狂愛サイリューム

須藤慎弥

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37・星の終幕

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「どういう意味だ!」


 笑われている理由がさっぱり分からないらしい男の焦る様子が、さらに聖南の笑いを誘う。

 ここしばらくの間で、こんなにも声を出して笑った事があっただろうか。

 少々天然の気がある葉璃からはいつもクスッとさせられるが、他人にこれほど笑わせてもらうのは久方ぶりだ。

 静まり返った会議室に、聖南の笑い声だけが響いていた。

 なぜ〝ヒナタ〟が大塚を追い詰める事になるのか。そんなもの考えれば分かるだろうと嘲笑する聖南へ、見かねた社長から叱責が飛ぶ。


「──セナ、そろそろ堪えんか」
「……っ、ごめん」


 「マジでごめん」と言いつつ、聖南は未だ堪えきれない笑い声を発さぬよう右手で口元を隠した。

 そしておもむろに幹部らの前へ歩むと、行儀悪く長机に飛び乗って腰掛ける。


「あのさ、順番に振り返ってみようぜ」
「…………っ!」


 勢いをつけて乗った聖南に、幹部らは揃って上体を引き驚愕していた。

 一応は役職付きの年配男性三名の前で、無礼にも堂々と足まで組んだ聖南へ悪態を吐きたそうな形相をしている。

 それにまたもや笑いがこみ上げてきた聖南だが、グッと堪えて握り拳を作った。人差し指を上げ、「まず一つ目」と声を張る。


「この話はそもそもどっちが提案してきた事なんだっけ?」
「……私どもだが。しかし引き受けたのはそちらだろう。万が一があっても共倒れを覚悟していた、という認識だが?」
「オッケー。じゃ次」
「次?」


 言質を取りたかった聖南は納得したように頷き、今度は「二つ目」と言って中指を上げた。


「アイと連絡が取れなくなった時、あんたら何してた?」
「……それは……」
「てかまず、コイツらに確執が生まれてたのは知ってた? マネージャーの姿が見えねぇけど。逃亡しちまった?」
「…………」
「じゃ、次」


 順に振り返って聖南が確認したかったのは、音信不通となったアイを意図的に野放しにしていた事と、修復不可能なほどにメンバー間でトラブルがあった事を、事務所内の第三者が知っていたかどうか。

 生意気な聖南を睨んでいた幹部らが、一様に言葉を詰まらせ視線を外したため、どちらも肯定とみなした。

 「三つ目」と薬指を上げ、ようやく笑いの止まった聖南はチラと社長を窺う。


「うちの事務所に俺のゴシップ写真送り付けられたって知った時……それがアイの仕業だって連絡受けて、あんたらは何か動いてくれた?」
「…………」
「まぁなぁ、俺のスキャンダルが出れば、〝万が一〟が起きてもヒナタは霞むよなぁ。こう言っちゃ何だけど、〝ハルのヒナタ〟より〝セナの恋人の正体〟の方がインパクトあるもんなぁ。そうなったら、共倒れどころかSHDは被害者面できちまうしなぁ」
「…………」
「はい、次」


 とうとう口を真一文字に結んだ男達へ、「四つ目」と言って聖南は小指を追加し、SHD側の対応として一番腹が立っている事を突きつける。


「あんたらがアイの行動全部を把握してたとは思ってねぇけど、明らかに暴走を止めようとはしてなかったよな? この業界でスキャンダル捏造したらどうなるか、分かってるくせにな?」
「……アイと連絡がつかなかったのは本当だ」
「 それならそれでいいんだけど。アイの不始末を〝脱退〟で片付けようとするのは職務怠慢じゃねぇの?」
「…………」


 決して、アイの肩を持つわけではない。

 しかし守るべきものを履き違えた事務所の対応は、初手から間違えていた。そんな事にも気が付かず、最終的には厄介払いで済まそうとしていたのがどうしても気に食わなかったのだ。

 メンバー間のいざこざで苦しんでいたのはたった一人だけだとしても、少なくとも精神を病むほど追い込まれていた事を知っていたなら、解決に向けて動いてやるのが事務所とマネージャーの役目なのである。

 人間関係の秩序を保つため、その辺りは当たり前に疎かにせず、もっと厳しくタレントを育成しなくてはいけなかった。


「これが最後」
「…………」


 聖南は親指を上げ、三名のうち一番偉そうに勘違いしている男を振り返って見た。

 意味深に微笑を浮かべ、葉璃のこれまでの頑張りを脳裏に思い起こしてゆく。


「ヒナタの正体、こっちとしてはバラしてもらって結構だよ。むしろその方がいい」
「……っ、よくも……! よくもペラペラとそんな大口が叩けるな! ファンを騙していたとなれば世間から総攻撃を受けるのはハルだぞ! 私どもがそれを提案しただとか、そういう事情などファンにとってはどうでもいい事! この件がバレて困るのは大塚芸能事務所の方だ!」
「ほんとにそう思う?」
「……なんだと?」


 男から反論されても、聖南は「まだ分かんねぇか」と嘲笑した。

 事務所側は、聖南の問うた事柄すべてをその場に居る人間全員と、後に大事へ発展した際に不利となる、大塚芸能事務所の顧問弁護士の前で認めたも同然だった。

 見たところSHD側は日頃から顧問弁護士を付けておらず、此処にもトップを除く幹部三名のみが参加している状況だ。

 どう考えても劣勢なのはあちら側なのだが、ヒナタの件が明るみになった場合、本当に共倒れになると信じている彼らへはきちんと説明してやらなくては分からないらしい。

 葉璃の功績、受けた心身の傷を思うと、どれだけ彼らの無能さ加減が可笑しくても笑いながらは語れない。


「はぁ……。分かんねぇみたいだから教えてやるよ。ハルは見事に〝ヒナタ〟を演じきった。一発目の歌番放送直後から、業界でヒナタが注目され始めてたのは知ってんだろ? 事務所にも問い合わせが何件も入ってたはずだ。ヒナタはアイの代わりじゃねぇ。完璧なサポートメンバー〝ヒナタ〟だった」
「フンッ、ファンを騙していた事に変わりはないだろう。大塚芸能事務所は世間を欺く片棒を担いだと、総叩きに遭う」
「あんたらマジで分かってねぇんだな。ヒナタは、〝ハル〟にとってはプラスにしかならねぇよ。もちろん賛否はあるんだろうけど、そんなの俺らの世界じゃ日常茶飯事だ。さっきから俺が言ってんのは、あれだけのパフォーマンスで客を沸かせてたヒナタの正体が〝ハル〟だって明かされた時、世間からどういう評価が下されるかって事」


 苦悩しながらも前へと進んでいた葉璃が、誇らしかった。デビュー間もない葉璃だが、すでに出会った頃よりいくつも階段を上ってきている。

 確かに世間と両方のファンを欺いていたかもしれないけれど、完璧なパフォーマンスで今まで誰一人として気付かれる事のなかったその正体が、〝ハル〟だと明るみになった時──。

 聖南を追いたいと声高に言い放つ彼は、真実が明かされるやおそらく数段飛ばしで聖南に近付いてくる事になる。

 きっと葉璃は、「そんなことないです、そんなの幻です」と卑屈さを発揮するのだろうが……彼は誰の目にも〝逸材〟だ。

 むしろ恋人の欲目だと言いたい聖南は、この半年、葉璃が仕事で疲労困憊な姿を見る度に〝ハル〟の事さえ独占したくなっていた。

 『俺の恋人、マジですげぇんだよ』としかメディアに言えない鬱憤は、他でもないその恋人が抑えてくれている。

 葉璃の事が可愛くて仕方がないのと、万人に自慢したくてたまらない欲を聖南は必死で堪えていたのだ。

 密やかに愛を育み、大好きな恋人から日々癒やしを貰い、着々と聖南のもとへ近付いてくる葉璃を守るため、語るうちに怒りがこみ上げてきた聖南は畳み掛けた。


「これだけ言えば分かるよな? そっちも共倒れ覚悟なんだろ? ヒナタの存在を明かすんなら、事情も全部世間に晒す事になる。〝ハル〟と大塚の評判は上がる事はあっても下がるわけねぇじゃん。いい加減気付けよ。今は視聴者もシビアなんだってば。……ってか、あんたらはレッスン生の事も所属タレントの事も金でしか見ねぇんだから、そりゃ分かるわけねぇか」
「…………」


 最後の最後まで嘲る聖南に、幹部らはぐうの音も出なかった。



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