて来てくれたアキラの顔を見た瞬間、ふわりとよぎった正解にようやく腑に落ちる。


「よくよく考えたら、俺も最初はうさぎちゃんにこういう感情与えてたのかもって」
「……うさぎちゃんに?」
「ん。 俺もあの子の気持ちお構いなしに、好き好き言いまくって追い掛けてたじゃん。 〝俺を好きになれ〟ってさ、うさぎちゃんの気持ち無視して突っ走ってた。 多分な、俺が完全にアノ人を突き放せねぇのは仕事が絡んでる事ともう一つ、……誰かを好きになるのって悪いことではねぇからだ」


 突き放せない言い訳そのものが、自身でも善人ぶったように聞こえた。

 今がとても幸せなのですっかり忘れていたが、聖南も葉璃との交際前……もっと言えば、葉璃が影武者だと判明する前から付き合いたい願望をメラメラと燃やし追い掛け回した。

 うさぎちゃんと表した聖南の大切な人は、現在の比ではないほど戸惑いを顕わにし、拒絶に近い瞳で聖南を見ていた。

 無鉄砲かつ相手の躊躇を顧みず強引にアプローチを続けた結果、葉璃が振り向いてくれたから良かったものの、だ。

 あの頃の自分とレイチェルが見事に重なる。


 その正体は、〝同族嫌悪〟──。


 読んで字の如く、似たような性質を持つ者を不快に思い嫌悪してしまう心理的な否定的感情。

 ことごとく聖南の拒絶反応を引き出してくるレイチェルに、強く拒否できなかった本当の理由。

 顔合わせの際に、「人間性は合格」と誤った判断を下してしまった事がまさに運の尽きで、それから次第に下降していく折れ線が聖南の心中を表している。

 加えて、二十四年間揺るがなかった、この世界で生き残るための術を考え直す羽目にもなった。


「……まぁ。 でもセナ達とは状況が全然違う。 確かに誰が誰を好きになろうが構わねぇけど、人のもんに手出していいわけじゃない。 相手の迷惑を考えねぇのもよくない」


 洗面台に手をつき項垂れた聖南の背中を、アキラが優しく擦る。

 関わる者が誰一人としてマイナスイメージとならぬよう、常々気を回す癖のある聖南の事だ。

 どれだけレイチェルに嫌気が差そうとも、それは本当に自分には非が無いのか、見方を変えれば嫌悪感が別のものに変わるのではないか、──いよいよ考え始めたのかもしれない。

 恋愛は自由だという言葉には同意出来るが、しかしアキラには到底、聖南とレイチェルが〝同じ〟には思えなかった。


「………………」
「うさぎちゃんとセナはなるべくしてこうなってんだよ。 はじめはセナが強引だったかもしんねぇ。 じゃあなんでうさぎちゃんは、セナが入院してた時に早退までして飛んで来たんだ? 俺が電話して「セナが呼んでるから来て」って言ったら、うさぎちゃんの声が変わったんだ。 あの時もう二人の気持ちは同じだったんだろ? セナの事が迷惑だったり嫌いだったりしたら、そもそもうさぎちゃんの性格じゃ誰かも分からねぇ着信を取ったりしねぇよ」
「あの時か……あの時なぁ……。 夕暮れバックに病室でキスしたんだよなぁ……。 あの頃の葉璃もウブウブで可愛かったなぁ……」
「おい、話が逸れてる」
「アキラが思い出させるからじゃん! あ~っ、会いてぇ!」


 レイチェルへの嫌悪感を、未だ連絡のこない恋人への会いたい願望にシフトさせたアキラは、ホッと胸を撫で下ろした。

 「会いてぇ」を呪文のように繰り返し、スマホを取り出して葉璃の寝顔を食い入るように見詰めている、この狂気染みた姿が本来の聖南である。

 不必要に自らとレイチェルを重ねず、いつものように堂々と物申せばいいのにとアキラは思うが、きっと聖南は〝村雨〟の扉の前で数秒立ち尽くすだろう。

 一度地にまで落ちた折れ線は平行線を辿り、何か大きなキッカケでも無い限り上昇する事はない。

 この世界しか居場所の見出だせない聖南には、培ってきたすべてを捨てても構わないと言わしめる葉璃が居る。

 それはつまりどんな手段を使おうが、どう足掻こうが、彼女には数ミクロも勝機がないという事なのだ。


「……とにかく。 ここはケイタに相手してもらって、マジで早いとこ解散の方向に持っていこう。 あんまり長々と居座らせたら次の期待持たせちまう」
「だな。 ありがと、アキラ」
「どんだけお前と過ごしてきたと思ってんの? セナのあんな微妙なツラ、マジで初見だったんだよ。 察するわ」
「ははっ、ですよねー……」


 スマホに視線は落ちたまま、アキラの優しさに聖南は笑った。

 葉璃絡みではないが、どうにも落ち着かない心がぐるぐるし始めている。

 いっそこちらから連絡をしてしまおうかと指が動いた。

 無理に帰宅を促すのではなく、ただ現状を知りたいだけだと殊勝な態度で居れば葉璃は怒らない。

 だがそれは、「セナ、やめろ」とアキラに制されて未遂に終わる。


「うさぎちゃんの事は、とりあえず向こうから連絡くるまでほっといてやれ。 ルイが喪服着てた時点で俺らも事情は何となく分かってるし、それを黙って見てられるほどうさぎちゃんは非情じゃねぇ。 今はそっとしとけ」
「あぁ……、分かった。 ……我慢がんばるしかねぇかー」
「まずセナが我慢を覚えた事が奇跡。 うさぎちゃんの功績だな」
「こうしてうさぎちゃんの話してると、今すぐにでも会いてぇんだけど。 アキラがここに居なかったらスマホの中の葉璃にスリスリしてる」
「我慢しきれてねぇじゃん」
「覚えたてだからな」
「なるほど」


 容易に想像がつく光景に、アキラも屈託なく笑う。

 聖南は葉璃の事となると絶妙に人の道を外れるが、これが一方通行であれば聖南の思案も頷けるけれど、彼の恋人は当初からその熱い想いをどこか照れくさそうに受け止め続けている。

 かつて強引だった聖南に、そのとき葉璃が否定的な感情を持っていたとするなら……今ここで聖南が幸せそうに立っている事は無かった。




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