狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
265 / 632
25★ゴシップ2 ─SIDE 恭也─

25★10

しおりを挟む



 まるで授業参観にやって来た親……もしくは葉璃のお兄ちゃんになったような気分で、三宅講師に言われた通り、俺はLilyのレッスン風景を磨りガラス越しに廊下から見ていた。

 俺がバッチリ見学出来ているという事は、当然中からも俺が見えてるって事で。

 結局メンバーの子達に会釈程度の挨拶だけはする羽目になるも、会話らしい会話を求められる事は無くてホッとした。

 今日見た限りでは、レッスン中は俺も経験してきたその光景とさほど変わらない。

 ただし、葉璃から〝ピリピリしてる〟と聞いてたからなのか、合間合間のメンバー間の会話が極端に少ないようには見えた。

 どの人か分からないけれど、Lilyのリーダーであるミナミっていう子だけが葉璃の味方らしい。 他九名はサポートメンバーそのものに否定的で、必然的に葉璃へのあたりも強くなっている、というのはその通りみたい。

 それに輪をかけて、おそらく彼女達には伝わっているはずのアイさんの音信不通。

 これでは雰囲気も悪くなる一方だ。

 終始俺にまったく近付いて来なかった彼女達は、レッスンが終わるとそそくさと更衣室に向かい、不自然なほどバラバラに帰宅して行った。

 葉璃がつい愚痴を溢してしまうくらいには、見るからにピリピリしたムードが立ち込めるレッスン。 あれは憂鬱以外の何ものでもないと思う。

 今に始まった事ではない孤立状態を、ひとりで戦っていたんだ……葉璃は。

 セナさんに言われるまで誰にも愚痴一つ溢さず、耐えていた。

 〝これも俺の仕事だから〟、〝俺にしか出来ない任務だから〟と。

 俺には到底真似できない。

 本番に強い葉璃は、不安心を跳ね除けて仕事上では一度たりともミスをしていないんだよ。

 〝怪我をしたアイさんの代わりに入ったサポートメンバー〟として、堂々とステージに立っていた。

 メディアから不審がられるどころかその実力を買われ、幾つもの事務所が〝ヒナタ〟にラブコールを送っているという話まで出ている。

 我慢しきりの裏側を、葉璃─ヒナタ─は少しも滲ませる事なく。






 着替えを済ませた葉璃と、スタジオから歩いて五分ほどのコーヒーショップで林さんの迎えを待つ事にした。

 葉璃の大好きなチョコリスタがある店だ。

 入店と同時にちょっと騒がれてしまって、俺と葉璃は長居出来ないと知るや二人ともが自然と隅っこに固まり、臨戦態勢で立ちっぱなし。

 座ってコーヒーを飲む事も出来ない……ほんの二年前には考えられなかった有名税だけれど、これはありがたい日常の変化として捉えるべき事。


「ねぇ恭也、……」
「うん?」


 甘いチョコリスタが目一杯入った大きなカップを両手で握った葉璃が、会話を周囲に聞かれるのを避けようと俺に密着してくる。

 俺は葉璃の声をよく聞くために屈んだ。 そうすると、遠巻きに俺達を見ていたギャラリーから黄色い声が上がる。

 ……また色んなところで、俺達の関係を取り沙汰されそうだ。


「もしかして事務所の人に何か言ってくれた?」
「え?」
「俺の更衣室、二階に用意されてたんだよ」
「えっ! そうなの?」
「うん……。 トイレで着替えようとしたら、三宅講師が案内してくれて。 次からここ使いなさいって」


 へぇ……朝 直談判したばかりなのに、もう対応してくれたんだ。

 事情を知らなかったらしい三宅講師が、それはあり得ない事だとすぐに動いてくれたのか。


「そっか……。 良かった」
「俺ね、着替えられればどこでもいいやって思ってて、そんなに苦じゃなかったんだけど……一人の空間はやっぱりいいね。 ……ありがとう、恭也」
「そんな……。 また俺、余計な事したかもって、ちょっと焦った」
「余計な事なんかじゃないよ! さっきの話だって、俺も聞いといて良かったと思ってるし……。 恭也が知らない間にどんどん逞しくなってて、なんか……」
「なんか、?」
「……なんて言ったらいいのか分かんないけど、……置いてかないでね? 俺のこと」


 声を潜めた葉璃から、至近距離で上目遣いを食らう。

 いやいや……何言ってるの。 ついさっき、改めて俺は劣等感に駆られてた。

 どんどん逞しくなってるのは、葉璃の方だよ。


「その言葉、葉璃にお返しします」
「えっ、なんで!? 返さないでよっ」
「葉璃も、俺のこと、置いてかないで。 同じペースで、進んでほしい。 愚痴も、弱音も、俺にはたくさん、吐いてほしい。 セナさんに頼るほどじゃない事は、俺が何とか、してあげたい。 俺はいつだって、葉璃の力になりたいし、味方でいたい」
「……恭也……っ」


 葉璃のカップを持つ手が、プルプルっと震えた。 上目遣いで俺を見てくる大きな瞳も、もの言いたげに濡れている。

 これはいつも思っている事。 いつも言っている事。

 誰にも見付からず、普通にコーヒーを楽しめなくなった俺達は紛れもなく、いつまでも親友であり戦友なんだ。

 少しだけアブノーマルな、異常な友情が根底にあるけれど。


「ここだと、ハグ出来ないね」
「…………うん」


 それを示すかのように、俺と葉璃は思いを共有していた。

 照れくさそうに俯いた葉璃に、俺もこっそり笑いかける。 傍目にはイチャついてるようにしか見えないのか、周囲からの黄色い声が止まない。

 葉璃の背中をそっと押し、「外行こうか」と促した。

 頷いた葉璃と通りに出ると、ちょうど林さんの運転する社用車が横付けされる。


「あ、林さん、お疲れさまです」
「お疲れさまです」
「……林さん?」


 いそいそと後部座席に乗り込んだ俺達の言葉が、スルーされた。 というより、何だか林さんの様子がヘンだ。

 ハンドルを握り締めて、遠い目をして前方を睨んでいる。

 俺と葉璃は、一定のリズムを刻むハザードの音が車内に響く中、顔を見合わせた。

 バックミラー越しに林さんの表情を窺うと突然、力無い声で「大変だよ」と呟かれた。


「…………?」
「林さん、どうしたんですか?」
「……大変なことになった」
「え?」
「え?」






 その日、葉璃は午後一から遠方で雑誌の撮影が入っていた。

 けれど俺の映画の撮影は午後三時からで、移動時間まで事務所で一度待機する事になっていたんだけど……。

 そのせいで俺は、林さんの呟きと遠い目の理由を誰よりも先に知る事となる。





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

灰の底で君に出会う

鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。 それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。 これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...