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慣れた頃が一番危ない(忍者相手も例外じゃなかった)
しおりを挟む風邪が治ってから数日。
僕は、すっかり元気になった……はずだった。
ただ一つだけ、変わってしまったことがある。
「ザックス、そこにいて」
「はい、主様」
「ザックス、手伝って」
「承知しました」
「ザックス、待って」
「遵守します」
最初は看病の延長だった。
無茶をしないための、簡単な約束。
でも――言葉の形が、
いつのまにか“命令”の形に落ち着いていった。
僕自身、それを深く考えていない。
言うとすぐ動いてくれるし、
言うとすぐ安心する。
怖がりな僕には、都合がよすぎた。
問題は、ザックスのほうだった。
彼は命令を、ただ守るだけでは足りないと考えるようになっていた。
主様のために、
命令の“意図”を読み取り、
補完し、最適化する。
心拍まで管理し始めたいと思うように…。
次の日、僕は街に出た。
買い物袋を片手に、少しだけ浮かれていた。
「風、気持ちいいね」
ザックスは隣で、いつも通り一歩遅れて歩いている。
市井に紛れる努力はしているが、
まだ“紛れた”とは言い難い。
「……はい。快適です」
僕は歩きながら、何の気なしに言った。
「でもさ、こういう風の日ってさ、髪が邪魔になるんだよね」
ただの独り言。
ただの雑談。
――なのに。
ザックスの足が止まった。
「……承知いたしました」
「え?」
返事が、命令に対するそれだった。
僕が振り返るより早く、
ザックスは音もなく背後に回り、指先を動かした。
「ちょ、なに」
「髪が邪魔とのことでしたので」
「いや、そうだけど……」
その場で、忍者の手際で、
僕の髪が綺麗にまとめられていく。
しかもどこから出したのか分からない、
上質そうなリボン――
いや、拘束具にしか見えない黒紐。
「……ザックス、それ何」
「忍具です。用途は多岐に渡ります」
「聞きたくない!」
結び目は完璧、解けない。
髪は邪魔にならない。
代わりに、僕の動揺が増えた。
「ねえ、今の、命令じゃないから!」
「雑談の形をした命令、と解釈いたしました」
解釈が怖い。
次の一言で、さらに地獄が広がるとは思っていなかった。
買い物を終えて帰る途中。
僕は袋を持ち替えながら、ぽつりと言った。
「はぁ……今日、疲れた」
言った瞬間、ザックスの目が僅かに細くなる。
「……疲労回復が必要ですね」
「うん、まあ……帰ったら休むよ」
「承知いたしました」
嫌な予感がした。
僕の臆病な心が遅れて警報を鳴らす。
「ザックス、待って。今のも命令じゃ――」
「主の疲労を軽減することは、
最優先事項です」
次の瞬間、足元の感覚が消えた。
「うわっ!?」
抱えられている。
いわゆる…お姫様抱っこで。
「ザックス! やめて! 人いる!」
「視線を遮断します」
ザックスが片手を軽く払うと、
なぜか周囲の人々の視線がふわりと逸れた。
“見えていない”ことになっている。
忍術だ。
「忍術、そんなことに使うの!?」
「はい」
即答。潔い。
「主様が疲れたと申しましたので、移動負荷を取り除きます」
「それ、僕の負荷が別方向に増えてるよ!」
僕は真っ赤になって、ザックスの胸元を掴む。
心臓が早鐘を打つ。
恥ずかしさでなのか、
別の理由なのか、
判別がつかない。
「……降ろしてよぉ…」
「命令でしょうか」
その声が、低く甘い。
聞き慣れてしまった“確認”。
僕は一瞬だけ言葉に詰まり、
小さく頷いた。
「……うん。命令。降ろして」
「承知しました」
すぐ降ろされる。
だが、丁寧に。優しく。
まるで「触れる許可」を楽しんでいるように。
僕は咳払いして、平静を装う。
「……ザックス、拡大解釈しすぎ」
「主様の意図を汲むのは、忍の務めです」
「忍ってそういうのじゃないと思う」
「主に仕える忍は、そういうものです」
論破が静かで重い。
そして帰宅後、
部屋に戻ると、僕はソファに倒れ込んだ。
「もう……今日は何もしたくない……」
完全に独り言。
完全に適当。
口から勝手に出た愚痴。
ザックスが、静かに膝をつく。
「承知いたしました」
「いや、待って、これ命令じゃない!」
「“何もしたくない”――
では、主が動かなくて済むよう整えます」
整える、という言葉が不穏だ。
数分後。
僕の手元には飲み物。
膝には毛布。
テーブルには軽食。
部屋の温度は最適。
照明は目に優しい。
騒音は遮断。
外界の気配は、完全に消えた。
そして最後に、
ザックスが静かに言った。
「主様。これより“何もしなくてよい環境”が整いました」
「……完璧すぎて怖い」
「ご安心ください。危険は排除済みです」
「危険って何!?」
ザックスは一拍置いて、
穏やかに、しかし確信を持って答えた。
「主様を働かせようとする、あらゆる要素です」
僕は声にならない声を出した。
「……それ、社会生活に支障が出るやつ……」
ザックスは静かに首を傾げる。
「主様が望むなら、すべての支障も排除できますが」
排除という単語が重い。
僕は慌てて体を起こした。
「ちがうちがう! そうじゃなくて!
えっと……普通に、普通でいいの!」
「……普通?」
ザックスは、その語を慎重に口にする。
難しい術式のように。
「では、普通の範囲を定義してください」
「定義って……」
僕は頭を抱えた。
だが、ザックスは真剣だった。
僕の願いを叶えることに、真剣すぎる。
僕は顔を上げ、少しだけ声を落とす。
「……じゃあさ」
「はい」
「僕が“命令”って言ったときだけ、命令ってことにして。
それ以外は、ただの雑談。お願い」
ザックスは、静かに見つめてくる。
表情は変わらない。
けれど、
その沈黙が、
少しだけ寂しそうだった。
「……承知いたしました」
「ほんと?」
「はい。ですが」
そこで一拍。
「主様の雑談が、
命令に聞こえることは……防げません」
ミコトの心臓が、小さく跳ねた。
「……なんで」
ザックスは、いつも通り丁寧な声で答える。
「主様の言葉は、
私の世界の“優先順位”を変えます。
…それが雑談であっても」
僕は視線を逸らしながら小さく呟く。
「……それ、ずるい」
「申し訳ありません」
謝罪は完璧。
なのに、やめる気はない。
僕は観念して、ソファに沈み込んだ。
「……じゃあさ。今日は、そばにいて」
言ったあとで気づく。
また、命令に近い形を選んでいる。
けれど、ザックスは嬉しそうに――
見えない程度に、
ほんの少しだけ空気を柔らげた。
「……承知しました、主様」
そして、何事もなかったかのように隣に座る。
近い。
普通ではない。
でも、僕はもうその距離を拒めない。
(……僕、慣れてきてるな)
そう思ってしまった時点で、負けだった。
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