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36・夢の価値
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しおりを挟む❥ 聖南 ❥
Lilyの楽屋に集まった顔触れは、聖南をはじめとするCROWNの三人、成田、大塚社長、Lilyのマネージャーである足立とチーフマネージャーだと紹介を受けた宮本という中年の女性、そして捕えたアイの総勢八名。
入り口をアキラとケイタが塞ぎ、その手前に大塚社長と聖南が並んで立っている。
逃亡を目論むアイの腕を掴んでいるのは宮本で、足立はバツが悪そうに宮本の隣で萎縮していた。
SHDエンターテイメントの幹部らは、出番待ちのアーティストの待機場となっているホテルに向かうらしい。
大塚社長が事前に連絡を入れていたようで、SHD側に聖南が改まって説明するまでもなかった。
「……終わったな」
「……あぁ」
重々しい空気漂う楽屋に、社長の呟きと聖南の相槌が不自然に響く。
『Lilyの皆さん、ありがとうございましたー! ここで一旦CMです!』
漏れ聞こえた司会者の声と、楽屋内に設置されたテレビからの音声がシンクロする。
アイを捕えて真っ直ぐにここへやって来た聖南は、終盤のみではあるがLilyの出番──ヒナタ──を刮目していた。しかし、アイやLilyなどこの際どうでもいいと思えるほどに、心中穏やかでなかった。
──なんか……葉璃の様子が変だ。
〝ヒナタ〟は、最後の瞬間まで完璧だった。
常にヘソが出ていて複雑な心境ではあったが、普段のセクシー路線を残しつつもナチュラルでシンプルな上下衣装のそれが妙に男心をくすぐるせいで、過去最高に興奮した。
顎の細い葉璃は、骨格までも男性らしくない。見事にLilyのメンバーに溶け込み、大サビでセンターポジションになる葉璃のカメラ目線に、多くの視聴者は魅了されたはずだ。
だがよく見ると、葉璃はイヤモニ(インイヤーモニター)を外していた。踊っている最中に外れてしまったのか、自ら取り去ったのか……それは彼の瞳を見れば一目瞭然だった。
葉璃のカメラ目線に心臓を撃ち抜かれた一人である聖南には、その瞳にどれだけメイクを施されていても普段との違いに気付いてしまったのだ。
「──えっ」
佐々木との通話を終えてすぐ、本番後の熱いテンションそのままの騒々しい声が通路から聞こえ、楽屋の扉が開かれた。
まず先頭で現れたのは金髪ショートカットの女性、リカだ。入り口で門番のように立つアキラとケイタに気付き、笑顔のまま硬直した。
立ち止まったリカの後ろにLilyのメンバーが渋滞してしまい、彼女はやむなく、そろりと入室する。
楽屋内に集まった面子を見回し、リカの固まった笑顔は奇妙に引き攣った。続々と入室してきたメンバー達も揃って、不都合がバレた時のような苦い顔になった。
「ねぇ待って。なんかヤバくない……?」
「……セナさん居るよ」
「……てかCROWNみんな居るよ」
「……チーフマネもいるじゃん……」
「……大塚社長まで……」
「な、なんでここにアイが居るの?」
「何なの、この空気……」
状況が飲み込めず、コソコソと囁き合いながら空いたスペースに密集した彼女らに、聖南は不自然な笑顔を向ける。
「よぉ、お疲れ~」
「お疲れー」
「お疲れ様ー」
「────!」
「────!」
聖南に続いたアキラとケイタの労いに、彼女達はあからさまにビクついた。
二人して煽るなよ、と心の中で毒吐き苦笑しかけた聖南だが、至って真剣な表情で腕を組む。
悠長にしている時間は無い。
「五分でここ空けないといけねぇから単刀直入に言うわ。お前ら、揃いも揃ってうちの葉璃に何した?」
「…………っ!!」
必要以上にビクつかせてしまったが、凄んだつもりはなかった。
聖南は確かめたかっただけだ。
ミナミが葉璃に語った葛藤や後悔が真実ならば、糾弾すべき対象者は彼女達も含まれる。
この場にアイが居る事で事態を凡そ読めたであろう彼女らに、行った事すべてに対しての罪の意識があるのかどうか──それを量りたかった。
「失礼します。お疲れ様です」
そこへ、ノック無しに入ってきたのは〝ヒナタ〟と佐々木、そして葉璃の背中を守るように恭也と林が続く。
聖南は葉璃を見て「お疲れ」と声をかけたが、この場に居る面子と人口密度の高さに驚いているようだった。
「な、……っ、な、何も……!」
「私達は何もしてません!」
「誰に何を聞いたのか知りませんけど、全部言いがかりです!」
「──あ、そ。じゃあお前らは自分のやった事を認める気ないんだ?」
「…………」
「…………」
「…………」
メンバー達は、目を見開き吃驚している葉璃を一瞬だけ見たものの、自分達にかけられた疑いを晴らすのに必死だ。
仲間であるアイへ精神を病ますほどの仕打ちをし、偶然とはいえ葉璃を陥れた彼女達が少しでも悔いていたのなら、最悪の事態だけは避けてやろうと考えていた。
それが良い事だとは到底言えないけれど、この業界に蹴落とし合いはつきものなのだ。才能だ、華だ、という前に、まずは精神的に強く居られる者が残っていく風潮にある。
業界や仲間内だけではない。
人前に出る仕事で万人に受け入れられる事など皆無に等しく、観ている素人からのアンチ行為で精神を病むパターンを聖南はいくつも見てきた。
だからこそ、慰め合い、高め合える仲間が大切だと常々思っている。
何があっても聖南を信じ、味方でいようとしてくれるアキラとケイタのように、才能への嫉妬など超越する絆が無くてはグループは長くは続かない。
「……そっか」
聖南はひとつ、重い溜め息を吐いた。
──Lilyはもう終わりだ。
第三者が介入し、釈明の場を与え、たとえ謝罪をしたところで同じ事の繰り返しになる。
金輪際関わらない相手であれば放っておけるが、Lilyが存続し人気があり続けるうちは嫌でも共演する事になる。
本番後の達成感を引き摺ったまま、突然こんなにも大勢に囲まれて疑いの目を向けられればパニックになるかもしれない。
だが、今ここで自身の悪感情に気付く事が出来ないのであれば、もはやしょうがない。
聖南と、何やら策のありそうな大塚社長は、〝許さない〟の気持ちだけで動く事が出来る。
幾度も罠に嵌められた聖南はかなり私情を挟んでいるけれど、それも致し方ないと自分で納得していた。
「……だってよ、アイ。多分この調子じゃ、コイツらお前にやってきた事も認める気ねぇぞ」
「わ、私達は何もしてないって言ってるじゃない!」
「アイが勝手に、自分で堕ちてったんでしょ!?」
「それを私達のせいにされちゃ……っ」
──バンッ。
宮本の手を振りほどき、アイが両手で机を激しく叩いた。
「あたしが悪いって言うの?」
「そ、そうよ!」
「アイの離脱で私達がどんだけ被害被ってると思ってんの!?」
「連帯責任だって活動を制限された私達の気持ちが分かる!?」
「私達は何にも関係ないのに!」
「しかもこんなワケの分かんないサポートメンバーまで入って!」
「Lilyをグチャグチャにしたのはアイでしょ!」
「私達のせいにしないで!」
アイに発破をかけた聖南の目論み通り、とうとう言い合いが始まった。
とても人気アイドルとは思えない風貌で、溜め込んだ不満をぶつけ合う両者を見ている男性陣はひどく冷静である。
加熱する女性同士の口喧嘩は聞くに耐えない。
怒りに任せた耳をつんざくような声は不快でしかなく、そろそろやめろと聖南がストップをかけようと口を開こうとした、その時。
「うるさいなぁ……」
アキラにウィッグを外してもらった葉璃が、髪をグシャグシャにかき回しながらゆらりと前に出た。
──あ、ヤバイ。葉璃が……キレる。
葉璃の激怒を知る男性陣は、同時にこう思ったに違いない。
ゆらりゆらりとメンバー達に近寄っていった葉璃は、苛立ちのこもった「うるさい」をもう一度放つと大きく息を吸い込み……。
「うるさいよ!! どいつもこいつも!!」
「…………」
「…………」
「そんなに不満があるならアイドルなんてやめちゃえばいいじゃん! みんな……っ、みんな人のせいにしてるってなんで気付かないの!? 寄ってたかっていじめてる人達もおかしいし、それを見て見ぬフリしてる人達もおかしいし、その人達をほったらかしにしてる人達もおかしいし、誰かを傷付けて憂さ晴らししてる人達も……ていうかみーんな頭がおかしい!!」
自身で髪をボサボサにかき乱した葉璃が、聖南達の予感通り爆発した。
次に使用するアーティストのため、早々に楽屋を明け渡さなければならないが、聖南にはあのブチ切れた葉璃を止める事が出来ない。
なぜなら、……。
──葉璃ちゃん、俺の言いたい事全部言ってくれそう。
内に熱いものを秘めた葉璃の言葉は、胸を打つ。
それが彼女らに通じるかは定かでないが、間違いなくこちら側の人間には強く響く。
そして彼らは、聖南は、さらにまた葉璃を好きになるのだ。
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