狂愛サイリューム

須藤慎弥

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36・夢の価値

36♡7

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♡ 葉璃 ♡



 ──うるさい。うるさい。……うるさい!!


 ただでさえ頭が割れそうに痛むのに、あんなキンキン声を聞いたせいでさらにひどくなってる。

 血管がプチッと切れちゃってもおかしくないくらい、俺は怒っていた。


「ステージの上から見るあの景色って、限られた人だけが見られる最高のご褒美なんじゃないの? みんな、夢を掴むために毎日努力してきたんじゃないの? 人気になったら何をやっても許されるの? いつからそんなに偉くなったの? ねぇ、教えて? 俺にはさっぱり分かんない世界だから、いつどこでどんな風に夢の価値が変わってくのか、教えてよ。……ねぇ!!」


 声が掠れた。最後の方なんか、がなり声に近かった。

 とにかく頭が痛かったからだ。

 あんなにも綺麗な景色を見た直後なのに、平気で責任の押し付け合いしてるんだもん。

 まったく反省の色が見えないメンバーも、まさかここに居るとは思わなかった顔色の悪いアイさんも、ボーッと突っ立ってるマネージャーさんも、……この人達を見てるとイライラする。

 強欲にも程があるよ。

 何のために今まで頑張ってきたのか、忘れちゃったの? それってそんなに簡単に忘れられるものなの?


「…………」
「…………」
「…………」


 静まり返った楽屋内に流れるのは、重たい雰囲気とは真逆の陽気な音楽。それと、大好きなアーティストと同じ時間を共有している事に熱狂する、ファンの声援。

 出過ぎた真似をした俺は、すごすごと後ずさりして元居た位置に戻る。そして項垂れた。

 怒りの感情をぶちまけると、今度は何だか悲しくなってきたからだ。

 キラキラした世界の裏側で、こんな事があっていいの? ファンの人達は、そんな俺たちに日々の活力を見出してくれてるんだよ?

 その人達を裏切っていて、どうして平気な顔をしてられるの? メンバーの絆はどこにいったの?

 どこをどう間違ったら、そんなに心がねじ曲がるの?

 ……教えてほしいよ。

 黙ってないで、答えてよ……。


「──タイムオーバーだ」


 物凄く長く感じた沈黙を破ったのは、聖南だった。

 その声に反応したのは大塚社長で、足立さんともう一人、俺の知らない女性のもとへ歩む。

 アキラさんとケイタさんは、一足早く楽屋を出て行った。


「そこの二人、責任持って全員連れて行け。全員だぞ。うちの者が引率する」
「……はい」
「……はい」


 気まずさを隠せない二人は、大塚社長と目を合わせないまま頷いた。

 連れて行け、って……どこに?

 社長さんがここに居ることは、アイさんと同じくらい意外だったのに。まだ何か、俺の知らないところで事態が動いてるのかな。

 聖南達はこの事を知ってたの? いつから?

 近付いてきた聖南に尋ねようとするも、変装用の帽子とマスク、それから裾の長いベンチコートを手渡され「行こう」と背中を押されてしまった。

 恭也、林さん、佐々木さん、成田さんに囲まれるようにして、ETOILEの楽屋へと戻る。なぜか社長さんもついてきていた。


「葉璃、なんでイヤモニ外してた?」


 ここもまた人口密度が高くなったな……なんてどうでもいい事がよぎってすぐ、フラついた俺を抱きとめてくれた聖南にそう聞かれた。

 わぁ、やっぱり聖南にはバレちゃってたのか。

 正直に理由を言うべきなのは分かってたんだけど、ETOILEの出番が控えてる俺は咄嗟に嘘を吐いてしまう。


「あ、っ……いえ、あの……踊ってたら外れちゃって……」
「そうなんだ」
「は、はい……」


 瞳を覗き込んできた聖南の表情が、真実を見極めようとするそれで緊張した。

 せっかく佐々木さんが黙っててくれたんだから、俺がボロを出しちゃダメだ。

 厳しい疑いの目に屈しないよう頑張って見つめ返すと、聖南は俺の帽子を取ってこう言った。


「出番までもう三十分も無いから、今決断するんだけど」
「……はい?」
「葉璃、今日のETOILEの出番はナシだ」
「なっ……!?」


 予想だにしないセリフに、息が詰まった。

 重たい瞼がカッと見開く。

 なんでそんなこと言うの、と信じられない思いで聖南を見上げた。


「嫌です!! なんで……っ、出番はキャンセルしないって聖南さん……!」
「ああ、言ったよ」
「じゃあどうしてそんなっ!?」
「ETOILEの出番そのものを失くすわけじゃねぇ」
「…………っ?」


 見おろしてくる聖南の目が冷たい。

 俺を信じて、ETOILEの出番をキャンセルしないでくれたんじゃないの……?

 恭也と一緒にステージに立つ事が、俺に出来る最大の〝復讐〟だって聖南は分かってくれてたよね……?

 俺は納得がいかなかった。

 今さらそんなことが許されるはずないって。

 俺は大丈夫、……大丈夫なのに……!

 聖南の衣装にしがみつくと、その手を取られギュッと握り込まれた。


「葉璃、ほんとは今立ってるのもツラいんだろ? イヤモニ外してたのは頭が痛かったからじゃねぇの? 体動かしてるうちに自分の体がおかしくなってるって気付いてたよな?」
「そ、それは……」
「葉璃、そんな顔でステージに立てると思うな」
「…………っっ!!」
「セナ! 言い過ぎだって!」
「もっと言い方あるだろ!」


 そんな、顔……。

 聖南に言われて、俺はそろりと楽屋の大きな鏡を振り返った。

 アキラさんとケイタさんが、鏡越しに立ち上がったのが見える。それと……〝ヒナタ〟の眠そうな顔。

 ウソ……俺いつからこんな顔してた……?

 眠そうというか、疲れてるというか、とにかく覇気が無い。

 メイクをしてて、これだ。

 反論したいフリで聖南にしがみついたのも、自力で立ってるのがツラくなってきたからだって気付かされる。

 頭が痛くてイヤモニを外してたのも、とっくにバレてる。

 熱が上がってきちゃったかもしれないって、これじゃ自分の思うように体が動かないかもしれないって、……俺は……。


「聖南、さん……っ、でも俺には出番が……!」
「今の状態で、完璧に踊り切れるって言えるか? ヒナタは誰の目にも完璧だったよ。でも俺にはツラそうに見えた。瞳が違ったから」
「…………」
「葉璃の体を心配してんのもある。ただ俺には、これ以上葉璃をステージに上がらせるわけにはいかねぇんだよ」
「やだ……やだ、聖南さん……っ、俺は……っ」
「断言する。無茶してパフォーマンスしたとしても、葉璃には後悔しか残んねぇよ」
「なんでですか! 俺なら平気だって言ってるじゃないですか! 後悔なんかしません!」
「人一倍完璧主義なくせに」
「なっ……!」
「自分の性格は葉璃が一番分かってんだろーが」
「…………っ」


 冷静さを欠く俺と、ひどく落ち着いてる〝セナ〟。

 すべて的を射てる。何も言い返せない。

 だって俺は、「出番があるから」という説得力の無い言葉しか持ってない。でも聖南は、〝セナ〟の顔で正論ばかり言う。

 無理を押してパフォーマンスしたって、俺が後悔するだけ。そんなパフォーマンスを人前で披露して後から悔やんでも、生放送の時間は巻き戻せない。

 ……分かる。聖南の言いたいこと、分かるよ。

 考え込むと具合が悪くなってくるけど、じゃあ、キャンセルしないって言ってたETOILEの出番は……〝ハル〟の穴は、誰が埋めるの……?

 俺しか居ないでしょ……?


「〝セナ〟の言うことは聞くって約束しただろ。葉璃に後悔させたくねぇから言ってんだ」
「でも……っ!」


 聖南がそっと、抱き締めてきた。

 分かってるよ、分かってるけど……っ。どうしたらいいのっ?

 俺は今、いつもみたいに動けないって認める。とてもじゃないけど、あと八分も耐えられない。もしかしたらステージの上で倒れて、昨日より大勢の人に迷惑かけるかもしれない。

 観てる人達を……ガッカリさせてしまうかもしれない……。

 聖南、俺はどうしたらいい?

 出番に穴を空けるなんてムリだよ……。

 どうしたらいいの、〝セナ〟……。


「出番の事なら心配するな。〝ヒナタ〟の代わりは居ねぇけど、〝ハル〟のピンチヒッターならここに居る」
「え……っ?」


 聖南の力強い美声が、とてもハッキリ聞こえた。

 みんなが見てる前でさらにグッと抱き寄せられた俺は、聖南の言葉を理解するのにしばらくかかった。


 〝ヒナタの代わりは居ねぇけど、ハルのピンチヒッターならここに居る〟


 完璧なパフォーマンスが出来ない俺が後々後悔しないように、観てる人達の期待や笑顔を奪わないように、聖南はアーティストとしての立場から〝ハル〟の出演を止めた。

 ……ねぇ聖南、もしかしてピンチヒッターって……。




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