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37・星の終幕
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しおりを挟む今夏、葉璃をギリギリまで追い込んだ根に怒りを覚え、我慢ならず事務所まで赴いた聖南の言葉がまったく届いていなかった理由が分かった。
枯れそうな花には、言葉という水を与えればいくらか復活する。
それが心に響けば、また返り咲く事が出来る──。
そう信じ、メンバーがというより大元である事務所に難有りと早々に気が付いた聖南は、あえて成田と林を同行させずに一タレントとして彼らに物申したはずだった。
あの時はまだ、聖南もSHDエンターテイメントの闇深い内部事情など知らず、幹部らもひた隠しにしていて気付かれる事など無いとたかを括っていたに違いなく、聖南に対しやけに腰が低かった。
だが、蓋を開けてみればこの有り様だ。
Lilyが人気アイドルの仲間入りを果たした結果、SHDエンターテイメントは私利私欲に走ってしまった。
金に目がくらみ、本来一番大切にしなければならない者達を蔑ろにした罪は大きい。
この場で一部始終を見聞きしていたメンバーらも、事務所のトップの開き直った姿を見て幻滅したのだろう。
ある者は項垂れ、ある者はすすり泣き、膝から崩れ落ちる者まで居た。
「お前ら、話あるから集まって」
ぴょんと机から降り立ち社長の肩を叩いた聖南は、葬式の参列者のようにどんよりと肩を落としたメンバー達に手招きする。
あとはトップ同士が話し合えばいい事なので、聖南の出る幕ではない。
葉璃の実力を見誤っていた事を、口頭で正せただけでも聖南は満足だ。
「…………」
「…………」
手招きした聖南の前に集まってきたメンバー達は、誰も目を合わせようとしないどころか顔も上げられない様子である。
一応はメンバーの顔と名前を一致させていたはずが、女性は少しのメイクで化けてしまうため判断がつなかい。
唯一分かるのは、ガリガリに痩せ細ったアイのみだ。
「……色々言いてぇ事あったんだけどな」
背後にアキラ達が近付いてくる足音を聞きながら、聖南は苦笑を浮かべた。
葉璃にしてきた仕打ち、今日の出番をキャンセルせざるを得なくなった昨日の出来事、事務所への無言の脅迫……本当に、言いたい事は山ほどあったのだ。
しかし、想像していたよりも遥かに胸糞悪い話を知ってしまった。親があれでは、とてもじゃないが信頼関係は生まれない。
夢や希望を盾に、何の発言権も無いままに事務所の駒となって働くのであれば、一般企業に永久就職した方が将来安泰な分まだマシである。
頑張っても頑張っても、見返りが無いのは誰だってツラい。アイドルとして根本的な事を忘れてしまうのも、仕方がないのかもしれない。
心が荒んでしまうのも、無理もない。
「……セナさん、私達は……」
顔を上げた黒髪の女性が、一歩前に出る。
「ミナミ?」と問うと、険しい表情でこくんと頷いた。
〝私達はどうなるのか〟──そう尋ねようとしたのだろうが、言葉に出せないミナミを見かね、聖南は静かに口を開く。
「お前らが葉璃にしてきた事は許せねぇ。マジで許せねぇ」
「……はい……」
「最悪、俺にも事務所にも謝んなくていいけど、葉璃には何が何でも謝罪しろ」
「はい、……それは必ず……!」
「薬を手配したのはアイだろ。で、葉璃のスポドリに薬盛ったヤツは?」
「……はい」
「……はい」
聖南の問い掛けに素直に応じたのは、金髪の二人組だ。
小さく手を挙げた二人を見下ろした聖南は、嫌味の一つくらい言ってやらなければ気が済まないと思った。
なぜなら彼女らの顔面が、悪感情に取り憑かれていると言っても過言ではないほど底意地が悪そうに歪んでいたためだ。
「ヒナタは何とかこなせたけど、ETOILEとしての出番は飛ばしちまった。これが目的だったんだろ? いい気味だと思ってる? スカッとした?」
「…………」
「…………」
皮肉めいた聖南の言葉に、二人は首を振った。
どう見ても目的を果たせてスッキリしたようには見えないが、その面持ちが演技かどうか聖南には分からない。
「へぇ」と嘲笑するも、幹部らへの追及よりいくらか優しめに、真意を確かめるべく続けた。
「どんな心境の変化があった? なんでいい気味だと思わねぇの? お前らの策略通り、葉璃はぶっ倒れて今も病院に居る。苦しめばいいと思ったんだろ? だからあんな事やったんだろ? ……面白かった?」
「…………」
「…………」
「黙ってねぇで何とか言えば」
「…………」
「…………」
どうしても葉璃の悔しさを思うと感情が乗ってしまうが、聖南が暴れやしないかと心配で寄って来たアキラ達の心配をよそに、至って冷静だった。
当初は怒鳴りつける気で居たのだ。
あんなにも無能で守銭奴な事務所の実態を知ってしまう前ならば、もっと強く、彼女らの心にトラウマを生んでもおかしくないほど追い込んでいた。
許せない気持ちも、譲歩したくない気持ちも揺るがない。
だが聖南は、事務所に所属するタレントとして悲惨な末路を迎えそうな彼女らに制裁を加えられなかった。
もしもここに葉璃が居たら……彼はおそらく、それを望まないような気がした。
トップ同士の話し合いはストップし、彼女らは黙りこくり、重苦しい静寂が会議室に流れる。
誰一人声を発さなかった数分間の静寂を破ったのは、一際キツい形相をしたリカだった。
「……羨ましかったんです」
「羨ましかった?」
「……そうです、……ハルは何でも持ってる……。ハルは……事務所にも先輩にも仲間にも恵まれてて……羨ましかったんです。憎いとか嫌いとかそんなの無くて……ただそれだけでした……」
「…………」
「私達はほんとに、……バカなことをしました。ハルには謝ります。誠心誠意、謝ります……っ」
金髪女性二名は聖南の前で並び、深々と頭を下げてきた。
対女性に限り人を見る目がない聖南は、この期に及んでもやはり、彼女らの言動が本心なのかどうかを見極められず「まぁ……」と濁した。
「別に聖職者じゃねぇんだから、汚え感情持ったっていいんだよ。この世界で生きてくには、向けられた刀を振り落とす気力が無いとやってけない。ただな、お前らも分かっただろ? 葉璃とお前らの違い。……天性のものを持ってたとしても、葉璃は努力を怠らない」
「あとね、ハル君は、めっちゃくちゃ踊れるくせに全然驕らないんだよー」
「あと、ハルは欲深くない。あれは性格的なものなんだろうな」
「……葉璃は、俺のことを、大事にしてくれます。葉璃に出来ない事は、俺がやる。俺に出来ない事は、葉璃に任せる。信頼関係が、出来ています」
「せやなぁ、ハルポンはマジでバカ真面目なんよな。こんなムチャクチャな任務引き受けて、あんたらにヒッドイことされても、本番に穴開けるのだけはあかんのやって。自分の仕事やから、てな」
まるでそういう台本があるかのように、聖南の背後から代わる代わる援護射撃が飛んだ。
それぞれタイプの違う見目麗しい長身男性五名から、いかに葉璃が人格者であるかを矢継ぎ早に語られたメンバー達は、見事に呆気にとられている。
葉璃を羨む気持ちに拍車をかけてしまった気がしなくもないが、はじめから聖南はそのつもりだったので構わない。
何がなんでもETOILEとCROWNの出番を観ろ、と伝えてあったのは、このためだからだ。
女性の嫉妬は根深い。
とはいえ、葉璃不在のETOILEの出番に聖南が急遽出演したり、恭也がソロでカバー曲を歌ったり、その後のCROWNの出番ではアキラとケイタまでカメラに向かって葉璃にメッセージを送っていたり、先輩後輩と言えど強い絆がそこにはあると証明出来た。
想像もしていなかった光景をまざまざと見せつけられた彼女たちは、明らかな敗北感を味わったはずだ。
同じ土俵にすら立てていないと知った時、初めて後悔が生まれる。
どれだけ陥れても、〝ハル〟には勝てない──。
〝ハル〟を出し抜くのは不可能だ──。
そう思わせられたのなら、この一見無意味にも思える半年に及ぶ勝負は……葉璃の勝ちだ。
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