19 / 27
理由を言葉にして
しおりを挟む
■ ガスパールの独白
――引いてしまう理由を、言葉にしてしまった夜
私は昔から、
「一歩引く」ことで物事を保ってきました。
前に出れば、
力がある。
声もある。
立場もある。
だからこそ、
出ない。
それが、成熟だと信じていました。
あなたが街の奥へ行きたいと言ったときも、
私は反射的に、心の中で距離を取ったのです。
――危険だ。
――私が前に出るべきだ。
――だが、出れば、あなたの歩幅を壊す。
その逡巡を、
私は言葉にしませんでした。
……いいえ、
できませんでした。
⸻
その夜。
暖炉の前で、あなたがこちらを見上げて言いましたね。
「ガスパール、今日は静かですね」
その一言で、
私は観念しました。
逃げられない、と。
「……静かなのではなく、
考え過ぎているのです」
自分でも驚くほど、
素直な言い方でした。
あなたは、首を傾げる。
「何を、ですか」
私は、椅子に腰を下ろし、
自然とあなたの方を向きました。
いつもなら、
斜めか、少し距離を取る位置です。
「私は……
長く生きすぎました」
言ってから、
少し苦笑します。
「経験は、役に立ちます。
ですが同時に、
“起きうる失敗”を
あまりにも正確に思い出させる」
あなたは、黙って聞いている。
遮らない。
それが、私を饒舌にしました。
「あなたが前に出ようとすると、
私は無意識に、
その先にある“最悪”を並べてしまう」
暖炉の火が、
私の影を大きく揺らす。
「それは……
あなたを信じていないからではない」
ここで、
私は一度、言葉を切りました。
そして、続けた。
「失うことに、慣れてしまったからです」
あなたの表情が、
ほんのわずかに、和らぐ。
同情ではない。
理解だ。
「だから私は、
一歩引く。
あなたの横に立たず、
後ろに下がる」
あなたが、静かに言いました。
「……でも、それって」
私は、続きを待ちました。
「ガスパールが、
一緒に進む勇気を
持ってないみたいに、見えます」
……若さとは、
なんと正確な刃でしょう。
私は、笑いました。
誤魔化しではなく、
感心して。
「ええ。
その通りです」
そう認めた瞬間、
胸が軽くなった。
私は、あなたを見下ろします。
体格差は、どうしようもない。
それでも――
今は、壁ではなかった。
「ですが……」
私は、言葉を選ばずに続けます。
「あなたが前を歩くなら、
私は後ろで支えます」
「そして、
あなたが迷ったら、
その時は、私が前に出る」
少し、間を置いて。
「……それでは、
遅いでしょうか」
あなたは、
小さく、しかし確かに首を振りました。
「いいえ。
それが、
一緒に行くってことだと思います」
その瞬間、
私は理解しました。
――ああ。
――私は、もう一人で考える必要はない。
経験は、
引くための理由ではなく、
共有するための道具でいい。
私は、自然と、
あなたの肩に手を置きました。
大きな手。
だが、力は入れない。
「……これからは、
もっと話します」
そう言うと、
あなたは少し驚いてから、笑いました。
「今でも、
十分話してますよ」
私は、低く笑います。
「それは……
あなたが、
よく聞いてくれるからです」
――引いてしまう理由を、言葉にしてしまった夜
私は昔から、
「一歩引く」ことで物事を保ってきました。
前に出れば、
力がある。
声もある。
立場もある。
だからこそ、
出ない。
それが、成熟だと信じていました。
あなたが街の奥へ行きたいと言ったときも、
私は反射的に、心の中で距離を取ったのです。
――危険だ。
――私が前に出るべきだ。
――だが、出れば、あなたの歩幅を壊す。
その逡巡を、
私は言葉にしませんでした。
……いいえ、
できませんでした。
⸻
その夜。
暖炉の前で、あなたがこちらを見上げて言いましたね。
「ガスパール、今日は静かですね」
その一言で、
私は観念しました。
逃げられない、と。
「……静かなのではなく、
考え過ぎているのです」
自分でも驚くほど、
素直な言い方でした。
あなたは、首を傾げる。
「何を、ですか」
私は、椅子に腰を下ろし、
自然とあなたの方を向きました。
いつもなら、
斜めか、少し距離を取る位置です。
「私は……
長く生きすぎました」
言ってから、
少し苦笑します。
「経験は、役に立ちます。
ですが同時に、
“起きうる失敗”を
あまりにも正確に思い出させる」
あなたは、黙って聞いている。
遮らない。
それが、私を饒舌にしました。
「あなたが前に出ようとすると、
私は無意識に、
その先にある“最悪”を並べてしまう」
暖炉の火が、
私の影を大きく揺らす。
「それは……
あなたを信じていないからではない」
ここで、
私は一度、言葉を切りました。
そして、続けた。
「失うことに、慣れてしまったからです」
あなたの表情が、
ほんのわずかに、和らぐ。
同情ではない。
理解だ。
「だから私は、
一歩引く。
あなたの横に立たず、
後ろに下がる」
あなたが、静かに言いました。
「……でも、それって」
私は、続きを待ちました。
「ガスパールが、
一緒に進む勇気を
持ってないみたいに、見えます」
……若さとは、
なんと正確な刃でしょう。
私は、笑いました。
誤魔化しではなく、
感心して。
「ええ。
その通りです」
そう認めた瞬間、
胸が軽くなった。
私は、あなたを見下ろします。
体格差は、どうしようもない。
それでも――
今は、壁ではなかった。
「ですが……」
私は、言葉を選ばずに続けます。
「あなたが前を歩くなら、
私は後ろで支えます」
「そして、
あなたが迷ったら、
その時は、私が前に出る」
少し、間を置いて。
「……それでは、
遅いでしょうか」
あなたは、
小さく、しかし確かに首を振りました。
「いいえ。
それが、
一緒に行くってことだと思います」
その瞬間、
私は理解しました。
――ああ。
――私は、もう一人で考える必要はない。
経験は、
引くための理由ではなく、
共有するための道具でいい。
私は、自然と、
あなたの肩に手を置きました。
大きな手。
だが、力は入れない。
「……これからは、
もっと話します」
そう言うと、
あなたは少し驚いてから、笑いました。
「今でも、
十分話してますよ」
私は、低く笑います。
「それは……
あなたが、
よく聞いてくれるからです」
16
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
美容整形するために夜間魔法学校に通っているだなんて言えない
陽花紫
BL
整形男子レイは、異世界転移をした際に整形前の顔に戻ってしまう。
魔法が当たり前の世界で美容医療などあるはずもなく、レイは魔法で整形をするために夜間魔法学校に通いはじめる。幸いにも、魔力はほんの少しだけあった。レイは不純な動機を隠しながら、クラスメイト達と日々を過ごしていく。
小説家になろうにも掲載中です。
死神は結婚生活が楽しすぎて探し物をすぐ忘れる
ユーリ
BL
「俺たち本当の夫婦になろうな」
駆除対象である死神に出された条件は、なんと結婚! 死神は生きるためにその条件を飲むけれどーー
「お前と結婚してよかった」生かす代わりに結婚を条件に出した悪魔×突然変異で生まれた死神「僕の鎌知りませんか!?」ーー死神は落とした鎌を探そうとするけれど、悪魔との結婚生活が楽しくてすぐに忘れてしまい…。
神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる