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主様を癒す任務(疲れの理由も忍だけど、うっかり癒されました)
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「……癒されたい」
夕方、僕はソファに沈み込んでいた。
学園も、
買い物も、
雑用も、
忍者のことも!!
全部が少しずつ積もって、肩が重い。
ザックスはいつものように、
室内の“安全”を静かに保っている。
視線は鋭いが、物音は立てない。
僕が息を吐くタイミングすら、見逃さない。
「……はぁ」
「……お疲れですか」
「うん。まぁ、ちょっと」
言葉を選ぶ元気もなくて、僕はぼそっとこぼした。
「……癒されたい」
自分で言ってから、少し恥ずかしくなった。
何言ってんだ僕、みたいな。
でも、その“うっかり”は――
「承知いたしました」
ザックスの声で、完全に命令へ変換された。
僕は慌てて顔を上げる。
「え、いや、今のは独り言というか……」
「主様が“癒されたい”と申しました。
それは、疲労・緊張・不安の蓄積が限界に近いという報告であり、
同時に、回復を必要とする意思表示です。
私は主様に仕える忍ですので、
意思表示を見過ごす選択肢はありません」
淡々としているのに、言葉が長い。
いつもよりずっと。
「ちょ、ザックス……そんな真面目に解釈しなくていいから」
「いいえ。主様の体調と気分は、軽視できません。
癒しとは贅沢ではなく、継戦能力を保つための基礎です。
そして何より――
主様が“癒されたい”と口にするまで我慢していたこと自体が、
……私にとっては看過できない事実です」
看過できない、と言い切った。
僕は苦笑いして視線を逸らした。
「……そこまで言われると、逆に疲れるっていうか……」
「承知しております。
ですので、主様に負担をかけない形で癒しを提供いたします。
具体的には、主様が“何もしなくていい”状態を作り、
心身が自然に緩む刺激のみを選別します。
もちろん、
主様が拒否される行為は一切行いません。
許可が必要なものは、必ず確認します」
言いながら、ザックスは音もなく近づいてきた。
近い。ソファの前で跪くような距離だ。
僕の膝のあたりに影が落ちる。
「……近くない?」
「主様の表情と呼吸を確認できる距離です。
離れれば確認精度が落ちます。
主様が望むなら、距離を一歩下げますが――」
ザックスは一拍置いてから、少しだけ声を落とす。
「主様が癒されたいとおっしゃった以上、
“近くにいること”が癒しに含まれる可能性を、私は排除できません」
僕の顔が熱くなる。
「……え、なにそれ。ずるい」
「申し訳ありません。
ですが私は、主様の言葉を都合よく軽く扱えません。
癒しの任務…ようやくいただけた初任務……」
ザックスはまず、室内の灯りを落とした。
暗すぎず、眩しすぎず。
窓の外の風の音だけが、柔らかく聞こえる。
次に、僕の手元に温かい飲み物が置かれる。
「……いつのまに」
「主様が口にする前に、必要になると判断しました」
「判断が速すぎる……」
ザックスは返事の代わりに、僕の膝に薄い毛布をそっとかける。
触れる瞬間、指先がほんの一瞬だけ止まった。
「触れてもよろしいでしょうか」
今さら、と思うのに。
この確認は、なぜか胸を落ち着かせる。
「……いいよ」
「ありがとうございます。主様」
その声音が、丁寧で、やけに優しい。
ザックスは僕の隣に腰を下ろした。
普段より近い。肩が触れそうな距離。
「……あのさ、ザックス」
「はい」
「癒すって言っても、そんな大げさじゃなくて……
普通に、ちょっと休めたらいいだけで」
ザックスは、静かに首を振った。
「主様。
“普通”は主様の基準で決めていただいて構いません。
ですが、主様が“癒されたい”と言うのは、主様の普通が既に限界に近い、ということです。
….…私が今から行うのは、大げさな儀式ではありません。
主様が明日、もう少し軽い顔で息をできるようにする、ただの手当てです」
言葉が長いのに、押し付けがましくない。
淡々としているのに、熱がある。
僕は、ふっと肩の力が抜けた。
考えるのが面倒くさい訳じゃない……。
「……じゃあ、任せる」
ザックスの瞳が、わずかに細まる。
「承知いたしました。
任せるという言葉は、私にとって非常に重い許可です。
軽々しく受け取ることはいたしません」
ザックスは、僕の背中に手を添える。
抱き寄せるほど強くはない。
でも、逃げ道が消えるくらいには近い。
「……これ、癒し?」
「はい。
主様は臆病だとご自身でおっしゃいます。
臆病さは欠点ではなく、感受性の強さです。
外の世界の刺激を受け取りやすい分、疲れやすい。
ですので、刺激を減らし、“安全だ”と身体に思い出させる必要があります」
僕は黙って、ザックスの胸元に視線を落とした。
鼓動が落ち着いていくのが分かる。
「……ザックス」
「はい」
「それってさ……僕が、弱いってこと?」
ザックスは即答しなかった。
少し考え、言葉を丁寧に選ぶ。
「主様。
弱いのではありません。
主様は、怖いと言える人です。
疲れたと言える人です。
癒されたいと言える人です。
それは、強さの種類の一つだと、
私は思います」
そして、続ける。長く。
「私は忍として、怖いものを怖いと言いません。
必要だから処理するだけです。
ですから、主様のように“感じる”ことは、私には難しい。
主様が言葉にしてくださるたびに、私は主様を守る方法を学べます。
主様が今のようにこぼした一言は、私にとっては命令であり、信頼であり、
……贈り物です」
僕の喉が、きゅっと鳴った。
「……贈り物って……大げさ」
「大げさではありません」
きっぱりと言い切って、ザックスはさらに声を落とす。
「主様が私に“癒されたい”と告げたことは、
私に“主の側で役に立て”と許可をくださったのと同じです。
……私はその許可を、非常に大切にします」
僕は、観念したようにザックスへ寄りかかった。
顔は見せない。
そのまま胸元に額を預ける。
ザックスの手が、背中をゆっくり撫でた。
「……この姿勢で、よろしいでしょうか」
「……うん」
「では、しばらくこのままで。
眠っても構いません。
私が呼吸と体温を確認し、起きるまで守ります。
もし夢が怖ければ、起こします。
もし思考がうるさければ、静かになるまで一緒に数を数えます。
それでも足りなければ、
主様が望む言葉を――
主様の許可の範囲で、囁きます」
僕は顔を真っ赤にして、声を絞り出した。
「……囁くのは、今は、いらない……」
「承知いたしました。
必要になったら、主が命じてください」
その“命じて”が、甘いのに重い。
僕は小さく、息を吐いた。
「……じゃあ」
間違えていないか、確かめるみたいに。
「……もうちょっと、近くがいい」
ザックスの動きが、ほんの一瞬止まり、
それから、とても丁寧に腕が回る。
抱き寄せる。
守る位置。
主従と親密の境界が、曖昧になる距離。
「承知いたしました、主様」
そしてザックスは、短く言った。
「……今後とも主様の癒しは、すべて私が引き受けます」
僕はその言葉に、静かに目を閉じた。
外の世界が遠ざかる。
(あー…これ……意外と癒される)
そう思った瞬間、
負けた気がして悔しいのに、
負けでいいと思える自分がいて――
それが少し怖かった。
けれど、ザックスの腕の中は、怖いほど安全だった。
夕方、僕はソファに沈み込んでいた。
学園も、
買い物も、
雑用も、
忍者のことも!!
全部が少しずつ積もって、肩が重い。
ザックスはいつものように、
室内の“安全”を静かに保っている。
視線は鋭いが、物音は立てない。
僕が息を吐くタイミングすら、見逃さない。
「……はぁ」
「……お疲れですか」
「うん。まぁ、ちょっと」
言葉を選ぶ元気もなくて、僕はぼそっとこぼした。
「……癒されたい」
自分で言ってから、少し恥ずかしくなった。
何言ってんだ僕、みたいな。
でも、その“うっかり”は――
「承知いたしました」
ザックスの声で、完全に命令へ変換された。
僕は慌てて顔を上げる。
「え、いや、今のは独り言というか……」
「主様が“癒されたい”と申しました。
それは、疲労・緊張・不安の蓄積が限界に近いという報告であり、
同時に、回復を必要とする意思表示です。
私は主様に仕える忍ですので、
意思表示を見過ごす選択肢はありません」
淡々としているのに、言葉が長い。
いつもよりずっと。
「ちょ、ザックス……そんな真面目に解釈しなくていいから」
「いいえ。主様の体調と気分は、軽視できません。
癒しとは贅沢ではなく、継戦能力を保つための基礎です。
そして何より――
主様が“癒されたい”と口にするまで我慢していたこと自体が、
……私にとっては看過できない事実です」
看過できない、と言い切った。
僕は苦笑いして視線を逸らした。
「……そこまで言われると、逆に疲れるっていうか……」
「承知しております。
ですので、主様に負担をかけない形で癒しを提供いたします。
具体的には、主様が“何もしなくていい”状態を作り、
心身が自然に緩む刺激のみを選別します。
もちろん、
主様が拒否される行為は一切行いません。
許可が必要なものは、必ず確認します」
言いながら、ザックスは音もなく近づいてきた。
近い。ソファの前で跪くような距離だ。
僕の膝のあたりに影が落ちる。
「……近くない?」
「主様の表情と呼吸を確認できる距離です。
離れれば確認精度が落ちます。
主様が望むなら、距離を一歩下げますが――」
ザックスは一拍置いてから、少しだけ声を落とす。
「主様が癒されたいとおっしゃった以上、
“近くにいること”が癒しに含まれる可能性を、私は排除できません」
僕の顔が熱くなる。
「……え、なにそれ。ずるい」
「申し訳ありません。
ですが私は、主様の言葉を都合よく軽く扱えません。
癒しの任務…ようやくいただけた初任務……」
ザックスはまず、室内の灯りを落とした。
暗すぎず、眩しすぎず。
窓の外の風の音だけが、柔らかく聞こえる。
次に、僕の手元に温かい飲み物が置かれる。
「……いつのまに」
「主様が口にする前に、必要になると判断しました」
「判断が速すぎる……」
ザックスは返事の代わりに、僕の膝に薄い毛布をそっとかける。
触れる瞬間、指先がほんの一瞬だけ止まった。
「触れてもよろしいでしょうか」
今さら、と思うのに。
この確認は、なぜか胸を落ち着かせる。
「……いいよ」
「ありがとうございます。主様」
その声音が、丁寧で、やけに優しい。
ザックスは僕の隣に腰を下ろした。
普段より近い。肩が触れそうな距離。
「……あのさ、ザックス」
「はい」
「癒すって言っても、そんな大げさじゃなくて……
普通に、ちょっと休めたらいいだけで」
ザックスは、静かに首を振った。
「主様。
“普通”は主様の基準で決めていただいて構いません。
ですが、主様が“癒されたい”と言うのは、主様の普通が既に限界に近い、ということです。
….…私が今から行うのは、大げさな儀式ではありません。
主様が明日、もう少し軽い顔で息をできるようにする、ただの手当てです」
言葉が長いのに、押し付けがましくない。
淡々としているのに、熱がある。
僕は、ふっと肩の力が抜けた。
考えるのが面倒くさい訳じゃない……。
「……じゃあ、任せる」
ザックスの瞳が、わずかに細まる。
「承知いたしました。
任せるという言葉は、私にとって非常に重い許可です。
軽々しく受け取ることはいたしません」
ザックスは、僕の背中に手を添える。
抱き寄せるほど強くはない。
でも、逃げ道が消えるくらいには近い。
「……これ、癒し?」
「はい。
主様は臆病だとご自身でおっしゃいます。
臆病さは欠点ではなく、感受性の強さです。
外の世界の刺激を受け取りやすい分、疲れやすい。
ですので、刺激を減らし、“安全だ”と身体に思い出させる必要があります」
僕は黙って、ザックスの胸元に視線を落とした。
鼓動が落ち着いていくのが分かる。
「……ザックス」
「はい」
「それってさ……僕が、弱いってこと?」
ザックスは即答しなかった。
少し考え、言葉を丁寧に選ぶ。
「主様。
弱いのではありません。
主様は、怖いと言える人です。
疲れたと言える人です。
癒されたいと言える人です。
それは、強さの種類の一つだと、
私は思います」
そして、続ける。長く。
「私は忍として、怖いものを怖いと言いません。
必要だから処理するだけです。
ですから、主様のように“感じる”ことは、私には難しい。
主様が言葉にしてくださるたびに、私は主様を守る方法を学べます。
主様が今のようにこぼした一言は、私にとっては命令であり、信頼であり、
……贈り物です」
僕の喉が、きゅっと鳴った。
「……贈り物って……大げさ」
「大げさではありません」
きっぱりと言い切って、ザックスはさらに声を落とす。
「主様が私に“癒されたい”と告げたことは、
私に“主の側で役に立て”と許可をくださったのと同じです。
……私はその許可を、非常に大切にします」
僕は、観念したようにザックスへ寄りかかった。
顔は見せない。
そのまま胸元に額を預ける。
ザックスの手が、背中をゆっくり撫でた。
「……この姿勢で、よろしいでしょうか」
「……うん」
「では、しばらくこのままで。
眠っても構いません。
私が呼吸と体温を確認し、起きるまで守ります。
もし夢が怖ければ、起こします。
もし思考がうるさければ、静かになるまで一緒に数を数えます。
それでも足りなければ、
主様が望む言葉を――
主様の許可の範囲で、囁きます」
僕は顔を真っ赤にして、声を絞り出した。
「……囁くのは、今は、いらない……」
「承知いたしました。
必要になったら、主が命じてください」
その“命じて”が、甘いのに重い。
僕は小さく、息を吐いた。
「……じゃあ」
間違えていないか、確かめるみたいに。
「……もうちょっと、近くがいい」
ザックスの動きが、ほんの一瞬止まり、
それから、とても丁寧に腕が回る。
抱き寄せる。
守る位置。
主従と親密の境界が、曖昧になる距離。
「承知いたしました、主様」
そしてザックスは、短く言った。
「……今後とも主様の癒しは、すべて私が引き受けます」
僕はその言葉に、静かに目を閉じた。
外の世界が遠ざかる。
(あー…これ……意外と癒される)
そう思った瞬間、
負けた気がして悔しいのに、
負けでいいと思える自分がいて――
それが少し怖かった。
けれど、ザックスの腕の中は、怖いほど安全だった。
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