狂愛サイリューム

須藤慎弥

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26❥ゴシップ3

26❥

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─聖南─



 この業界は、語り始めると二日は要してしまいそうなほど、様々な面において特殊である。

 認知されていくに従い、幾多の人々に好奇な目で晒される事だけは覚悟しておかなくてはならない。

 人気者になればなるほど、種類を問わず不祥事はご法度だ。

 特に女性人気を得た男性芸能人はそういった類の失敗、または疑惑を一度でも報道されてしまうと、積み上げてきたものが一瞬にして灰になり、落ちる。

 そこから這い上がるのは至難の業だ。

 根も葉もない噂話をまるで真実かのように報道され、その記事一つで芸能界を追われてしまう者は数え切れないほど居る。

 ただしそれにもいくつか例外がある。

 たとえそれが真実だとしても、イメージで補える事とそうでない事、事務所の力による揉み消しが出来るか否か、世間に与えた負の印象を払拭出来るかどうかが重要で、一概に〝ゴシップは悪だ〟という結論付けが出来ないのもまた事実だ。

 しかしながら、そもそもが火のない所に煙は立たず、世間や当人が騒ぎ立てたところで火種を抱えている者が叩かれるのは、当然の報いなのである。

 これについては聖南も、二年前のスキャンダルで嫌というほど身に沁みた。

 馬鹿で軽率だった過去を振り返ると、自身にも、ファンにも、業界関係者にも、事務所にも、そして葉璃にも、顔向け出来るような人間ではなかった。

 朽ちかけた人生に与えられた最後のチャンスだと、懸命に仕事に打ち込んではいたけれど、晴れない心の侘しさを埋めるかのように若くして数々の浮名を流した。

 しかし愛する人を見付けた聖南は現在、立ち上る煙の元となるものさえ持ち合わせていない。

 素性こそ伏せてはいるが世間に恋人の存在を明るみにし、度々公の場で惚気ているほど記者殺しの真人間になった。

 そのため、厳しい表情を浮かべた社長から突き付けられたものを、聖南はすぐには理解出来なかった。


「……これ何?」


 差し出された写真を手に取りまじまじと見たものの、社長を不機嫌にさせるような事実など僅かもありはしない。

 聖南がそれを見たところで少しも狼狽える事はなく、むしろ仕事を中断してまで社長直々に呼び出された事に対し不満を覚えていた。


「私が聞きたい」


 説明しろ、とでも言いたげに憮然とされても、両者の眉間に皺が寄るばかりだ。


「……って言われてもな。 俺にはなんの事だか」
「これは、どこからどう見てもセナとレイチェルだ」
「……だな」


 デスクに写真を置き、社長の微かな剣幕にも動じない聖南はソファの定位置に掛け、サングラスを外して足を組んだ。

 確かに写真に写っていたのは、紛れもなく聖南とレイチェルだった。 タクシーに乗り込んだレイチェルと、それを見送ろうとしている聖南の様子が意味深かつ意図的に切り取られ、拡大されたものである。

 あたかも二人の密会ともとれるその写真が午前中、差出人不明で事務所に届いたという。

 不審な郵便物は、たとえ誰宛てであろうが一度事務所スタッフの者が確認する決まりになっており、件の写真は社長宛であったため香水がキツい秘書がそれを目視した。

 現物を見た社長が事実確認のために聖南を呼び出した経緯については理解出来るが、これに関しての弁解は不適当だ。

 何しろその写真の日時をハッキリと記憶していた聖南には、有力な証人が居る。


「なんでこんなのがここにあるんだ?」
「私に言われてもな。 セナ、気が付かなかったのか? 何年この業界に居るんだ。 張り込みの目くらい分かるだろうに」
「あの場にマスコミなんて居なかった。 断言する」


 あれは忘れもしない。

 最終オーディションが頓挫し、ルイの祖母が亡くなって放っておけないからと葉璃が一晩中彼に付き添った、あの日だ。

 アキラとケイタと共に三人水入らずで食事をしていたところに、社長と同席しても良いかと虚言まで吐いてレイチェルが乱入した事で、脳には鮮明に胸糞悪い記憶として残っている。

 写真は明らかに、聖南を筆頭に半ば追い返すようにしてレイチェルを帰宅させた時のものだった。

 拡大された聖南の背後には間違いなくアキラとケイタが居るのだが、それを知らない者が見ると勘違いさせてしまう代物ではある。


「そうとは言い切れんのじゃないか? 現にこうしてブツがあるんだぞ」
「……そうだな」
「これは明らかに、私の姪だ。 マスコミ連中もその情報くらい握っとるだろうから、そう簡単に他所へ流す可能性は低いだろうが……。 しかしこれは一ヶ月も前のものだ。 今さら送り付けてくるという事は、今日までの間にお前達の裏取りをされているかもしれんぞ」
「裏取りって、俺とレイチェルは何も無えよ?」
「……本当だろうな?」
「社長は知ってんだろ、俺が誰を愛してんのか。 こんなの事実無根もいいとこ」


 レイチェルからは未だ好意を寄せられてはいるが、そのような疑いをかけられている事自体が不快でしかなかった。

 葉璃の存在が何よりも大切な聖南にとって、撮られた相手が誰であろうと不愉快に違いない。 特に彼女との疑惑など、聖南の精神を脅かす。

 そういった思いもあり、久方ぶりの社長の仏頂面を前にしても聖南は少しも狼狽する事なく、非常に冷静に否定をしたのだが……。


「真に疑っているわけではない。 ただな、セナとレイチェルは歳が近いし似合いに見える。 そしてこう言っては何だが、レイチェルは美しい……〝女性〟だ」
「──は?」


 聖南から視線を逸らした社長が、とある単語を強調した。

 その発言は恋人にさえ許していない。

 彼を好きだと自覚して以来、聖南にとってそれは全く意味を成さなくなったからで、これからも許すつもりはない。

 よもや社長からそのような発言をされるとは思わず、それまで冷静だった聖南の機嫌は直ちに地に落ちた。




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