命令をください、主様。 臆病な主様と忍者の、少し重すぎる主従関係

flour7g

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慣れた頃が一番危ない(忍者相手も例外じゃなかった)

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風邪が治ってから数日。
僕は、すっかり元気になった……はずだった。

ただ一つだけ、変わってしまったことがある。

「ザックス、そこにいて」

「はい、主様」

「ザックス、手伝って」

「承知しました」

「ザックス、待って」

「遵守します」


最初は看病の延長だった。
無茶をしないための、簡単な約束。

でも――言葉の形が、
いつのまにか“命令”の形に落ち着いていった。


僕自身、それを深く考えていない。

言うとすぐ動いてくれるし、
言うとすぐ安心する。


怖がりな僕には、都合がよすぎた。

問題は、ザックスのほうだった。

彼は命令を、ただ守るだけでは足りないと考えるようになっていた。

主様のために、
命令の“意図”を読み取り、
補完し、最適化する。

心拍まで管理し始めたいと思うように…。




次の日、僕は街に出た。
買い物袋を片手に、少しだけ浮かれていた。


「風、気持ちいいね」


ザックスは隣で、いつも通り一歩遅れて歩いている。
市井に紛れる努力はしているが、
まだ“紛れた”とは言い難い。

「……はい。快適です」


僕は歩きながら、何の気なしに言った。

「でもさ、こういう風の日ってさ、髪が邪魔になるんだよね」

ただの独り言。
ただの雑談。

――なのに。

ザックスの足が止まった。

「……承知いたしました」

「え?」

返事が、命令に対するそれだった。

僕が振り返るより早く、
ザックスは音もなく背後に回り、指先を動かした。


「ちょ、なに」


「髪が邪魔とのことでしたので」


「いや、そうだけど……」


その場で、忍者の手際で、
僕の髪が綺麗にまとめられていく。

しかもどこから出したのか分からない、
上質そうなリボン――
いや、拘束具にしか見えない黒紐。


「……ザックス、それ何」


「忍具です。用途は多岐に渡ります」


「聞きたくない!」


結び目は完璧、解けない。
髪は邪魔にならない。
代わりに、僕の動揺が増えた。


「ねえ、今の、命令じゃないから!」


「雑談の形をした命令、と解釈いたしました」


解釈が怖い。


次の一言で、さらに地獄が広がるとは思っていなかった。


買い物を終えて帰る途中。
僕は袋を持ち替えながら、ぽつりと言った。


「はぁ……今日、疲れた」


言った瞬間、ザックスの目が僅かに細くなる。


「……疲労回復が必要ですね」


「うん、まあ……帰ったら休むよ」


「承知いたしました」


嫌な予感がした。
僕の臆病な心が遅れて警報を鳴らす。


「ザックス、待って。今のも命令じゃ――」



「主の疲労を軽減することは、
最優先事項です」


次の瞬間、足元の感覚が消えた。


「うわっ!?」

抱えられている。
いわゆる…お姫様抱っこで。


「ザックス! やめて! 人いる!」


「視線を遮断します」


ザックスが片手を軽く払うと、
なぜか周囲の人々の視線がふわりと逸れた。
“見えていない”ことになっている。
忍術だ。


「忍術、そんなことに使うの!?」


「はい」


即答。潔い。


「主様が疲れたと申しましたので、移動負荷を取り除きます」


「それ、僕の負荷が別方向に増えてるよ!」


僕は真っ赤になって、ザックスの胸元を掴む。
心臓が早鐘を打つ。

恥ずかしさでなのか、
別の理由なのか、
判別がつかない。


「……降ろしてよぉ…」


「命令でしょうか」


その声が、低く甘い。
聞き慣れてしまった“確認”。

僕は一瞬だけ言葉に詰まり、
小さく頷いた。


「……うん。命令。降ろして」


「承知しました」


すぐ降ろされる。
だが、丁寧に。優しく。
まるで「触れる許可」を楽しんでいるように。

僕は咳払いして、平静を装う。


「……ザックス、拡大解釈しすぎ」


「主様の意図を汲むのは、忍の務めです」



「忍ってそういうのじゃないと思う」


「主に仕える忍は、そういうものです」


論破が静かで重い。


そして帰宅後、
部屋に戻ると、僕はソファに倒れ込んだ。


「もう……今日は何もしたくない……」


完全に独り言。
完全に適当。
口から勝手に出た愚痴。


ザックスが、静かに膝をつく。


「承知いたしました」


「いや、待って、これ命令じゃない!」



「“何もしたくない”――
では、主が動かなくて済むよう整えます」

整える、という言葉が不穏だ。

数分後。

僕の手元には飲み物。
膝には毛布。
テーブルには軽食。
部屋の温度は最適。
照明は目に優しい。
騒音は遮断。

外界の気配は、完全に消えた。


そして最後に、
ザックスが静かに言った。

「主様。これより“何もしなくてよい環境”が整いました」


「……完璧すぎて怖い」


「ご安心ください。危険は排除済みです」


「危険って何!?」



ザックスは一拍置いて、
穏やかに、しかし確信を持って答えた。

「主様を働かせようとする、あらゆる要素です」


僕は声にならない声を出した。

「……それ、社会生活に支障が出るやつ……」

ザックスは静かに首を傾げる。


「主様が望むなら、すべての支障も排除できますが」


排除という単語が重い。
僕は慌てて体を起こした。


「ちがうちがう! そうじゃなくて!
 えっと……普通に、普通でいいの!」


「……普通?」


ザックスは、その語を慎重に口にする。
難しい術式のように。


「では、普通の範囲を定義してください」


「定義って……」


僕は頭を抱えた。
だが、ザックスは真剣だった。
僕の願いを叶えることに、真剣すぎる。

僕は顔を上げ、少しだけ声を落とす。


「……じゃあさ」


「はい」


「僕が“命令”って言ったときだけ、命令ってことにして。
 それ以外は、ただの雑談。お願い」


ザックスは、静かに見つめてくる。
表情は変わらない。


けれど、
その沈黙が、
少しだけ寂しそうだった。


「……承知いたしました」


「ほんと?」


「はい。ですが」


そこで一拍。

「主様の雑談が、
命令に聞こえることは……防げません」


ミコトの心臓が、小さく跳ねた。


「……なんで」


ザックスは、いつも通り丁寧な声で答える。

「主様の言葉は、
私の世界の“優先順位”を変えます。
…それが雑談であっても」


僕は視線を逸らしながら小さく呟く。


「……それ、ずるい」


「申し訳ありません」


謝罪は完璧。
なのに、やめる気はない。


僕は観念して、ソファに沈み込んだ。


「……じゃあさ。今日は、そばにいて」


言ったあとで気づく。
また、命令に近い形を選んでいる。


けれど、ザックスは嬉しそうに――
見えない程度に、
ほんの少しだけ空気を柔らげた。


「……承知しました、主様」


そして、何事もなかったかのように隣に座る。
近い。
普通ではない。
でも、僕はもうその距離を拒めない。


(……僕、慣れてきてるな)

そう思ってしまった時点で、負けだった。

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