狂愛サイリューム

須藤慎弥

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36・夢の価値

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❥ 聖南 ❥



「聖南さん……もしかしてピンチヒッターって……」


 潤んだ瞳で見上げられた聖南は、葉璃を興奮させぬよう神妙に頷いた。


「俺が出る」
「…………っ」


 ただでさえ聖南を支えに立つのがやっとな状況で、葉璃をステージに立たせる事は出来なかった。

 番組を成立させるため、約三十分前に服用した薬の効き目を待っていられるほどの猶予も無い。

 聖南がそれを匂わせた直後、事情を知る成田と林が大急ぎで楽屋を飛び出して行ったのがその証拠だ。


 〝本番中のセナの事だけは信じて、言う事聞いてくれ〟── 。


 葉璃が悔しそうに口を噤んだのを見て、釘を差しておいて良かったと心底思った。

 出番後、思うように動けなかったと嘆く姿が容易に想像出来るだけに、聖南は止めなくてはならなかったのだ。

 「人前に出る資格が無い」、「俺は最低だ」と後から自分を責め悔やむくらいなら、いくらでも憎まれ役になってやる。

 Lilyでのパフォーマンスをテレビ画面越しに見ていた時から、早々に葉璃の異変に気付いていた聖南の決断は早かった。


「セナ、本気か?」
「今日ETOILEって……silentと新曲の〝familiar ─ファミリア─〟だっけ。セナ、新曲の振り知らないでしょ。ハル君と恭也もお披露目は今日が初だったんじゃないの?」


 聖南の葉璃への言い草が気に食わず立ち上がっていたアキラとケイタは、そのまま二人ともが台本をパラパラと捲り始める。

 ケイタの言う通り、今日はデビュー曲でありETOILEの代表曲でもある〝silent〟と、二月に発売される新曲〝familiar〟を披露する予定だった。

 不規則なレッスン日時のなか、葉璃と恭也は新曲の振り付けを体に叩き込んでいるはずだが、聖南が行えるのはもちろん歌唱のみである。

 どうするのかという二人の問いに、聖南は昨日から考えていた案を口にした。


「セトリを変える。俺と恭也でsilent、二曲目は恭也にカバー曲を歌ってもらう。独りで」
「そんな、っ……! あ、……っ」
「葉璃っ」


 聖南の案に勢い良く恭也を振り返った葉璃の体が、ぐらりと揺れた。

 慌てて抱き寄せると、葉璃はカクンと項垂れ固く瞼を閉じてしまう。

 こんな状態で出番の事しか考えられなかった葉璃は、聖南達のように芸歴の長い者達をも唸らせるステージへの執着がとてつもない。


「すみません、聖南さん……」
「いいから葉璃は寝てろ。マジで顔真っ赤だぞ。樹、悪いけど……」
「はい。車回してきます」
「頼む」


 言わんとする事を察した佐々木が、すぐさま頷いて楽屋を出て行った。

 聖南が無理だと判断した時は、直ちに葉璃を病院へと三嶋医師から言われていた事もあり、万が一の時は頼むと佐々木に言い伝えていたのだ。

 脱力しかけた葉璃を横抱きにし、オープニング前まで寝かせていた簡易布団に葉璃を横たえる。そして、心配そうにパーテーションから覗いているもう一人の〝ヒナタ〟を、聖南は指先で呼んだ。


「春香、今日はマジでありがとな。一仕事終えた後で悪いんだけど、葉璃についててやってほしい。俺は付き添えねぇから、葉璃ママが来れそうなら……」
「はいっ、もちろんそのつもりです! ……ねぇ、葉璃」
「……うん、?」


 眠そうに瞳を開けた葉璃のそばへ寄って来た春香が、紅潮した頬をツンと押した。

 春香のために場所を空けた聖南は、同じ顔が二つ並んだ光景を前にやや奇妙な感覚に陥る。


「セナさんの言葉、心に沁みたでしょ?」
「…………」
「葉璃は頑張り過ぎなの。葉璃のためにこんなにたくさんの人が動いてくれてるんだよ? どうして一人で頑張ろうとするかな」
「……うん」
「ツラい時はみんなに頼っていいんだよ。嫌なことは嫌って言っていいんだよ。社長さんの前だからちょっと言いにくいけど……こんな無茶な任務、普通は誰も引き受けないって。葉璃は巻き込まれたの。巻き込まれただけなの。出番欠席したからって、誰も葉璃を責めたりしないよ。もし何か言われたとしても、葉璃の頑張りを分かってくれる人がこんなにたくさん居るんだから、それだけでいいじゃない」
「……うん、……っ」
「今は風邪を治す事だけに専念しよ。葉璃は病気慣れしてないからすごくツラいはずだもん。まったく葉璃ってば昔から……」
「は、春香っ」


 お喋り好きな春香の語りは、葉璃の黒歴史まで遡ってしまいそうだった。

 聖南にはとても興味深い話だが、具合の悪い葉璃の体調に障るのはいただけないうえに、本番が差し迫る今は悠長にしている暇など無い。


「もう分かった。……分かったよ。……心配かけてごめんね。あと、また何だかよく分かってないんだけど、すごく重要なこと協力してくれたみたいで……ありがとう」
「いいのよっ。これで借り一個チャラってことにしといて!」
「……狩り……? ……何? ゲームの話? ごめん、今ちょっとそんな余裕無くて……」


 大真面目にとんちんかんな返しをした葉璃に、春香は「何言ってんの」と笑いながら立ち上がった。

 さらに、気を利かせてくれたのかパーテーションで仕切られた僅かな空間だが、聖南と葉璃を二人きりにしてくれた。


「……聖南さん……」
「葉璃、おいで」


 この状況下でもジッとしていられないらしく、上体を起こした葉璃を聖南は強く抱き締めた。


「……聖南さん、……迷惑かけて……ごめんなさい……」
「謝んなくていい。次謝ったらほっぺにチューしてもらうよ」
「……っ……」


 どこに触れても熱い葉璃は、出演出来ない事に猛烈な自責の念を感じている。

 聖南がそう言って止めてやらなければ、可哀想なほどに謝り続けていた。

 どんな状態であれ出演すると言い張る葉璃に、聖南は渋々ながら厳しい言い方をしてしまったけれど、ああでも言わない限り彼を押し黙らせる事は不可能だった。

 責任感と意固地は違う。

 信念は、突き通していい時とそうでない時もあるのだ。


「葉璃。さっきのヒナタのパフォーマンス、自分ではどうだった?」
「……最悪、でした……」
「ああ、そうだな。最悪だった」
「ご、ごめんなさ……っ」
「勘違いするな。俺が言ってんのは、葉璃が全力を出しきれなかった事が最悪って意味だ」
「あ……」
「客観的に観てる分には、やっぱ葉璃すげぇと思ったよ」
「……え?」
「ドームでイヤモニ外しててよくリズム取れたな。音反響してズレて聞こえんだろ。そのためにリハすんだよ。それなのに葉璃ちゃんは体ん中で正確なリズムを刻んでたんだ。知ってたけど、改めて今日の観たらマジですげぇと思ったよ」
「い、いえ、そんな……」


 抱き寄せた葉璃の熱い首元に触れ、このまま自身の手のひらが邪魔な熱を吸い取れたらいいのにと考えた。

 葉璃を悲しませるもの、脅かすものは、何であろうと許せない。

 だが聖南にはどうすることも出来ない。

 ETOILEとしての葉璃の居場所を失くさないために、〝代わり〟ではなく〝ピンチヒッター〟と言った聖南の気持ちを、葉璃には分かっていてほしかった。

 決して、居場所を奪う意図は無い。そんなおこがましい事は少しも思っていない。出来つつあるETOILEの色に、異色の聖南は染まれない。

 聖南はもちろん、他の誰も、葉璃の代わりになどなれやしない。


「葉璃」
「……は、はい」
「俺は葉璃を尊敬してるよ。何があっても自分のせいにするとこが、俺は好き。誰のことも傷付けねぇんだもん。もう少し自分の実力を過信したっていいと思うけど、俺は葉璃の根本的なネガティブ気質なとこが好きなんだ。現状に胡座をかいてねぇで、周りのことばっか気にして、心配して、傷付いて……どこまで温けぇの?」
「……今たぶん、四十度くらい、……あるかもです」
「そりゃ激熱だ」


 気安く軽口を叩くのも憚れる葉璃の顔に、微かに笑みが浮かぶ。

 「聖南さんにギュッてされてるから……」などとのたまう恋人に、きっとその自覚は無い。

 火照った体を優しく横たえた聖南は、真っ白な手の甲にキスを落とし、それから彼の変身を解いてやった。

 恥ずかしがる葉璃の着替えを手伝うと、今日で見納めとなる〝ヒナタ〟の化粧を落としていく。

 起き上がれそうにないと言うので洗顔は病院に到着してからとなるが、出発前に葉璃の素顔を見られてホッとした。

 傍らに腰掛け、頬を紅潮させた葉璃の呼吸がだんだんと荒くなってきた様を心配気に見おろす。

 関係者入り口付近に車を回した佐々木から連絡が入った事を伝えるや、葉璃のために楽屋に居た全員が一斉に動き出したのを見て聖南は感慨深かった。


 〝ステージの上から見るあの景色って、限られた人だけが見られる最高のご褒美なんじゃないの?〟


 葉璃は、ステージから見た景色を「それまで頑張ってきたご褒美」と捉えている。

 それほど美しいものだと、価値あるものだと、葉璃は言った。




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