紳士オークの保護的な溺愛

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墓前に花束を

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■ 墓前

――それでも、前へ

その日は、空が高かった。
雲は薄く、風は静かで、季節が一歩だけ進んだことを知らせている。

あなたは、私の隣を歩いていた。
昨日までより、ほんの少しだけ近い位置で。

「……今日は、どこへ行くんですか」

その問いかけは、
確認ではなく、同行の意思だった。

私は答える。

「……墓参りです。
 もし、気が進まなければ――」

「行きます」

あなたの返事は、即座だった。
それに、私は一瞬だけ言葉を失う。

――頼られた。

それは、庇護を受ける側が差し出した、
小さくて、勇気のいる一歩だ。

墓地は静かだった。
石と苔と、時間の匂い。

花を供え、私は膝を折る。
あなたは、一歩後ろに立っている。

「……この方が、
 あなたの、大切な人ですか」

私は頷いた。

「ええ。
 私に、守ることを教えてくれた人です」

あなたは、しばらく墓石を見つめてから、
ゆっくりと口を開く。

「……ここに、来てよかったです」

その言葉に、胸の奥が静かに震えた。

亡き伴侶の面影が、
初めて、痛みではなく、承認として胸に残る。

――私は、前へ進んでもいい。

墓地を出るとき、あなたが足を止めた。
石段で、ほんの少し、躓く。

反射的に、私は手を伸ばした。

触れる。

手首に、確かな温度。

すぐに離すつもりだった。
だが、あなたの指が、離れなかった。

――拒まれていない。

私は、ゆっくりと、力を緩める。
掴まない。
だが、支える。

それが、今の正解だと分かった。

あなたは、小さく息を吐き、言う。

「……ありがとうございます」

その声には、
遠慮も、自己否定も、ほとんど含まれていなかった。

屋敷へ戻る途中、
あなたがぽつりと、初めて言った。

「……少しだけ、
 そばにいてもらっても、いいですか」

頼る、という行為。
それは、信じるということだ。

私は、答える前に、歩みを止める。
きちんと、向き合う。

「ええ。
 私は、ここにいます」

あなたの肩が、私の外套に触れる。
寄り添うほどではない。
だが、確かに、選ばれた距離。

夜、屋敷で火を灯す。
同じ部屋で、それぞれの時間を過ごす。

私は思う。

触れない夜も、
触れる日も、
すべてが、過程だ。

亡き伴侶の声が、
胸の奥で、穏やかに笑った気がした。

――よくやっているな、と。

私はあなたを見る。

まだ不安はある。
まだ迷いもある。

それでも、
この屋敷に、
この時間に、
この温度に――

確かに、幸せが根を張り始めている。

私は、もう、それを否定しなかった。
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