紳士オークの保護的な溺愛

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触れてもいいと知る

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■ 夜更け

――触れてもいい、と知る

雨が降り始めたのは、遅い時間だった。
屋敷の屋根を叩く音が、一定のリズムを刻む。
世界が、外側から静かに閉じていく音だ。

私は書斎で本を閉じ、居間へ戻った。
あなたは暖炉の前に座り、膝に毛布をかけている。

「……寒くありませんか」

そう声をかけると、あなたは首を横に振った。

「大丈夫です。
 ……でも、少しだけ、寂しい音ですね」

雨のことだろう。
あるいは、それ以上のことかもしれない。

私は、あなたの向かいに座る。
いつもより、近い距離。

沈黙が落ちる。
だが、今夜の沈黙は、満ちている。

そのとき、あなたが、ほんの少し身じろぎした。
毛布が、肩からずれる。

私は反射的に手を伸ばし――
途中で止めた。

……いや。

今夜は、違う。

私は、ゆっくりと、許可を待つ動きで手を差し出す。
触れる前に、視線を向ける。

あなたは、一瞬驚いたように目を見開き、
それから、小さく頷いた。

その合図で、私は初めて――
肩に、そっと触れた。

力は、ほとんど込めない。
温度だけを、確かめるように。

拒まれない。
身を引かれない。

胸の奥で、何かが静かに崩れた。

――触れても、いい。

その事実が、
こんなにも、慎ましく、こんなにも深いとは。



■ 理性が、優しく負ける

あなたの肩は、思ったよりも細い。
だが、脆くはない。

私は毛布を整えながら、
指が離れないことに気づく。

……いけない。

理性は、そう告げる。
だが、止める理由が、もう見当たらない。

あなたが、ぽつりと言う。

「……ガスパールさんの手、
 あたたかいですね」

それは、感想であり、
受け入れの宣言だった。

私は、息を整え、答える。

「……長年、冷たい鎧ばかり触ってきましたから」

冗談めかして言ったつもりだったが、
声が、少しだけ低くなる。

あなたが、こちらを向く。

近い。
息が、届く距離。

私は、理性を総動員する。
抱き寄せない。
口づけない。

だが――
指先を、あなたの手の甲に、そっと重ねる。

握らない。
包まない。

ただ、そこに置く。

それだけで、
胸の奥が、満たされていく。

理性は、完全に負けてはいない。
だが、もう――
抵抗することを、やめた。



■ 名前を呼ぶ、意味

しばらくして、あなたが小さく言った。

「……ガスパール」

敬称のない呼び方。
初めてだった。

私は、すぐに返事ができなかった。
その名が、こんなふうに呼ばれる日を、
どこかで、待っていたからだ。

「……はい」

ようやく、そう答える。

あなたは、視線を落としたまま続ける。

「ここに来てから、
 自分の名前も、
 ちゃんと呼ばれている気がします」

その言葉は、
胸の最も柔らかい場所に届いた。

私は、あなたの手に重ねた指に、
ほんの少しだけ、力を込める。

初めての、意思のある触れ方。

「……それなら、良かった」

そう言う声は、
もう、守る者のものではない。

「あなたが、あなたでいられるなら。
 ……私は、それで十分です」

あなたが、顔を上げる。
その目に、不安はない。

あるのは、
選んだ人の隣にいる、静かな覚悟。

雨音が、少し遠のく。

二人の影が、暖炉の前で、自然に重なっている。

手は、まだ繋がない。
だが――
もう、離れることもない。

幸せとは、
劇的な瞬間ではなく、
「ここにいていい」と思える時間なのだと。

私は今夜、
ようやく、それを信じられた。
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