美醜の価値観が混沌とした異世界で三人の男たちに愛されて崇め奉られる。

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黒の想い、静寂と不遜_ゼンジ視点

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薄い壁に跳ね返る、小さな、規則正しい寝息。

 パーテーション越しのその音を拾うたび、俺の鼓動は剣を交える刹那よりも速く、そして重く脈打っている。

 ベッドの上に身を横たえながら、俺は柄を握るように自分の胸元を強く抑えた。

金の瞳は暗闇に慣れすぎ、わずかな光さえも鋭く捉えてしまう。

(……阿呆らしい。これが俺か?)


 裏稼業で泥水をすすり、
世の中の汚濁という汚濁を煮詰めたような光景を見慣れてきたつもりだった。

この世界は残酷で、不平等で、醜悪だ。

強者が弱者を食らい、美しいものから順に泥にまみれて消えていく。

そんな「道理」を達観し、諦めとともに受け入れて生きてきた。


 だが、今日出会った彼は、
俺が信じてきた絶望という名の暗幕を、たった一瞬で切り捨てやがった。

 あの時、玄関扉の前で涙ぐみながら助けを求める彼を見た瞬間……

俺の頭からは「任務」も「損得」も消え失せた。

 黒装束をまとい、影に潜むことを生業とする俺にとって、光など忌むべきもののはずだった。
なのに、彼の白く滑らかな肌が月光を弾く様を見て、生まれて初めて「光」に目が眩んだ。
 
(……細すぎる。俺が指一本力を込めれば、容易く折れてしまいそうなほどに)


 剣士として、暗殺者として、俺の手は多くの命を奪ってきた。
 生きるためなら、どんな屈辱も耐えてきた。

 さっき、彼に水を差し出した時、自分の指先が微かに震えていることに気づいて戦慄した。
この汚れた手で、あの清らかそうな彼に触れるなど、本来なら万死に値する不敬だ。


俺は礼儀正しく振る舞い、
冷徹な仮面を被って見せたが、
その裏側では自制心の糸が、
今にも焼き切れそうなほど熱を帯びている。


(守らなければならない。
……いや、違う。これはもっと、たちの悪い感情だ)

 ディアロスの執着や、グラウスの父性じみた保護欲とは違う。


俺の中にあるのは、
彼を誰の目にも触れぬ場所に隠し、
俺だけの影の中に閉じ込めておきたいという、
底冷えするような独占欲だ。

 彼が「護衛や身の回りの世話をして良い、そばにいて良い」と言った時、俺の心は歓喜で震えた。

同時に、その純粋すぎる信頼が、俺の不浄な本性を暴き立てるようで、吐き気すら覚えた。


「……っ」

 隣のベッドから、グラウスの落ち着かない寝返りの音が聞こえる。
 暗闇の中で、俺は静かに、刀を抜くよりも慎重に息を吐いた。
 

世の中がどうなろうと知ったことか。
彼が俺たちの前に現れたことが、
神の悪戯だろうと、
悪魔の罠だろうと構わない。


この金の瞳が映すのは、
ただ一人。

俺の命と引き換えにしても、
君をこの汚濁に満ちた世界から守り抜く。

……たとえ、
俺自身の欲望から君を守ることになっても。

(朝になったら、グラウスからも、君を買って抱えて投げ出した……とかいう薄紫の肌の魔族男の話を聞くとするか)



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